裳華房のtwitterをフォローする


【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
松浦晋也の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第46回 祖父が話してくれた戦争、話してくれなかった戦争

『零戦少年』(葛西りいち 著、秋田書店ヤングチャンピオンコミックス)

『零戦少年』カバー  第43回※で取り上げた岩畔豪雄絡みで、失敗に終わった日米の開戦回避工作関連の読書をしている。今回取り上げようと思っていたのだが、読書途中で、衝撃的なマンガにぶつかってしまった。
 というわけで、前回に引き続き、今回もマンガを取り上げることにする。
 ※ https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-43.html

 『零戦少年』は2015年に出版された。この本の表紙には「1」巻の表示がない。つまりこの一冊で終わるはずだったのだ。
 著者が18歳の浪人生時代、「いつかマンガのネタにしてやろう」とかつて零戦で戦争の空を飛んだ祖父から聞き出した話を、31歳の時にまとめたものである。著者の祖父は古長安雄というお名前だそうだが、作中では「葛西安男」というキャラクターで描かれる。
 著者は冒頭で「この話は 私 葛西の祖父 葛西安男から聞いた真実の物語です」と宣言し、安男の昔語りから読者を昭和のあの戦争にいざなう。「国のためなんて一度も思ったことはない 今だから言える わしは成り上がりたい その一心だけでゼロ戦の桿を必死に握った」──。

 九州の片田舎の農家で11人兄弟の末っ子として生まれた安男。将来の展望はまったく無い。年頃になると「家を出て出世してやる」と思うようになる。そして選んだのが戦闘機パイロットの道だった。昭和17年(1942年)7月、17歳で海軍飛行予科訓練生になり、希望と共に零戦パイロットの道へと踏み出す。
 しかし、その年4月に日本海軍はミッドウェー海戦で大敗を喫していた。それまでの連戦連勝はストップ。敗戦まで延々と負け戦が続くタイミングだ。
 安男に「国のため」というような理想はない。「自分はパイロットをきっかけにして成り上がる」と、自分の人生を切り拓きたい一心で、彼は訓練に集中する。エリート中のエリートである空母乗りの零戦パイロットになりたい──しかし配属にあたって、彼は冷徹な事実を知らされる。ミッドウェーで空母4隻が沈められた。お前らの空母配属はない、と。
 ここからは18歳から20歳の安男の、その年齢らしい思考と行動が、きびしくなる一方の戦局と共に描かれる。だいたいこの年齢の男の子なんて生き物はバカなのだが、そのバカが、死神に首根っこを捕まれてぐいぐいと顔に死を押しつけられるのだ。南方に送られ、半ば強制で特攻隊に志願させられ、マラリアに罹り生死の境をさ迷い、それ故特攻隊の出撃からはずされ、内地に戻り3月10日の空襲でまっさらな焦土と化した東京上空を空しく飛び、また特攻隊に選ばれ、今度は出撃するも目標未発見で帰還し──そして、敗戦を迎える。
 著者は、あくまで「自分と祖父」という関わりの中で、話を紡いでいく。そして自分の子ども、すなわち安男のひ孫を抱いて「戦争がいいとかわるいとかバカな私にはよくわからないけれど ただ生きて帰ってきてくれたこと 命を繋いでくれたことに感謝しています」と本書を結ぶ(ペンネームでわかりづらいかもしれないが、著者は女性である)。

 話を聞いた翌年、葛西安男こと古長安雄氏は急逝した。後書きには「祖父安男は生きていたら91歳です」と書いてある。いかなる意味でも「大義」など持っていないおバカな若者が、自分の人生を切り拓くべく足りない知恵を絞って、結果として地獄に踏み込む──この救いのない物語に温もりを与えるのは、著者が抱く「私のおじいちゃん」への愛だ。
 それはこの『零戦少年』第1巻の美点でもあり、欠点でもある。戦争を描きつつも、視点は常に「私のおじいちゃん」に戻って来てしまう。当時の社会とか、生死を巡る人間の情念という方向に拡がっていかない。

 しかし、出版から一年後に状況が一変する。本を知ったかつての予科練同期、三浦という人が連絡してきたのだ。老人ホームまで会いに行った著者に、90歳を過ぎた三浦老人は言う。「あの男はあんたが思うような芯のない軟弱者でも 信条のない成り上がりでもない」──そして続けるのである。「私の話をあいつがしなかったのは無理もない……あんなに長い間一緒にいたのにな それこそ 一緒に人も殺した」
 こうして、ないはずだった『零戦少年』第2巻が、2019年から2020年にかけて描かれた。
 身内の視点からの第1巻、そして他人の視点からの第2巻。この2冊が揃ったことで『零戦少年』は、一戦争体験者の記録から、人間という生き物が不条理な状況にどうぶつかり対応したかを描く文学に昇華したのである。

 安男と三浦は、戦後一度も顔を合わすことなく、それぞれの人生を過ごした。戦中のある出来事が、二人を分かったのだ。『零戦少年』第2巻は、そんな安男と三浦の、予科練での出会いから説き起こす。
 安男と三浦は、「国のため」といった大義を持たず、「零戦パイロットになって社会で成り上がる」ことを目標にしているという点で、人生の同志だった。三浦は東京の娼婦の息子だった。同じ家で母が客をとるので、母の嬌声を耳をふさいでやり過ごして育った。三浦は過酷な生育歴からか、年齢に似合わぬ醒めた視点を持っていた。日本軍の勝利を、彼は「まずい」と安男に語る。「長引いたら駄目なんだ 今は良くても引くときは引かないと」「小さい者が大きい者に勝つためには“引き際”だって それを失ったら終わりなんだ」。そして、三浦は安男に言う。「考えられない奴は死ぬ おまえも学べ 葛西」と。
 二人は互いに影響を及ぼし合う。安男は三浦から、三浦は安男から学び、予科練を卒業した。昭和19年(1944年)末のフィリピン・ルソン島、特攻隊の護衛を命じられた三浦は、特攻隊員となった安男と再会する。その時、安男はマラリアで生死の境をさ迷っていた。やがて安男の病は癒えて、出撃の時が来る。爆弾を搭載した特攻機で飛ぶ安男と、護衛の三浦。護衛とはいえ、それは敵戦闘機が来たらおとりとなって引きつけて、なぶり殺しにされる役割でしかない。続く雲中の飛行。その時、安男はある決定的な行動に出る。

 安男の行動で、三浦は死を免れた。安男もまた、敵未発見で引き返し、九死に一生を得る。が、安男の行動を三浦は許せない。怒り、恨み、悩み、考えに考え、戦後を生きることになる。そしてまた安男も、三浦について孫に一言も語ることなく、人生を全うした。
 「命を救ってもらったのに怒り、悩む」というところが、今の感覚では理解が難しく、それ故本書を読む価値のあるものにしている。
 三浦は自分もまた死ぬものと考えていた。安男が特攻すれば、次は自分だ。それは同時に「俺もお前も平等に死ぬ」という奇妙な安心感でもある。否、そのような安心感に逃げ込みでもしない限りは、正気を保ってはおられなかったのかも知れない。曲折の末に生還した三浦は、彼の出撃後も続々と同僚が戦死していったことを知る。「安男が自分を助けなければ、自分が任務を全うして死んでいれば、こいつらは死なないで済んだか知れない」と三浦は怒り、悩む。このなんとも理不尽な生と死の交差と、交差が生み出すこれまた理不尽な懊悩を、著者は解説をせずに生のままでぽんと放り出し、読者に提示する。
 90歳を過ぎた三浦は、著者に「生きて帰りたいという気持ちを(松浦注:安男に)見抜かれたのだ」と語る。「安心しなさい 私はもう葛西を恨んではいない」とも。
 三浦老人への面会時、著者は第二子を妊娠していた。老人はいう。「ならばいつか(松浦注:その子に)伝えなさい 葛西安男は戦争という極限下においても他人を生かす覚悟を持った勇敢な男だったと──」

 生と死が幾重にも錯綜する、なんとも壮絶なストーリーだ。
 が、同時に読者は一見実話調で書かれた構成から「これ、どこまで本当の話?」と疑問を持つかも知れない。第2巻の目次には「この作品は著者の経験を元に構成したフィクションであり、実在の個人・団体等にいっさい関係ありません」と但し書きが入っている。では第1巻はというと「この物語は著者が祖父から聞いたお話を元に構成したフィクションです」となっている。明らかに第2巻のほうがフィクションであることを強調している。
 とはいえ、執筆にあたっては相当詳細に、2人の証言と残る公文書との突き合わせを行ったようだ。第2巻のカバーをめくった表紙には、著者の祖父である“安男”こと古長安雄氏の軍歴証明書が掲載されており、その記述からたどっていくと、2人の特攻があったのは昭和19年11月から12月にかけてのフィリピンを巡る攻防の中であったことが分かる。第2巻には監修・協力という形で、特攻関連の著書をもつテレビ・ディレクターの大島隆之氏の名前がクレジットされており、また当時の出撃命令書などもコマ中に書き込んである。それによると、安男と三浦が特攻で飛び立ったのは昭和19年(1944年)12月15日のことである。
 おそらく──かなりの歳月を経たことと、それぞれ話したくないこともあった結果、著者の祖父の話と三浦老人の話とが相当食い違ったのだと思う。
 2人の証言が食い違うとなると、これはもう「お話」として語るしかない。そこに残るのは、ハイティーンの年齢で戦争の空を飛んだ二人の男の「心の真実」であろう。

 なお、第1巻と第2巻とでは矛盾が発生している。第1巻では安男の特攻出撃は昭和20年(1945年)4月に鹿屋からとなっているのだが、第2巻では昭和19年末のフィリピン・ルソン島からとなっている。
 これは、“三浦”のことを語りたくなかった古長氏が、わざと特攻の時期をずらして孫に語ったのかも知れない。

 敗戦から75年が過ぎ、戦場経験者は90代半ばを超えた。もう生の体験を語れる人はそう多くはない。2012年に最後の第一次世界大戦従軍者が110歳でこの世を去った。これをそのまま敷延すると、長くとも20年ほどで第二次世界大戦に従軍した人は、地球上からいなくなる。
 そんな中、『零戦少年』は「自分がずっと若かった時に聞いた祖父の話」という形で、戦争の記録を我々に届けてくれた。しかも90歳を過ぎた「かつての予科練の同期」の証言までも引き出した。
 ネトウヨ……というのは嫌いな言葉だが、右翼系オピニオン雑誌やらその手の煽動的な書物で「特攻に殉じた英霊のおかげで今の日本はある」というような世迷い言を信じ込んでしまっている人に一読をお勧めする。おそらく「英雄的で格好いい日本と日本人」を否定されて不愉快な気分になるだろう。が、その不愉快さこそが戦争の本質なのである。
 なにしろ、特攻発案者の大西瀧治郎・海軍中将がはっきりと言い切っている。「特攻は統率の外道」と。


【今回ご紹介した書籍】 

『零戦少年』
 葛西りいち 著/B6判/206頁/定価(本体680円+税)/2015年8月/
 秋田書店(ヤングチャンピオンコミックス)
 https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253142036

『零戦少年2』
 葛西りいち 著/B6判/192頁/定価(本体680円+税)/2020年7月/
 秋田書店(ヤングチャンピオンコミックス)
 https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253142044

※いずれも電子書籍版も発売中。

「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2020
Shokabo-News No. 363(2020-7/8)に掲載 

松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】 
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在、日経ビジネスオンラ イン「Viwes」「テクノトレンド」などに不定期出稿中。近著に『母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−』(日経BP社)がある.その他、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など著書多数.
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura


※「松浦晋也の“読書ノート”」は,裳華房のメールマガジン「Shokabo-News」にて隔月(奇数月予定)に連載しています.Webサイトにはメールマガジン配信の約1か月後に掲載します.是非メールマガジンにご登録ください.
   Shokabo-Newsの登録・停止・アドレス変更



         

自然科学書出版 裳華房 SHOKABO Co., Ltd.