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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第17回 進化は「最適者の到来を説明」できるのか

ワグナー 著『進化の謎を数学で解く』(文藝春秋)

 進化は、科学好きにとって人気のテーマの一つで、この問題に関する書籍は、それこそ数え切れないほどたくさんある。けれど、この本はそのどれとも違っている。
 進化という概念は、現代の生物学の基礎中の基礎で、生き物の分類、行動、生態から分子生物学まで、生命現象のありとあらゆる側面がこの理解なしにははじまらない。
 進化論は仮説だ、などということを今でも言う人がいるけれど、それは完全に間違いで、様々なレベルで証拠も示せるし、実験的な証明も行われている。
 進化というアイデアは至ってシンプルで、生命は放っておくと、子孫を増やすうちにコピーのエラーが起き、変化せずにはいられないということと、その変化の有り様は、取り巻く環境条件にあわせて、それにだいたいふさわしいものが偶然残されていく(適応)という組み合わせに過ぎない。
 これほど単純な原理に、今さら謎などあるのかとすら思える。しかし、それにもかかわらず、進化には、これだけで理解できたとは言い難い、本質的な謎がまだ残されている。
 たとえば、生命の重大な構成要素であるタンパク質は、20種類のアミノ酸が繋がってできている。そこで、100個のアミノ酸からなる、比較的小さな酵素を考えてみると、そのつながりかたの可能性は20の100乗、つまり10の130乗通りもあることになる。
 10の130乗通りというのは、尋常な数ではない。これに比べれば、アボガドロ数なんてチリみたいなものだし、地球に存在する水分子の総量でも10の45乗個には届かない。それどころか宇宙にある全物質量ですら、水素原子に換算して10の80乗個しかないわけだ。
 一方、一般に酵素活性は、ほんの少しアミノ酸配列が変わっただけでも失われてしまう。
 そうだとすると、こんな超天文学的な膨大な可能性の中から、意味のある活性を持つ配列が偶然に出来ることなど、宇宙開闢以来の全時間を費やして試行を行ったとしても到底足りなくて、事実上不可能としか思えない。
 つまり『自然淘汰は最適者の生存を説明できるかもしれないが、最適者の到来を説明することはできない』。意味のある表現型の創出は、可能性が莫大すぎて探索しきれないはずなのだ。
 そうだとすると、生命は一体どうやってその配列にたどり着いたのだろうか。
 この『進化の謎を数学で解く』では、その進化と生命の謎に、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『バベルの図書館』、すなわち存在する可能性がある全ての書物が揃った図書館と同じような、すべての代謝反応が揃った図書館を想定して、少しずつ解き明かしていく。
 超天文学的な莫大な可能性の中から、意味のあるものを探索するという問題は、たとえばコンピュータ将棋と、人間の将棋の指しかたの違いなどにも存在するものだ。
 将棋の指し手のうち、ルール上打てる可能性の数は10の220乗ほどもあるのに、その中からどうやって勝つ手筋を創りだしていくかという問題と、この進化の謎とは、本質的なところで繋がっているように思える。
 この本を読みながら、進化の秘密と知性の秘密には、どこか深い?がりがあるのだろうかと思いを馳せた。


【今回紹介した書籍】

◆『進化の謎を数学で解く
  アンドレアス・ワグナー 著,垂水雄二 訳/四六判/368頁/2015年3月発行
  価格(本体2000円+税)/文藝春秋/ISBN 978-4-16-390237-1
  http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163902371

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2015
Shokabo-News No. 310(2015-4)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


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