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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第2回 「ゼロリスク信仰」の問題点を考える

畝山智香子 著『ほんとうの「食の安全」を考える』(化学同人)

 安全な食品とはなんだろう。そんなこと、自明じゃないかと多くの人は信じている。
 しかし、それは全くの誤りだ。現代の食品安全基準は、歴史の中で深く複雑に練られてきた高度な組み立て概念で、理解にはそれなりの努力を伴う。そして、多くの人がこの難解な概念に信頼を持てなければ、我々は少なくない損失を被る困った状況にある。
 畝山智香子さんの『ほんとうの「食の安全」を考える』(化学同人)は、そんな現代の様々な場面で顕在化してきた、「ゼロリスク信仰」の問題点を考えるうえで、必読の書といっていいだろう。
 チクロといえば、毒性があることがわかって禁止された人工甘味料……と記憶されている人が多いだろう。ところがチクロは、ヨーロッパやカナダ、中国など世界55カ国で今も食品添加物として問題なく使用されている。
 そこには歴史のいきさつがあった。
 1940年代、遺伝子の実体がDNAだと明かされ、50年代にはDNAに作用して腫瘍を作る「発がん物質」が発見された。そこで、どの物質に発がん性があるかが盛んに研究されるようになり、やがて食品添加物から発がん性がみつかった。この驚きの発見がアメリカで社会問題となり、チクロやサッカリンがやり玉に挙げられて、日本でもこれらが禁止されていった。
 今でも、食品添加物を、なにか忌まわしいもののように感じる人が少なくないようだが、その感覚の原点がここにある。
 しかし、さらに研究が進むと、一口に発がん物質といっても、実験動物に腫瘍を作るだけで人には無害だったり、不可能なほど膨大な量を食べなければ危険はない物質も少なくない事がわかってきた。チクロやサッカリンの禁止は、今にして思えば、不完全な知識に基づいた過剰反応だったのだ。
 飲食物の安全性に関して、その後も想定外の発見が繰り返されてきた。たとえば、水道水の殺菌のため塩素を加えると、それによって発がん物質ができてしまう。しかし、だからといって殺菌をやめれば伝染病が蔓延し、それによる社会のダメージは大きい。
 2002年には、炭水化物が焦げてできるアクリルアミドの発がん性も明らかになった。つまり、伝統的でありふれた食生活からも、我々は無視できない量の発ガン物質を摂取し続けているわけだ。
 だとしたら、安全基準をどう定めたら、最も合理的に人々の健康を保つことができるのだろうか。公は、これらの難問が明らかになるたびに、安全に対する考えを深め、基準を練り上げてきた。
 その結果、現在の基準は、規制値を少し越えた程度の違反食品を間違って何度か食べても、健康に影響がないよう設定されている。
 公が対策を誤り、あるいは経済性を優先して人々の健康被害を引き起こした事件は、確かに明治期から3〜40年ほど前まで、散発的に繰り返されてきた。その不信感は、現代でも根強くあるとは思う。しかし、最近10〜20年に限れば、公は過去の苦い事例に学び、改善の努力を続けてきた。公は成長し、今では客観的な安全は確保されている。
 時に話題になる規制値越え食品の大半は、莫大な費用をかけて回収しなくても、健康に害は生じない。実際、諸外国では基準値を越えても回収などしないことが一般的だ。
 中国の汚染食品が話題になったときも、昨今の放射性セシウムに関しても、基準値をわずかに超えただけで恐れ、怒り、捨てる必要のないものを廃棄し、使えるものまで禁止することが正しいことだというのが、今の日本の常識だろう。しかし、この種の莫大な無駄が可能なのは、日本が今でも経済的にかなり余裕があるからに過ぎないのではないか。
 安全と危険の境目は、客観的な合理性と、個々人の感受性の両面から考えるべきものだろう。本書はそのうちの客観的合理性について、基本知識を共有する格好の一冊と思う。


【今回ご紹介した書籍】 
畝山智香子 著『ほんとうの「食の安全」を考える
   B6判/224頁/定価(本体1600円+税)/2009年11月発行/化学同人 DOJIN選書28

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2012
Shokabo-News No. 277(2012-7-27)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


※「鹿野 司の“読書ノート”」は,裳華房のメールマガジン「Shokabo-News」にて隔月(偶数月予定)に連載しています.Webサイトにはメールマガジン配信の約1か月後に掲載します.是非メールマガジンにご登録ください.
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