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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
松浦晋也の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第45回 女子高生の、狩る・殺す・食べる

『罠ガール』(緑山のぶひろ 著,KADOKAWA電撃コミックスNEXT)
『放課後ていぼう日誌』(小坂泰之 著,秋田書店ヤングチャンピオン烈コミックス)

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が続く首都圏に住んでいるもので、この2か月ほどほとんど外出していない。こういうときに便利なのが電子書籍で、欲しい本がオンラインでぽんと手元に届く。結果、監禁状態の無聊を慰めるマンガの購入が随分と増えた。今回はその中からタイトルにある、女子高生の「狩る・殺す・食べる」をテーマとした2作品を。
 ──と、物騒な書き出しをしたが、要は狩猟と釣りをテーマにした2作品だ。共通点は猟や釣りのスリルや面白さだけではなく、獲物を仕留め、解体し、食べるところまでをきちんと描いているところである。

『罠ガール(1)』カバー  『罠ガール』は、山合いの田舎町にある農家の娘の朝比奈千代丸(あさひな・ちよまる)が、畑を荒らす野生動物を相手に罠猟で立ち向かうという話だ。彼女は高校3年生ながら罠猟の免許をもち、周囲の援助を受けて様々な動物を捕獲、駆除していく。
 『罠ガール』の面白さは、「女子高生があれこれする」という、流行りの定型パターンに乗りつつも、猟に関係する様々な事柄から逃げることなく、きちんと描写しているということだろう。猟には免許が必要で、守らねばならぬ規則も多い。いざ罠を仕掛けるとなると、相手の習性や行動を知る必要がある。山中を動物の足跡や糞(ふん)を追い求めて歩き回り、相手の行動パターンを調べなくてはならない。
 そして、獲物が罠にかかれば、とどめを刺さねばならない。自らの意志と自らの手で、哺乳類の命を奪わなくてはならないのだ。情に負けて逃がせば、より賢くなった動物は一層の被害を農作物にもたらすことになる。
 捕獲したのが食べられる動物ならば、とどめを刺した後に解体という作業が待っている。命を失い、動かなくなった死体から血を抜き、毛皮を剥ぎ、内臓を取り出し、骨を外し肉を切る。そのプロセスを経るうちに、無惨な骸は美味しそうな食べ物へと姿を変える。肉を調理し、食べることで、やっと罠猟という行為はひとつながりの営為として完結する。
 千代丸は、このすべてのプロセスを体験し、猟師としての経験を重ねていく。

『放課後ていぼう日誌 第1巻』カバー  一方、『放課後ていぼう日誌』は、熊本県(作中では熊元県)のひなびた海沿いの町にある高校の釣りの部活「ていぼう部」(堤防部であろう)を舞台にした作品だ。ていぼう部はかなり歴史の長い部活のようで、漁港の堤防近くにバラックの部室をもっている。しかし、部員は2年生と3年生の女子生徒2人だけ。そこに春になって新入生の女子生徒2人が入部してくる。そのうちの一人が、本来は手芸部入部希望で、釣りなんか考えたこともなかった主人公の鶴木陽渚(つるき・ひな)だ。
 女子高生ばかりの部活というと、アニメが大ヒットした『けいおん!』(かきふらい著、芳文社)がまず頭に浮かぶ。が、恋愛抜きでふわふわとした雰囲気の日々の生活の楽しさを描く『けいおん!』に対して、『放課後ていぼう日誌』は「釣ったら食べる」をモットーに、釣りの楽しみだけではなく、魚を締めて さばいて 料理して 食べる というところまでを描いていく。
 釣り餌は疑似餌の時もあるが、ゴカイやアオイソメといった、うねうねする“虫”の時もある。針を外す時には生きた魚の口に指を突っ込むし、締める時には鰓(えら)にこれまた指を突っ込んで頭のところから背骨を折って一気に血抜きする。もちろん毒のトゲをもつ魚種もいるから、そんな魚を締める時には注意しないといけない。さばくときには、臓物を引き抜くし、皮もはがすし身もぶった切る。その度に陽渚は大騒ぎしたり泣いたりするが、それでも出来上がった料理を食べる段になると「おいしい!」と満面の笑顔を見せるのである。
 興味深いことに、ていぼう部の顧問は、保健教諭の若い女性なのだが、これまた農家出身で罠猟の免許をもち、猪を狩っている。番外編では、先生の猪猟の様子が、とどめから解体、さらには猪肉の薫製を作り、ビールのつまみにするところまで描かれる。
 釣りは、以前からマンガの題材となってきた。『釣りキチ三平』(矢口高雄著、講談社)という、我々50代には忘れがたい大傑作があるし、『釣りバカ日誌』(作・やまさき十三、画・北見けんいち、小学館)というロングセラーも生まれている。が、それらと『放課後ていぼう日誌』との違いは、「釣る・さばく・食べる」という一連の行為に焦点を当てていることだろう。もちろん釣りマンガである以上、それらに触れないということはあり得ないのだが、『釣りキチ三平』ではむしろ主人公の三平と他の「釣りキチ」たちとの釣り勝負がテーマとなる。そして『釣りバカ日誌』はサラリーマン・コメディの色彩が強い。

 さて、ここにきて女子高生が「狩る、殺す、解体する、調理して食べる」という一連の行為を体験するマンガが出てきた背景だが──この10年ほどの底流が浮上したのでは、という気がしている。というのも、これら2作品の前に、「殺して食う」ことを前に押し出した大ヒット作が二つ生まれているのだ。『銀の匙 Silver Spoon』(荒川弘著、小学館、2011年〜2020年)と、『ゴールデンカムイ』(野田サトル著、集英社、2014年〜)である。
『ゴールデンカムイ』カバー 『銀の匙 Silver Spoon』カバー  『銀の匙 Silver Spoon』は北海道の農業高校を舞台にした青春コメディだ。当然、家畜が出てくるし、育てた家畜を出荷してその肉を食うという営為が描かれる。主人公の八軒勇吾(はちけん・ゆうご)は、ためらったりびびったりしながら、やがて養豚に将来の希望を見出していく。
 『ゴールデンカムイ』では、日露戦争後の北海道を舞台に、アイヌが秘匿した金塊を巡って複数の勢力が争う様が描かれる。曲者揃いの男共の中に混じってアイヌの娘のアシリパも金塊を追うのだが、彼女の開陳するアイヌの生きる知恵が、見事なまでに「殺して食う」の連続なのだ。
『山賊ダイアリー』カバー  もうひとつ、同時期の注目作として『山賊ダイアリー』(岡本健太郎著、講談社、2011年〜2016年。現在は続編の『山賊ダイアリーSS』が連載中)も忘れてはならないだろう。現役猟師兼マンガ家という作者が、猟師生活のあれこれを描くエッセイマンガである。

 このように、同傾向のヒット作がまとめて出現すると、マンガ家もマンガ編集者も、「この流れの先に自分なりのヒット作を作れないか」と考え始める。一番簡単なヒット作の方程式は、先行するヒット作の要素を組み合わせることだ。組み合わせる要素はかけ離れていればいるほど、耳目を引くことができる。しかし、不自然になるほどかけ離れていてはいけない。
 『けいおん!』が切り拓いた恋愛模様抜きの女子高生学園生活ものに、『銀の匙』『ゴールデンカムイ』『山賊ダイアリー』の「殺して食う」を掛け合わせれば──不自然にならないような舞台はいったいどこか、どんなシチュエーションか。
 おそらく、『罠ガール』『放課後ていぼう日誌』も、少なくとも作者と編集者の打ち合わせ、そして編集部の企画会議を通す時には、このようなプロセスが話し合われたのではなかろうか。

 が、もっと奥深くには、より深刻な現状が横たわっていると私は考える。日本列島の各地で現在進行形で起きている自然からの逆襲だ。
 高齢化の進行により、今、日本列島の過疎地から人が消えつつある。村落は無住となり、耕作地は放置され、かわってそこに自然が進出してくる。すると野生動物の数も増え、人里にも出てくる。我々は今、自然と人間社会との関係に再考を迫られているのだ。そのような意識が、「もっとも自然から遠いようにも思える女子高生が狩って殺して食う」という作品の出現につながっているのではなかろうか。
 『罠ガール』作者の緑山のぶひろ氏は、福岡在住の農業兼業のマンガ家だ。実際に自分の田畑が野生動物の脅威にさらされる中、喫緊の課題としての野生動物駆除というテーマを『罠ガール』という形にしたのだそうだ。
 『放課後ていぼう日誌』はこの春からテレビアニメも放映されている。残念ながら、新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、5月現在、放送中断中だ。魚類に関しては、現状ではむしろ獲りすぎによる資源枯渇が問題になっている。とはいえ、この作品が一般に支持されてアニメ化にまで至った背景には、自然との関係の再考という要因があるように思える。

 では、私の推測が当たっているなら、次にどんなマンガが出現するか。

 たぶん「熊」だろうなぁ。日本列島に棲息する大型哺乳類といえば鹿に猪に熊だ。このうち、鹿と猪はすでに『罠ガール』『放課後ていぼう日誌』で扱っているので、残るは熊。
 熊となると、これは女子高生の部活、というわけにはいかないだろう。人にとっても生きるか死ぬかの闘争になる。
 この分野では、1915年に発生した三毛別羆事件(北海道の開拓地がヒグマに襲われ、7名が死亡し3名が重傷を負ったという大事件)を題材にして、戸川幸夫が『羆風』(「小説新潮」に掲載)を、吉村昭が『羆嵐』(新潮文庫)という小説をそれぞれ執筆している。戸川の『羆風』は、後に矢口高雄がマンガ化した(小学館ビッグゴールドコミックス)。これらとは違う視点から熊と人間の関わりを描けるなら──。

『クマ撃ちの女 1巻』カバー  ここは主人公は女性にしたいな。銃免許が必須で、生きるか死ぬかの戦いとなると、主人公はある程度人生経験を積んだ20代後半から30代前半ぐらいの年齢となるだろうか。もう、誰か目端の利く編集者が企画を立て、意欲あるマンガ家と組み、取材を開始しているのではなかろうか……と思って、探したら、驚くべきことにすでにそのようなマンガが存在した。『クマ撃ちの女』(安島藪太著、新潮社バンチコミックス、2019年〜)である。トラウマを抱える31歳の女性が、熊を撃つことに執念を燃やす、素晴らしくワイルドな作品だ。

 日本のマンガ出版、さすがである。


【今回ご紹介した書籍】 
※URLはいずれも第1巻のもの。またすべて電子書籍版も発売中です。

『罠ガール』(現在第4巻まで刊行中)
 緑山のぶひろ 著/B6判/定価627円〜715円(税込)/2017年12月〜2019年8月/
 KADOKAWA(電撃コミックスNEXT)
 https://www.kadokawa.co.jp/product/321708000141/

『放課後ていぼう日誌』(現在第6巻まで刊行中)
 小坂泰之 著/B6判/各 定価693円(税込)/2017年10月〜2020年3月/
 秋田書店(ヤングチャンピオン烈コミックス)
 https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253257364

『クマ撃ちの女』(現在第3巻まで刊行中)
 安島薮太 著/B6判/各 定価660円(税込)/2019年7月〜2020年5月/
 新潮社(バンチコミックス)
 https://www.shinchosha.co.jp/book/772195/

「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2020
Shokabo-News No. 362(2020-5)に掲載 

松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】 
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在、日経ビジネスオンラ イン「Viwes」「テクノトレンド」などに不定期出稿中。近著に『母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−』(日経BP社)がある.その他、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など著書多数.
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura


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