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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
松浦晋也の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第38回 会社は敗戦を超えて生き残ろうとした

西まさる 著『中島飛行機の終戦』(新葉館出版)

『中島飛行機の終戦』カバー

 以前、中島飛行機創業者の中島知久平の伝記を取り上げた(第16回)。
  https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-16.html

 私は、中島知久平は昭和20年(1945年)の敗戦後も、ジェット機と原子爆弾の情報収集に余念がなかったことから『中島は自分が人生を賭けた飛行機という道具に対して、まだまだ未来を見ていたのである。それも、おそらくは戦略爆撃と原子爆弾という初期冷戦の二大要素を通してだ。側近に対して「航空産業が再開する時が必ず来る」と語っていたというから、また軍用機を生産する時が来ると考えていたのだろう。』と書いた。
 ここで疑問が発生する。また飛行機を作るということは、具体的には「中島飛行機という会社を敗戦を乗り越えて温存する」という作業になる。最終的に中島飛行機は財閥解体で小さな多数の会社に分割されたが、そのプロセスで中島知久平はどんな抵抗をしたのか。また、そんな抵抗は知久平ひとりではできない。当然のことながら、彼の意を受けた部下が奔走したはずだ。それは誰で、いったいどんなことをしたのか。
 本書『中島飛行機の終戦』はその疑問に一部答えてくれる。本書が描くのは中島飛行機全体の動向ではない。愛知県半田市に立地していた中島飛行機半田製作所の敗戦前後の動向である。中心となるのは半田製作所副所長の藤森正巳という人物。著者は藤森が昭和18年から23年にかけて記録していた業務日誌、さらには中島飛行機OBから提供された一次資料を駆使し、半田製作所の生き残りをかけた「戦後の戦い」を描いていく。

 本書の一番の魅力は、おそらくは初出となるであろう一次資料の書き写しと、その解釈だ。一次資料は後で第三者が読むことを想定していないので、そのままでは何を書いているのか分からないのが普通である。それを当時の事情や関連資料を駆使して読み解いていくわけだ。
 その面白さは冒頭から全開だ。描かれるのは、昭和20年(1945年)8月14日、敗戦前日の藤森正巳のメモである。そこには、「lost a war(戦争に負けた)」とあり、それをペンで消して「The war ended(戦争は終わった)」と書き直してあった。これだけで、すぐに中島飛行機という会社は前日に敗戦を知っていたことが分かる。そして、藤森、そして藤森に指示を出した中島知久平にとって、戦争に「負けた」のではなく戦争は「終わった」という意識であったことも。そう、負けていない以上、また飛行機を作る日に向けて準備を開始しなければならない。
 これは、私も知らなかった(おそらく研究者の間では常識だったのだろうが)のだが、中島飛行機は昭和20年4月1日をもって国有化され、「第一軍需工廠」と改名されていた。が、その実態は中島飛行機のままである。では戦争が終わればまた中島飛行機に戻るのか? 否、8月16日の藤森メモにはすでに「富士産業」という別の会社の名前が出てくる。中島飛行機という名前を捨て、まったく別の富士産業という会社になって生き延びようとしたのである。
 ちなみに、旧中島飛行機半田製作所は現在、スバル(旧富士重工業)の子会社で航空機部品を製造する輸送機工業という会社になっている。

 ──という内容なのだが、実はこの本、内容に散漫なところがあって少々雑駁な印象を受ける。主題が、半田製作所の戦後から、創業からの中島飛行機の歴史、半田製作所における戦中の学徒動員と朝鮮からの徴用工の実態、中島が開発した飛行機の解説……と二転三転しているのだ。
 ところが、そのコロコロと変化する主題のひとつひとつが、滅法面白い。おそらく著者も、一次資料の強烈さに引っ張られて、このような本の構成にしてしまったのではなかろうか。

 例えば、半田製作所に動員された学生たちの生活。昭和20年秋になると、学生たちの帰郷が始まったが、男子学生はみな悔し涙を流していた。女子学生も涙を流したが、それはやっと故郷に帰れるという、うれし涙だったというのだ。なぜ男女でそんな差が出たのかを、著者は一次資料と聞き取り調査で明らかにしていく。浮かび上がるのは、戦争遂行という目的一直線で視野狭窄になってしまった男子学生と、厳しくも苦しい日々の中で生活を楽しむことも忘れなかった女子学生の差である。
 あるいは、朝鮮半島からの徴用工の就労実態について。朝鮮人徴用工たちの宿舎では、日本人よりも豊かな食事が提供されていたという話を、著者は追っていく。藤森のメモには動員学生の人数は几帳面に記録されているが、朝鮮人徴用工の人数の記録はずっといい加減だ。やがてカラクリが見えてくる。中島飛行機は直接朝鮮人徴用工を管理していなかった。間に手配師が入って、朝鮮半島からの募集から半田での住居提供まで行っていたのである。すると手配師は人数を過大に申告し、きちんと人数を確認しない中島は言われた通りに過剰に支払う。この不正が朝鮮人徴用工からばれないように、手配師が彼らを懐柔するために豊富な食糧を提供していたのだった。
 その一方で、著者はよほど酷い扱いもあったのだろうとする。藤森メモには、敗戦後、一刻も早く朝鮮人徴用工を故郷に戻すようにとあるのだ。急いで返そうとした背景には戦時中の酷い扱いがあり、仕返しを恐れたのではないか、というわけである。
 本書を読んでいくと、戦前・戦中の日本においては、今よりもはるかに本音と建て前の乖離が甚だしかったのだということが分かる。その隙間に半田に朝鮮人徴用工を連れてくる手配師に代表される様々な怪しい人種が生息し、同時に一般の人もその隙間を利用し、結果として柔軟に社会を運営していたのである。

 本書には、昭和19年(1944年)12月7日の東南海地震で大きな被害を受けた半田製作所に、飛田勝造(ひだ・かつぞう)が多数の労務者を従えて現れ、無給で一気に復旧作業を進めたというエピソードが出てくる。飛田は、高倉健主演の映画『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』(1966年)の主人公・花田秀次郎のモデルとなった人物で、映画の通り全身に入れ墨を入れていた。しかしヤクザではない。町奴(まちやっこ)と自称していたが、日雇い労務者の悲惨な境遇に怒り、肝っ玉と人格的迫力で荒くれ男たちをまとめて組合を結成し、その地位向上に努めたという、ちょっと現代では理解が難しいタイプの人物だ。行動原理は任侠なのだが、目的と行為は社会運動なのである。
 飛田はかなり極端な人物だが、実のところ飛田のような行動原理は、本音と建て前の乖離がある場合には有効なのだろう。敗戦の混乱にまぎれるようにして、藤森正巳は旧中島の資産を会社復活のために隠匿しようとする。するとそこに魑魅魍魎がやってくる。ここでの魑魅魍魎とは、化け物でも極悪人でもない。平時ならば、ごく普通の良心と、普通の小ずるさを兼ね備えた一般人だ。が、混乱の中で彼らは、占領軍に対して後ろ暗い隠匿を進める旧中島から、その血肉をついばむようにして盗みを働いていく。そんな状況下で、物事を完結させることができるのは、「肝っ玉と人格的迫力」、つまりは任侠ということになる。

 本書最終章では、エリートたちも本音と建て前の間に存在する隙間を利用する様子が描かれる。
 戦時中、中島飛行機は軍用機増産という国策のために、国の特殊銀行だった日本興業銀行から莫大な借金をしていた。戦後、興銀は民間の銀行として生き残るために、その借金を一気に回収しようとした。中島を潰しても、だ。もちろん旧中島側も潰されるわけにいかないから必死で抵抗する。興銀側で借金回収の先頭に立ったのは、後に「財界の鞍馬天狗」と呼ばれ経済界の大立者となった中山素平、そして旧中島側を代表して中山と戦ったのが藤森正巳だった。2人は、それぞれ法のグレーな部分を徹底利用し、様々な手段を駆使して渡り合う。

 読後「もっと詳しく読ませてくれ!」という悲鳴を上げたくなる一冊だ。あっちへこっちへと転がるテーマそれぞれが、それで一冊の本が書けるぐらい面白いのである。

 最後に、本書の記述に一つ疑問を。敗戦後、中島は徹底して占領軍から「富嶽」構想を隠蔽した。富嶽──中島知久平が戦時中に進めた「アメリカ本土を爆撃可能な超大型爆撃機」である。藤森メモにも「“富嶽”(GF)ノコトハ申シ出ナイ。占領軍ガキタナラバソレガ調査機関デ アロウガナカロウガ 口ニシナイ」と書いてあるという。この理由を著者は、なにか富嶽には絶対に隠し通さなくてはならない設備か新技術が搭載されていたのではないか、と推測している。
 が、私は多分そうではないだろうと思う。東宝の特撮映画『海底軍艦』(1963年)ではないのだから、当時の日本の技術水準ではそんな新技術はあり得ない。
 おそらく、秘匿の理由は広島と長崎に落とされた原爆だ。というのも1940年の段階で石原莞爾が著書『世界最終戦争論』で、長距離爆撃機と大量破壊兵器が揃うことで、戦争は殲滅戦となると主張していたからだ。石原の最終戦争論は当時、かなりの人の知るところであった。当然、中島知久平も藤森正巳も知っていただろう。
 広島と長崎に原爆が落ちた時、彼らはアメリカが最終戦争論の一方の鍵である大量破壊兵器を完成させたことに気が付いただろう。そして、自分たちはもう一方の鍵である長距離爆撃機を「富嶽」という形で研究している──私は、中島知久平は敗戦の時点では、富嶽構想が占領軍に対する交渉のカードとなる可能性があると見ていたのではないかと考える。だから、徹底秘匿を指示したのではなかろうか。
 もっとも、この時点ですでに中島知久平は、アメリカが巨大なB-36爆撃機を開発しているという情報を得ていたはずだ(B-36は1946年8月8日に初飛行している)。だから、交渉カードといっても「まあ、役に立つことがあれば」程度のものだったのではなかろうか。


【今回ご紹介した書籍】 
中島飛行機の終戦
  西まさる 著/四六判/256頁/定価(本体1800円+税)/2015年3月発行/
  新葉館出版/ISBN 978-4-86044-588-1
  https://shinyokan.jp/netstore/products/detail.php?product_id=1321

「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2019
Shokabo-News No. 350(2019-2)に掲載 

松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】 
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在、日経ビジネスオンラインで「宇宙開発の新潮流(*1)」を連載中。近著に『母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−』(日経BP社)がある.その他、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など著書多数.
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura
*1 http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20101208/217467/


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