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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第22回 社会としていかに「炎上」を抑制するのかを考える

田中辰雄・山口真一 著『ネット炎上の研究』(勁草書房)

 いわゆる「炎上」という現象に、心を痛めている人は少なくないと思う。
 昨今は、インターネット、と、いうよりはSNS、中でもtwitterを利用している人なら、毎日のように何らかの炎上現象を目にしても不思議はない。感情的で攻撃的な口汚い罵り言葉や、こじつけ言いがかりそのもののねじ曲がった主張を目にするのは、いい加減うんざりという人もいるだろう。
 しかも、この炎上は実社会にマイナスの影響を及ぼしもする。
 炎上で非難される対象は、何らかの形で正しくない発言や行いをしていることが多い。
 しかし、その行為に対する代償が、しばしば過大になる。うっかりした失言や軽はずみな行動に過ぎないものが、社会的抹殺や企業倒産につながりかねないような、殺伐とした不寛容な雰囲気が、社会全体を重苦しく覆っている。
 この種の炎上は、一体どういう人々が引き起こし、そのマイナス影響は、どうしたら軽減させることができるのだろうか。

 『ネット炎上の研究』(田中辰雄・山口真一著、勁草書房)は、この炎上現象を、ほとんど初めてデータに基づき統計的・定量的に分析し、さらに対策を考えようと試みた一冊だ。

 ネットでは、ごく初期から炎上と似た現象は存在していた。それは、掲示板での議論が、いつしか感情的な罵りあいになる、フレーミングだ。しかし、古き時代のフレーミングと炎上は現象としてかなり異なるものだという。
 フレーミングは、ニュースグループなどの限られた範囲で、SNSも検索も未発達の時代の、基本的には1対1の対決だった。感情のぶつかり合いはあっても、そこにはある程度の相互の対話はあって、仲裁や無視など沈静化する手立てが存在した。
 しかし、炎上は、2ちゃんねるのように一覧性が高かったり、SNSのようにシームレスに世界と繋がっている環境で、リツイートや検索によって莫大な人が集まる、1対不特定多数の集団リンチだ。正義を確信した人たちによって、議論や反論を赦さず、罵倒や中傷だけが延々と続き、弁護しようとした人にも攻撃の矛先が向く。酷いときは住所特定など個人情報がさらされ、友人、家族、同僚など直接関係のない人まで巻きこまれる。

 では、炎上に参加するのは、いったいどのような人たちだろうか。
 これについては、従来は「イタい人たち」「社会的弱者」「バカで暇人」「ネットのヘビーユーザー」などといわれ、時間をもてあました低学歴の引きこもりが、ネットで誹謗中傷を繰り返すという、ステレオタイプな人物像が想定されることが多かった。
 しかし、2014年11月に行われた、掲示板ユーザー2万人ほどを対象にした調査会のデータをもとに分析したこところ、この人物像は現実とはかなり違うことが明らかになったという。
 それによると、炎上参加者の傾向は、男性であり、年収が多いほど、年齢が若いほど(ただし調査は20歳以上)、子供がいて、ラジオを良く聞くほど高くなる。一方、結婚の有無や学歴、インターネット利用時間は、炎上参加に関係しない。
 ただし、いずれもその傾向の差は僅かで、たとえば女性よりは男性が多いといっても、何倍も違うわけではない。
 さらに興味深いのは、炎上で何かを書き込む人は、インターネットユーザーの0.5%程度で、一つの話題に限ると0.00X%のオーダー、つまり数千人程度しかいないことだ。
 しかもその9割以上が、ぽつりと一言感想を述べる程度で、当事者を直接攻撃することはない。複数書き込みをして、直接攻撃をするような人はそのさらに数%で、人数にして数十人〜数百人程度なのだという。
 また、それらの人々の2割弱は2年続けて炎上に参加しない。つまり、炎上はごく少数の、それも固定した人が起こしているらしい。

 炎上の最大の問題点は、「荒れ」を嫌った人々が、社会への情報発信から撤退していることだ。
 インターネットは、普及期には、多くの人が意見を交換しあい相互理解を深める、創造の場となる事が期待されていた。しかし、炎上が認知されるようになった2006年あたりを区切りとして、SNSやブログが生産的な議論の場になると考える人は激減している。
 一方、これまでの炎上対策として語られる方策は、情報発信を抑制するというものが多かった。
 たとえば、匿名性が問題を引き起こしているから、実名性を導入すべきという話が良くいわれるが、すでに韓国ではそれを行って失敗している。炎上参加者は自分たちは正義と確信しているため、実名であることを厭わず過激化・極論化して、中間的な意見をもった人がネットから去ってしまうのだ。
 しかし、この本では、人々の情報発信の萎縮を紡ぐために、社会としていかに炎上を抑制するかを考えようとしているところが興味深い。この問題設定には大いに共感できる。
 とはいえ、この本における分析は、データの限界もあって、炎上現象を完全には捉え切れていないのではないかという疑問や、対策についても他にあり得るのではないかと感じるところはある。

 この本は炎上現象に対する分析と対策の決定版を示すものではなく、この問題を自分の物として考えたいと思う人に向けて、問題を整理し、手がかりを与えてくれる一冊と言えるとおもう。


【今回紹介した書籍】

◆『ネット炎上の研究
  田中辰雄・山口真一 著/A5判/256頁/本体2200円+税/2016年4月刊行/
  勁草書房/ISBN 978-4-326-50422-0
  http://www.keisoshobo.co.jp/book/b220024.html

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2016
Shokabo-News No. 325(2016-6)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


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