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裳華房メールマガジン (Shokabo-News)
バックナンバー(No.282;2012年12月号)

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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆   Shokabo-News No.282                2012/12/27   裳華房メールマガジン 12月号   http://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 今回のご案内 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ◇ 新刊    『メディカル化学』  ◇ 近刊(2013年2〜3月刊行予定)    『基礎から学べる 線形代数』『理工系の数理 複素解析』    『超分子の化学』  ◇ 松浦晋也の“読書ノート”(5)     ジョージ・エラリー・ヘールの「大きいことはいいことだ!」  ◇ 裳華房の“古書”探訪 (9)    久末啓一郎 著『初等ベクトル解析』(初版 昭和7年)  ◇ 売上げランキング(数学分野,化学分野) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Shokabo-News 会員の皆様 こんにちは m(_ _)m  年の瀬も押しせまってまいりましたが,リニューアルした Shokabo-News の 第9号をお届けします.  ヒッグス粒子とみられる粒子の発見や,iPS細胞の研究で山中伸弥先生がノー ベル医学・生理学賞を受賞されるなど,2012年も様々な科学の話題で賑わいま した.皆様にとってはどのような一年間であったでしょうか.  裳華房としては,「量子力学選書」や「物理化学入門シリーズ」などの新シ リーズを開始したり,数学者・矢野健太郎先生の生誕100年を記念して『代数 学と幾何学』を復刊したほか,新刊15点を刊行いたしました. http://www.shokabo.co.jp/book_news.html  明年も,より多くの読者の方々の一助となるよう,充実した内容の書籍を取 り揃えて参りますので,一層のご支援・お引き立てのほど,よろしくお願いい たします.  さて,本年最後の配信となるShokabo-Newsでは,新刊1点,近刊3点のご紹 介のほか,連載第5回目「松浦晋也の読書ノート」ではウッドベリー著『パロ マーの巨人望遠鏡』を,また「裳華房の“古書”探訪」では久末啓一郎著『初 等ベクトル解析』(昭和7年 初版発行)を取り上げます.  明年1月配信のShokabo-Newsでは読者プレゼントを予定しておりますので, ご期待ください.また,ご意見・ご感想を m-list@shokabo.co.jp までお寄 せいただければ幸いです. (Twitterをお使いの方はアカウント @shokabo まで)  ★ お知らせ ★ 1.当社の年末年始の休業期間は12月29日(土)から1月6日(日)まで,   新年は1月7日(月)9:00より営業開始となります. 2.2013年度版の「裳華房 図書目録」(冊子版,PDF版)   http://www.shokabo.co.jp/mokuroku.html 3.「大学・短大・高専用教科書のご案内」   http://www.shokabo.co.jp/text.html 4.[生物分野の教科書など]図表ファイルがダウンロードできます.   http://www.shokabo.co.jp/textbook/text-tm.html#bio 5.数学系の編集者(中途採用・経験者)を募集しています.   http://www.shokabo.co.jp/recruitment2012.html 6.「裳華房 出版原稿受付窓口」   http://www.shokabo.co.jp/scripts.html ─────────────────────────────────── 【裳華房 新刊一覧】 http://www.shokabo.co.jp/book_news.html 【ご購入のご案内】  http://www.shokabo.co.jp/order.html ─────────────────────────────────── ★★★★★★★★★★★★★★ 新 刊 案 内 ★★★★★★★★★★★★★★★ ◆ 『メディカル化学 −医歯薬系のための基礎化学−』 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3091-0.htm 齋藤勝裕・太田好次・山倉文幸・八代耕児・馬場 猛 共著 B5判/272頁/2色刷/定価3360円(税込)/裳華房/ ISBN978-4-7853-3091-0  医師・歯科医師,薬剤師等を目指す大学1年生を対象とした,通年用の基礎 化学教科書.初学者に向けた化学全般のきわめて平明な解説に加え,専門課程 で学習する有機化学・生化学につなぐための有機化学反応や有機化合物および さまざまな生体分子の解説,医療現場で役立つ知識も満載した. 【主要目次】1.原子の構造と性質 2.化学結合と混成軌道 3.結合のイ オン性と分子間力 4.配位結合と有機金属化合物 5.溶液の化学 6.酸 ・塩基と酸化・還元 7.反応速度と自由エネルギー 8.有機化合物の構造 と種類 9.有機化合物の異性体 10.有機化学反応 11.脂質−生体をつく る分子(1) 12.糖質−生体をつくる分子(2) 13.アミノ酸とタンパク質 −生体をつくる分子(3) 14.核酸−生体をつくる分子(4) 15.環境と化 学 ★★★★★★★★ 近 刊 案 内 (2013年2〜3月刊行予定)★★★★★★★★★★ ◎いずれも詳しい刊行時期が決まりましたら小社Webサイトでご案内いたします◎ ◆ 『基礎から学べる 線形代数』 船橋昭一・中馬悟朗 共著 A5判/予260頁/裳華房/ISBN978-4-7853-1558-0  線形代数の基本概念の指導に重点を置く学科向けに,重要事項を中心にまと めた入門書.第1章では実空間のベクトルと図形の話題に限定し,続く第2, 3章で行列式と行列の基本的性質を述べることで,半期のみ必修になっている 講義方針にも対応できるように配慮した.後半の,数ベクトル空間や行列の対 角化などのやや進んだ話題を,低い次数の実例で示しながら解説.「問」「問 題」「演習問題」をできるだけ多く設け,演習や小テストの時間がある大学で も使い勝手が良いようにしてある. ◆ 『理工系の数理 複素解析』 谷口健二・時弘哲治 共著 A5判/予220頁/裳華房/ISBN978-4-7853-1559-7  応用の立場であっても,複素解析の知識を重視する学科向けに,計算技術の 習得だけでなく論理的理解も得られるように,できる限り証明を省略せずにき ちんと解説した入門書.多くの大学での学習到達目標となっている留数解析ま でにとどめず,平均的教科書では割愛されることの多い「解析接続」などのや や進んだ理論的話題と,「複素変数の微分方程式」などの応用の紹介までを含 めたことで,時間に制約のある講義後にも役立つように配慮してある. ◆ 『化学の指針シリーズ 超分子の化学』 菅原 正・木村榮一 共編 A5判/予240頁/裳華房/ISBN978-4-7853-3226-6  超分子化学の基礎となる「分子間力」の原理を懇切丁寧に解説しながら,超 分子の概念とその驚異的な構造,およびそれぞれの超分子の物性と機能とその 用途,さらには最新の話題である生体機能の本質の理解に役立つ超分子までを, 豊富な具体例を元に概観.この分野の入門的参考書としてうってつけの快著. ─────────────────────────────────── 【裳華房 分野別書籍一覧】 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/0000.html 【正誤表などサポート情報】 http://www.shokabo.co.jp/support/ ─────────────────────────────────── ★★★★★★ 【新連載】松浦晋也の“読書ノート” (第5回) ★★★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司 さんに,お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます. 今月号のご担当は松浦晋也さんです.  ・バックナンバーはこちら→ http://www.shokabo.co.jp/column/ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◇ ジョージ・エラリー・ヘールの「大きいことはいいことだ!」 ◇ ◆『パロマーの巨人望遠鏡(上)(下)』   (デヴィット・O・ウッドベリー著,岩波文庫)  SF作家の笹本祐一氏の名言(?)に、「日本人は甘い、酸っぱい、塩から い、苦い、うまいの五つの味覚を持っているが、アメリカ人には三つしかない。 甘い、脂っこい、でかいだ」というのがある。  いやもうその通り、アメリカに美味しいものがないわけではないのだけれど、 そこらでちょっと飯をと思うと、買った缶飲料は涙が出るほど甘い緑茶だった り、朝食はバターたっぷりのスクランブルエッグと脂ぎとぎとのベーコンだっ たり、ファストフードのピザもハンバーガーも半端なく大きかったり……。  なかでも「でかい」というのは「強い」と結びついて、アメリカという国の 「かくあらねばならない」という強迫観念の中心に位置している。高校におけ る男子の花形は、筋肉隆々のフットボールの選手で、女子はと言えばグラマー なチアガールのリーダー。マッチョとクイーンビーというそうだが、当然そい つらに差別されるお絵かきやらパソコンやら読書の好きな大人しい連中もいて、 ナードと呼ばれる。アメリカの青春コメディでは、このマッチョ対ナードとい うシチュエーションがよく登場する。映像製作の道に進むのはだいたいナード な奴だから、コメディではマッチョが散々バカにされるわけだ。  「でかけりゃいいってもんじゃないだろう」と言いたくなるが、科学の世界 には大きいほど性能が向上する観測機器が存在する。天体望遠鏡だ。  口径が大きいほど、沢山の光を集めることができるので、より暗い星を観察 することができる。また口径が大きいほど、分解能が良くなる。つまりより細 かいところがはっきりと見えるようになる。天体望遠鏡にとって「大きいは正 義」なのだ。  天体望遠鏡の歴史は、巨大化に伴う技術的問題の解決と、更なる巨大化の繰 り返しだ。望遠鏡が巨大になるほどに、我々はより深く宇宙を知ることができ るようになっていく。  人間の瞳は口径7mmほどだ。それに対してガリレオ・ガリレイ(1564〜1642) の最初の望遠鏡は対物レンズの口径が16mm。後に38mmと58mmの望遠鏡も製作し た。この時代の望遠鏡の問題点は色収差だった。光の波長によって屈折率が変 化するので、像が虹色にぼけるのである。色収差は口径が大きいほどに大きく なる。大口径にしてもより鮮明な画像を得るというわけにはいかない。同じ口 径の場合、焦点距離が長いほど、色収差は小さくなる。  というわけで、ガリレオのあとしばらくは口径の割に思いきり焦点が長い空 気望遠鏡というものが使われた。クリスティアン・ホイヘンス(1629〜1695) が土星の観測に使った望遠鏡は、口径220mmで焦点距離が64mもあった。あまり に長いので、対物レンズと接眼レンズを結ぶ鏡筒がなく、間に張ったワイヤで 対物レンズの向きを操作する。だから空気望遠鏡というわけだ。  レンズの代わりに凹面の反射鏡を使えば、色収差は出ない。というわけで、 ジェームズ・グレゴリー(1638〜1675)が考案してアイザック・ニュートン (1642〜1727)が改良したのが反射望遠鏡だ。ニュートンの製作した反射望遠 鏡は口径2インチ(50.8mm)、銅とスズの合金を磨いた反射鏡を使っていた。 反射鏡によって色収差を克服した望遠鏡は、巨大化を開始する。天王星の発見 者でもあるウィリアム・ハーシェル(1738〜1822)は練達の反射鏡研磨職人で もあり、次々に大型の望遠鏡を作っていった。彼の手による最大の望遠鏡、通 称「40フィート望遠鏡」は口径49.5インチ(126cm)もあった。40フィート (12.2m)というのは主鏡の焦点距離である。ただし、この望遠鏡は使い勝手 が悪かったので、ハーシェルはより小さな「20フィート望遠鏡」を好んで使用 した。こちらは口径が12インチ(30.5cm)だった。  合金製の反射鏡は反射率が低く、またすぐに表面が酸化して曇るので、頻繁 に研磨する必要があった。ハーシェルは鏡の研磨を行えたからこそ、大型の望 遠鏡を使いこなすことができたのだろう。  レンズを使う屈折望遠鏡には色収差が発生するが、人間の目では色収差が発 生しない。眼球を解剖すると、様々な質感の部分が組み合わさっている。すな わち様々な種類のガラスを組み合わせれば色収差を消すことができるのではな いか――ということはニュートンの時代から広く知られた推測だった。この推 測に従い、イギリスの弁護士でアマチュア天文家でもあったチェスター・ムー ア・ホール(1703〜1771)は試行錯誤を重ねて1730年頃、2種類のガラスを組 み合わせて色収差を取り除く技術を完成させた。アクロマートレンズ(色消し レンズ)だ。やがてアクロマートレンズの製法はいつの間にか眼鏡職人の間に 拡がり、ロンドンの眼鏡職人ジョン・ドロンド(1706〜1761)が1752年に工業 的にアクロマートレンズの製造販売を始めた。アクロマートレンズは合金製反 射鏡よりも光を有効に集めたので、同じ口径ならより暗い星を観測することが できる。また、曇りをとるための研磨も不要だ。  かくして、再度屈折望遠鏡の時代が到来する。軍事的にも砲術のために観測 用光学機器の需要が増えた、あるいはドイツに光学ガラスの天才ヨーゼフ・フ ォン・フラウンフォーフェル(1787〜1826)が現れて光学ガラスの性能を飛躍 的に高めたなどの事情も重なり、19世紀を通じて、屈折望遠鏡の最盛期となる。  で、このあたりから「甘い、脂っこい、でかい」のアメリカ人が、「でっか い望遠鏡」の分野に参入してくる。今回紹介する「パロマーの巨人望遠鏡」は、 パロマー天文台の200インチ(5m)望遠鏡を中心にすえた、アメリカの巨大望 遠鏡建設の記録である。  19世紀アメリカの資本主義は、今からは考えられないほど猛悪なものだった。 現在のような不公正を防ぐ制度が整備されているわけではない。多少不公正な 手段を使おうともやったもん勝ち、というわけで、19世紀後半のアメリカでは 経済発展も相まって、従来とは桁の違う規模の金持ちが出現するようになった。  シカゴの鉄道王チャールズ・ヤーキース(1837〜1905)もそんな桁外れの金 持ちの一人だった。フィラデルフィアの片田舎に生まれ、穀物投機で得た資金 を鉄道に注ぎ込み、ついには鉄道王とまで言われるようになったが、その過程 はといえば贈賄と恐喝の連続。評判は極めて悪かった。  どんな悪人でも財を成すと次には名誉を求める。ヤーキースもまた、名誉を 求めた。そこに近づいたのが天文学者のジョージ・エラリー・ヘール(1868〜 1938)だ。彼はヤーキース主催の晩餐会に潜り込み、巨大望遠鏡建設の意義を 説いた。 「ヘールはまったく知らなかったのだが、ヤーキス(原文ママ)は少年の頃か ら最大の望遠鏡を作ることを夢見ていたと、きまり悪そうにヘールに打ち明け たのであった。」(本書上巻p.44)  このエピソードが本当かどうかは分からないが、とにかく「でかい」という ことがヤーキースの興味を引いたことは確かなようだ。  ヘールは、ヤーキースから提供された資金を使って、1897年に巨大な屈折望 遠鏡を持つ天文台を完成させた。その名をヤーキース天文台という。屈折望遠 鏡の口径は40インチ(102cm)。現存する世界最大の屈折望遠鏡である。この 望遠鏡は、その後長く、年周視差による恒星までの距離の測定に使われること となった。  ところが、ヘールはここで止まらなかった。  口径1mものレンズとなると、その製造は非常に難しくなる。まず、そんな巨 大なガラス素材をひずみなく鋳込むのも大変な作業だ。次に、反射鏡なら表面 1面だけを磨けばいいが、レンズは表裏二面を研磨する必要がある。アクロマ ートレンズならレンズ2枚で4面だ。もっと精密に色収差を減らしたアポクロ マートレンズは3枚構成だから6面の研磨が必要になる。また、レンズ面を通 過する際に、4〜5%程度の光の損失が発生する。表裏2面だけならともかく、 6面も透過するとその損失は無視できなくなる(現在の写真用レンズは、コー ティング技術で損失を低減している)。  ここで、反射望遠鏡が復活する。19世紀を通して発達を続けた化学工業が、 19世紀末には、ガラス面に銀をメッキすることを可能にしたのである。銀メッ キ鏡は合金鏡より効率よく光を反射する上に、合金鏡ほどは保守の手間がかか らない。濁れば薬剤で銀を洗い落として再メッキすればいい。こうなると、一 面だけ研磨すればよい反射望遠鏡のほうが大型化には有利となる。後には、よ り反射率の良いアルミニウムを鏡面に真空蒸着する技術が開発され、反射望遠 鏡の優位性は決定的となった。  ヘールの実家もまたエレベーター製造で財を成した大金持ちであった。ヤー キースの40インチ屈折望遠鏡完成の前年、ヘールの父、ウィリアム・ヘールは 息子にひとつのプレゼントをした。直径60インチ(1.5m)の反射鏡用ガラス素 材である。どう考えても、ヘールパパが「息子にもっとでかい望遠鏡を」とヤ ーキースに対抗した結果と思えるのだが、ともかくこの素材は「より大きな望 遠鏡を」というヘールの野望に火を付けたようである。  ヤーキースの次にパトロンとなったのは、鉄鋼王アンドリュー・カーネギー (1835〜1919)だった。タイミングの良いことに、カーネギーは1902年に科学 振興を目的としたワシントン・カーネギー協会を設立しており、いくらかの紆 余曲折はあったものの、割合すんなりとヘールの巨大望遠鏡建設計画に資金を 提供した。そこでヘールは、父からもらった60インチのガラス素材で製造した 反射鏡を持つ望遠鏡を、カリフォルニア州パサデナの郊外、ウィルソン山山頂 に建設した天文台に据え付けた。ヘール父にちなんでヘール望遠鏡と命名され たこの望遠鏡は1908年から稼働を開始し、遠い銀河の分光観測などに多大の成 果を挙げることとなった。  そのまま、ヘールはより巨大な望遠鏡の建設に突進する。今度はカーネギー に加えて、ジョン・D・フッカーというロサンゼルスの資産家が多額の資金を 提供した。望遠鏡の口径は当初84インチ(2.13m)を想定していたが、フッカ ーはヘールにもっと大きくしようと提案した。「金なら出すから100インチ (2.5m)にしよう(Make it 100-inches and I shall pay for it.)」。  1917年、ウィルソン山天文台の100インチ望遠鏡が完成する。フッカー望遠 鏡と命名されたこの望遠鏡を駆使してエドウィン・ハッブル(1889〜1953)は、 遠方の銀河の赤方偏移を観測し、宇宙が膨張していることを示した。  まだまだヘールは止まらない。100インチの次は200インチ(5m)だ。パトロ ンとなったのは、石油王ジョン・ロックフェラー(1839〜1937)が1913年に設 立した慈善団体のロックフェラー財団である。  200インチ望遠鏡の建設は、文字通りの苦難の道だった。寸法が2倍という ことは面積は4倍、体積と重量は8倍になるということだ。巨大なガラスの鋳 込みも、研磨も、重くなった望遠鏡を支える架台の設計も、すべては未知の領 域にあった。  巨大なシステムが内包する難題を、いかにもアメリカ的な「合理的な力づく」 で突破しながら、望遠鏡の開発は進んでいく。だが犠牲も大きい。山積する問 題をひとつ解決するたびに、誰かが命を使い尽くして死んでいくのである。ヘ ールもまた、1938年に69歳で力尽きる。  第二次世界大戦を挟んで、1948年、カリフォルニア州サンディエゴのパロマ ー山にて、200インチの巨大望遠鏡は稼働を開始した。この望遠鏡もまたヘール 望遠鏡と命名された。もちろん、このヘールはジョージ・エラリー・ヘールそ の人である。  この本の主役は人ではない。巨大な望遠鏡そのものである。人々の人生を飲 み込み、砕き、絞り取り、望遠鏡は完成に近づいていく。  柴田錬三郎に、江戸城そのものを主役にすえた『嗚呼 江戸城』(文藝春秋 社)という小説がある。ノンフィクションの本書とシバレンの大河小説は、意 外なほど読後感が似ている。城のように、巨大望遠鏡は個人の人生を超えて屹 立する存在なのである。  ヤーキース40インチからパロマー200インチに至るまでのヘールが建設した 巨大望遠鏡が天文学にもたらした成果は巨大だ。アメリカ人の「でかいの大好 き」が、これほどポジティブに結果を生んだ例はほかにそうはないだろう。  その後1974年に、アメリカ人以上に「でかいの大好き」なロシア人がコーカ サスのゼレンチュクスカヤに口径6mの望遠鏡「BTA-6」を完成させたが、鏡面 精度や架台の制御に問題があってはかばかしい成果を挙げることができなかっ た。  次のブレイクスルーは、鏡面のコンピューター制御と、適応光学系による大 気のゆらぎの補正、そして分割鏡の実用化だろう。これらの技術により、パロ マーの200インチを超える巨大望遠鏡の建設が可能になった。現在、口径21.4m の「ジャイアント・マゼラン望遠鏡」がチリ・ラスカンパナスに建設中だ。口 径30mの望遠鏡「TMT」もハワイ・マウナケア山での建設がほぼ確定した。 その先にはより巨大な望遠鏡の構想も動き出しつつある。  人間は知的好奇心が満足するまで、より巨大な望遠鏡の建設をやめないのだ ろう。では、どこまでいったら満足するのか――それは誰にも分からない。 ◆『パロマーの巨人望遠鏡(上)(下)』   デヴィット・O・ウッドベリー 著/関 正雄,湯澤 博,成相恭二 訳   (上)354頁/定価903円(税込み)/2002年6月発行/ISBN9784003394212   http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/6/3394210.html   (下)350頁/定価840円(税込み)/2002年7月発行/ISBN9784003394229    http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/4/3394220.html   岩波文庫 【松浦晋也さんのプロフィール】 ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Online に「人と 技術と情報の界面を探る」を連載中.主著に『われらの有人宇宙船』『増補  スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『コダワリ人のおもちゃ箱』『の りもの進化論』などがある. ブログ「松浦晋也のL/D」 http://smatsu.air-nifty.com/       「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2012  次号は鹿野 司さんにご執筆いただきます.どうぞお楽しみに! ※本コラムは本メール配信約1か月後を目安に裳華房Webサイトに掲載します. http://www.shokabo.co.jp/column/ ───【裳華房の関連書籍】────────────────────── 吉田正太郎 著『ポピュラー・サイエンス 巨大望遠鏡への道』 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-8636-8.htm ─────────────────────────────────── ★★★★★★ 【連載コラム】裳華房の“古書”探訪(第9回)★★★★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  弊社の起源は,江戸時代,伊達藩の御用板所であった「仙台書林 裳華房」 に遡ります.ここでは,科学書の出版に力を入れ始めた大正時代から昭和時代 に刊行された書籍の中から毎回1冊ずつ取り上げて紹介いたします. 【バックナンバー】 http://www.shokabo.co.jp/oldbooks/index.html 【裳華房の歴史】  http://www.shokabo.co.jp/history.html 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◆ 久末啓一郎 著『初等ベクトル解析』(初版 1932年[昭和7年])  今回ご紹介するのは,力学,電磁気学,流体力学をはじめとする物理学や工 学など様々な分野に用いられているベクトル解析について,日本でほぼ最初期 に刊行されたものの1冊です[*1].  本書をはじめ久末先生のご著書には(調べられた範囲で)「著者略歴」に類 するものがないため,東京工業大学,後に武蔵大学に勤められていた以外の具 体的なご経歴ははっきりとしませんが,他の著作物(『一般の力学』『物理数 学』)等から,久末先生は物理を専門としていた方と思われます[*2].  このため,本書も応用を目的にした読者向けに書き下ろしたものとなってい ます.  本書の主要目次は   第1章 ベクトルの加減乗除法   第2章 ベクトルの微分積分法   第3章 ベクトルと曲線坐表   http://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1932hisasue-vector/mokuji.pdf から構成されており,現在刊行されている「ベクトル解析」の教科書・参考書 とほぼ同じです.  80年前に書かれたものですから,当然,現在の用語とは異なるものが見られ ます.例えば,「基本ベクトル」が「基礎ベクトル」と表記されています.  しかし,もっとも特徴的な違いは,現在の教科書などで扱われていない“ベ クトルの除法”について述べられていることです.  著者は,「除法がベクトル解析の書籍で解説されていないことは、不可能で あるという意味ではなく、不定性が含まれるため、その扱いが繁雑になる難点 があるためによる。(抜粋要約)」という理由説明のもとに,9ページほどを 割いて解説しています.  この他,直交曲線座標の具体的例を多く示していることも,本書の特徴と思 われます.  理工系大学の図書館でも蔵書として残っているかどうかわかりませんが,国 立国会図書館ではデジタル資料化されていますので(閲覧は館内のみ),興味 のある方に一読をお薦めします. [脚注]  *1 国立国会図書館の蔵書によれば,ベクトル解析については,1928年に    内田老鶴圃より『ベクトルとテンソル』(山田光雄著),1929年に岩    波書店より『ベクトル解析』(伊藤徳之助著),1933年に共立出版よ    り『ヴェクトル解析学』(河口商次著)等が刊行されています.  *2 裳華房から1949年に刊行した久末啓一郎著『一般の力学』の序文には    「東京工業大學に於て二十年間力学の講義を擔當」とあります.また    6月に配信したShokabo-Newsの「裳華房の“古書”探訪」第3回でご    紹介したプランク著『理論物理學汎論 一般力學』を,寺澤寛一先生    と共訳されています.    http://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1926Planck-mecha.htm ◆『初等ベクトル解析』   久末啓一郎 著/四六判変形/156頁/初版 昭和7年(1932年)11月発行   /裳華房 【扉・序文・奥付】   http://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1932hisasue-vector/intro.pdf 【本文(抜粋24頁分)】   http://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1932hisasue-vector/sample.pdf ※記述の誤りなど,お気づきの点がありましたら m-list@shokabo.co.jp まで  御連絡ください. ───【裳華房のお役立ちサイト】─────────────────── ◎ 研究所等の一般公開 http://www.shokabo.co.jp/keyword/openday.html ◎ 学会主催 一般講演会・公開シンポジウム http://www.shokabo.co.jp/keyword/openlecture.html ◎ 若手 春・夏・秋・冬の学校 http://www.shokabo.co.jp/keyword/wakateschool.html ─────────────────────────────────── ★★★★★★ 裳華房 売上げランキング(2012年10〜11月) ★★★★★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  分野別の直近2か月の売上げランキングです(2分野ごとを隔月に掲載). なお,採用品としての注文分は除いています. 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ★ 数学分野 ★ 1.『曲線と曲面の微分幾何(改訂版)』 小林昭七 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1091-2.htm 2.『続 微分積分読本 −多変数−』  小林昭七 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1526-9.htm 3.『数学シリーズ 集合と位相』  内田伏一 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1401-9.htm 4.『微分積分(改訂版)』 矢野健太郎・石原 繁 編   http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1071-4.htm 5.『基礎解析学(改訂版)』 矢野健太郎・石原 繁 共著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1079-0.htm    ★ 化学分野 ★ 1.『光化学 −光反応から光機能性まで−』 杉森 彰・時田澄男 共著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3089-7.htm 2.『演習でクリア フレッシュマン有機化学』 小林啓二 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3090-3.htm 3.『物理化学入門シリーズ 化学熱力学』 原田義也 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3418-5.htm 4.『物理化学入門シリーズ 量子化学』  大野公一 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3419-2.htm 5.『物理化学入門シリーズ 化学結合論』 中田宗隆 著  http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3417-8.htm  次号では,物理学分野,生物学分野を掲載する予定です. ───【裳華房のお役立ちサイト】─────────────────── ◎ 自然科学系の雑誌一覧 −最新号の特集等タイトルとリンク− http://www.shokabo.co.jp/magazine/  ◎ 大学・研究所・学協会の住所録とリンク http://www.shokabo.co.jp/address.html ─────────────────────────────────── 次号は2013年1月30日の配信予定です.どうぞお楽しみに! \\(^o^)// ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★ Shokabo-Newsの配信停止・アドレス変更は下記URLよりお願いします ★ http://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html メールマガジンのご意見・ご感想は m-list@shokabo.co.jp まで. ─────────────────────────────────── 自然科学書出版 (株)裳華房 〒102-0081 東京都千代田区四番町8-1 Tel:03-3262-9166 Fax:03-3262-9130 電子メール:info@shokabo.co.jp URL:http://www.shokabo.co.jp/  Twitterアカウント:@shokabo 【個人情報の取り扱い】 http://www.shokabo.co.jp/policy.html ─────────────────────────────────── Copyright(c) 裳華房,2012      無断転載を禁じます.



         

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