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「生物の科学 遺伝」 2002年11月号(56巻6号)

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特集 I 特集 琵琶湖の在来淡水魚の危機

特集にあたって

高桑 進

 今年5月に 環境省自然保護局が『新・生物多様性国家戦略 ―― いのちは創れない』という小冊子を編集・発行した.その中で,生物多様性保全の現状として,以下の三つの危機があげられている.
 第一の危機は,人間の活動や開発が,種の減少・絶滅,生態系の破壊・分断を引き起こしていること.第二の危機は,自然に対する人間の働きかけが減っていることによる影響.これは里山や里地の自然環境の保全に関する問題である.そして,第三の危機として,移入種や化学物質による影響がある.移入種としては,ブラックバスをはじめとした,本来の生態系以外の地域から人間が持ち込んだ種が,その地域の固有の生物や生態系にとって脅威となっている場合があげられている.

 今回,本特集において"琵琶湖"を選んだ理由は,わが国の淡水環境としては代表的な湖であり,前に述べた生物多様性を保全しない危機的状況が顕著にみられるからである.すなわち,秋月岩魚 著『ブラックバスがメダカを食う』(宝島社,1999)で衝撃的に紹介され,本特集内で 中井克樹 氏が明確に解説されているように,ブラックバス問題は第3の危機に相当することは言うまでもない.現在,琵琶湖におけるブラックバスの駆除に関しては,滋賀県が条例で再捕獲後の放流禁止を打ちだしているが,この方針に反対の意見が多く寄せられていると新聞などで報じられている.

 ブラックバスが釣りの対象魚として人気があるというのは,たいへん困った事態である.子どもたちに,日本本来の淡水魚を釣る楽しみや食べる楽しみ等,正当な魚釣りを伝承すべき責任は大人にある.本来,日本特有のさまざまな魚種がみられるべき淡水環境に,外国の魚を勝手に放流して釣り堀状態にすることが,いかに生物多様性の脅威であるかを教育しなければならない.

 山本敏哉 氏の項では,琵琶湖の水位を人為的に操作することがいかに淡水魚の産卵を阻害しているかを,初めて科学的に明らかにした研究結果を伝える.
 森 誠一 氏は,今まで環境保全のうえではほとんど無視されてきた湧水環境というデリケートな淡水環境が,人間の開発行為により大きく影響を受けていることを述べている.湧水環境にすむトゲウオというきわめて貴重な淡水魚の絶滅に開発行為が大きく関与しており,その絶滅を防ぐ手だてとしては 研究者と地域社会と行政組織の密接な連帯が必要であるという.このような活動をもっと支援することが大切である.

 そして 最後に,筆者(高桑 進)がわが国の治水の歴史を振り返り,河川生態系に影響を与えている要因の中からとくにダム建設との関係を考察する.ほとんどすべての河川に建設されたダム(その利用目的は何であれ)が どのようにわが国固有の生態系に影響を与えたかは,その地域地域の生物や生態系についての正確な調査がなければ評価することができない.その影響は,われわれが想像する以上に計り知れないものがあると思われる.

 このような危機的状況は,10年前に制定された「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保全に関する法律(種の保存法)」の確実な運用で対応すべきであろうが,森 氏が述べておられるように,地域住民の一人一人がその地域の本来の生態系が失われたことに危機意識を抱いて行政を動かす必要がある.その意味で,研究者の社会的責任は大きい.また,日本の各地域の生き物調査は,小学校をはじめ,中学や高校においても総合的な学習の時間に行い,その調査結果はインターネットを通じて公開することが良いのではないかと考えている.

 生物多様性という概念は外国から輸入されたが,わが国が世界でもまれにみる生物の宝庫であることを,環境教育の基礎知識として 初等・中等教育で教えていく必要を痛感するものである.

(たかくわ すすむ,京都女子大学)

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特集 II 日本産希少淡水魚の保護

特集にあたって(要約)

細谷和海

 近年,日本の淡水魚は急激に減少し,環境省新版レッドリストでは76種・亜種が掲載された.この数は,わが国の在来淡水魚の総種類数の約4分の1にも及ぶ.

 日本の淡水魚を減少させた主な原因には,宅地開発,河川内に敷設された横断工作物,圃場整備事業,工業廃水と下水の流入,農薬散布,外来魚の移殖放流などがあるが,いずれも人為的要因による.

 生物多様性の保護目標にかなうためには,在来種だけを対象とし,進化的背景を重視しなければならない.

 一般に,淡水魚は,地理的隔離によって独自の分化を遂げようとする遺伝的固有性と,異なる集団間でときどき交雑して変異性を回復しようとする遺伝的多様性を合わせもつ.保護対象の目安として,系統分類の立場に立った進化有意単位よりも,過去の遺伝子の交流をそのまま評価する管理単位のほうが実質的である.

 保護には "保全"と"保存"という二つの方法がある.保全は,生息地の自然環境を保つことで希少種を守るものである.中山間にある水田は,淡水魚にとって主要な保全対象であり,環境に配慮した農業施策のデ・カップリングにより維持管理されることが望まれる.保存は,希少種を生息地から研究施設へ隔離して種の系統を維持管理するもので,すでに水産研究機関が蓄積してきた繁殖技術を希少淡水魚に転用できる見通しがついている.

 希少淡水魚の保護においては,保全も保存も共に重要であり,今後,両者が一体となって計画を立てるべきである.

(ほそや かずみ,近畿大学 農学部 水産学科)

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