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裳華房メールマガジン (Shokabo-News)
バックナンバー(No.301;2014年7月号)

禁無断転載 ※価格表記は配信当時のままです。
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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆   Shokabo-News No.301                2014/7/2   裳華房メールマガジン 2014年7月号   https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 今回のご案内 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ◇ 新刊    佐藤直樹 著『しくみと原理で解き明かす 植物生理学』    久保健雄・奥山輝大・上川内あづさ・竹内秀明 共著       『新・生命科学シリーズ 動物行動の分子生物学』  ◇ 松浦晋也の“読書ノート”(14)    平木國夫 著『空気の階段を登れ』(三樹書房)  ◇ 裳華房 編集子の“私の本棚”(15)    大阪大学ショセキカプロジェクト 編     『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』(大阪大学出版会)  ◇ 裳華房の売上げランキング(2014年上半期) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Shokabo-News 会員の皆様  梅雨のはっきりしない天気が続きますが,いかがお過ごしでしょうか.  Shokabo-News 2014年7月号をお届けいたします.  今月のShokabo-Newsでは,特別企画として,今年上半期(1〜6月)の分野別 売上げランキングを掲載いたしました.代わりに,「裳華房の“古書”探訪」 は休載させていただきました.悪しからずご了承ください.  また,生物学分野の新刊2点のご紹介のほか,連載14回目となる「松浦晋也 の読書ノート」では『空気の階段を登れ』(平木國夫著,三樹書房)を,「編 集子の“私の本棚”」では『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』(大阪大学 出版会)を取り上げました.  ご意見・ご感想を m-list@shokabo.co.jp までお寄せいただければ幸いです. (Twitterをお使いの方はアカウント @shokabo まで)  ※書籍の価格は,定価(税込)ではなく本体価格表示にしています.  ★ お知らせ ★ 1.工学書協会フェアを開催!  ・紀伊國屋書店 福岡本店「統計学フェア」(7/1〜7/31)  ・ジュンク堂書店 福岡店「エネルギー関連書フェア」(7/1〜7/31)  ・ブックセンタークエスト 小倉本店「売れ行き良好書フェア」(7/1〜7/31)  ・紀伊國屋書店 佐賀店「親子で学べる工学書フェア」(7/15〜8/15) 2.「大学・短大・高専用教科書のご案内」   https://www.shokabo.co.jp/text.html 3.【講義担当の先生方へ】講義用 教授資料のご案内   https://www.shokabo.co.jp/textbook/text-tm.html 4.訂正表・正誤表や新しい演習問題など「書籍のサポート情報」.   https://www.shokabo.co.jp/support/index.html ─────────────────────────────────── 【裳華房 新刊一覧】 https://www.shokabo.co.jp/book_news.html 【ご購入のご案内】  https://www.shokabo.co.jp/order.html ─────────────────────────────────── ★★★★★★★★★★★ 新 刊 案 内 (7月刊行)★★★★★★★★★★★ ◆ 『しくみと原理で解き明かす 植物生理学』 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5229-5.htm 佐藤直樹 著 /B5判/2色刷/202頁/定価(本体2700円+税)/2014年7月 裳華房/ISBN978-4-7853-5229-5  実際に動いているシステムとして植物の活動を理解するために,生きている植 物という基本に立ち返り,「なぜ」「どのように」という質問に答えることを 目指した.各章末には,重要な項目を自習するための問題と,読者自身が手を 動かし実際の体験を通じて理解するための課題を用意し,学習の便を図った. 【主要目次】1.植物と生命の共通理解−いろいろな不思議を発見する 2.植 物の体のつくり−多段構成を理解する 3.水と植物の科学−いのちを支える ダイナミズム 4.植物体を構成する基本分子−無限の可能性を秘めた生体物 質 5.植物機能を担う分子群−分子の多様性を知る第一歩 6.光合成と呼吸 −生命世界を動かす原動力 7.代謝系の基本−すべてを生み出す底力 8.細 胞増殖と成長・発生−つねに成長し続ける植物体 9.調節系のしくみの基本 −時と場所をわきまえた細胞間のきずな 10.環境応答−感度良く着実に 11. 細胞死と分解−引き際の美学 12.テーマ学習(1)−葉緑体を詳しく知る  13.テーマ学習(2)−植物と人間の関係の新たな可能性に向けて ◆ 『新・生命科学シリーズ 動物行動の分子生物学』 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5858-7.htm 久保健雄・奥山輝大・上川内あづさ・竹内秀明 共著/A5判/2色刷/192頁 定価(本体2400円+税)/2014年7月/裳華房/ISBN978-4-7853-5858-7 動物行動について,現在,分子レベルではどのような研究が進み,今後どのよ うな発展が期待されているのか.線虫,ショウジョウバエ,小型魚類,マウス, ミツバチを題材に,それぞれの動物の行動を生み出す脳や神経系ではたらく分 子(遺伝子やRNA,タンパク質)が調べられた研究成果に焦点を当てて解説. また近年発達したオプトジェネティクス(光遺伝学)手法についても詳説する. 【主要目次】1.多彩な動物行動と,遺伝子レベルの研究 2.線虫の行動分子 遺伝学 3.ショウジョウバエの行動分子遺伝学 4.小型魚類(ゼブラフィッ シュとメダカ)の行動分子遺伝学 5.マウスの行動分子遺伝学−オプトジェネ ティクスによる神経科学の急展開 6.社会性昆虫ミツバチの行動分子生物学 ─────────────────────────────────── 【裳華房 分野別書籍一覧】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/0000.html 【正誤表などサポート情報】 https://www.shokabo.co.jp/support/ ─────────────────────────────────── ★★★★★ 【連載コラム】松浦晋也の“読書ノート” (第14回) ★★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司 さんに,お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます. 今月号のご担当は松浦晋也さんです.  ・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◇ 民間航空草創期の若き息吹と、皮肉なる運命 ◇ ◆ 『空気の階段を登れ−黎明期にはばたいた民間飛行家たち』   (平木國夫 著,三樹書房)  吉田聡は間違いなく短編マンガの名手だ。その吉田に『バードマン・ラリー 鳥人伝説』(同名の短編集所載、少年サンデーコミックス)という、田舎町の 2人の幼なじみを主人公とした短編がある。高校生になった2人は、ひとりは 暴走族の頭に収まり、もうひとりは独力で人力飛行機を作り続ける変人となり、 やがて1人の女生徒を巡って対決することになる。青春の恥ずかしい感傷がど っさり詰まっていて、それでいて泣かせる話なのだが、クライマックスでは一 方がこつこつと作り続けた人力飛行機が大きな役割を果たす。  ところでご存知だろうか。日本に飛行機というものが入ってきたごく最初の 頃、明治の末から昭和の初めにかけて、飛行機を巡る本物の熱い青春物語があ ったことを。能力の限りを尽くして、知恵も時間も財産も一切合切を注ぎ込ん で、自分で飛行機を作り、自分で飛ぼうとした一群の人々がいたことを。もち ろん国策なんてものは一切関係ない。海外からのニュースで「人間は飛べる」 と分かった途端、「俺も飛びたい」と思ってしまったのである。  今回紹介する『空気の階段を登れ』は、そんなパイオニアたちを、その中の ひとり伊藤音次郎(1891〜1971)を主人公に描いた小説である。1970年に読売 新聞社から出版され、その後講談社文庫にも入ったが、長らく絶版が続き、幻 の書と化していた。  それが2003年の航空100年がきっかけとなって、 2006年に三樹書房から復刊 された。現在は新装版(2010年刊)を新品で入手することができる。著者の平 木國夫(1924〜1912)は事業免許を持つパイロットとしての仕事の傍ら、日本 の航空先駆者を調べて小説化してきた作家。他に『バロン滋野の生涯』(文藝 春秋)、『飛行家をめざした女性たち』(新人物往来社)、『イカロスたちの 夜明け』(グリーンアロー出版社)といった著書がある。  著者は、執筆にあたって最晩年の伊藤に長時間のインタビューを行い、かつ 几帳面な性格の伊藤が欠かさずつけていた日記の提供を受けた。このため本書 は小説でありつつも史書としての側面も持っている。が、その内容には史実と は異なるいくらかの創作が混じっていることも判明している。そこは小説と思 って読んでいくべきだろう。活写されているのは、事実関係というよりも、パ イオニアたちの血のたぎりなのである。  物語は明治43年(1910年)12月、故郷の大阪から上京した19歳の伊藤音次郎 が、日野熊蔵、徳川好敏による日本初の飛行機の飛行を一目見ようと代々木練 兵場に通うところから始まる。ライト兄弟の初飛行から6年目のこの年、日本 陸軍は日野と徳川を航空技術習得のために欧州に派遣した。それぞれグラーデ 単葉機とファルマン複葉機を購入して帰国した2人は、年も押し詰まった12月 19日に代々木練兵場(現代々木公園)で日本の空を初めて飛んだ。  ――ということになっているが、実は18日の滑走練習の際に日野が60mほど 宙を浮いており、こちらを初飛行とする説もある。裏では、初飛行の栄誉を巡 って、旧将軍家の血を引く名家の徳川と、偏屈で自尊心の強い日野、さらには “初の称号は華族の徳川に”という軍の思惑、徳川の出身母体の陸軍気球隊と 日野の出身母体の歩兵科との確執など、いろいろ生臭い話があったようなのだ が、それはさておいて。  この時すでに民間には、飛行機を買ってくるのではなく、自分で作ろうとす る一枚上手の変り者がいた。奈良原男爵家の跡継ぎ息子の、奈良原三次(1877 〜1944)である。海軍の技師として気球を研究していた奈良原は「サイエンテ ィフィック・アメリカン」誌に掲載された飛行機の記事に刺激され、1909年頃 から私財を投じて、最初の飛行機「奈良原式一号機」を製作し始めた。  奈良原の試みは、世間の耳目を集めた。万朝報の記事で奈良原の試みを知っ た伊藤は、奈良原に手紙を出し、やがて華族の奈良原と一介の平民の伊藤との 間で文通が始まった。奈良原式一号機は1910年10月に東京・新宿の戸山が原で 飛行試験を実施した。これが飛んでいたら、日本初の飛行という栄誉は私財を 投じた変人の上に輝くところだったのだが、大きな問題が起きていた。欧州に 50馬力のエンジンを注文したのに、手違いがあって届いたのは25馬力のエンジ ンだったのだ。結局一号機は馬力不足で飛行することができなかった。このニ ュースを聞いてたまらなくなった伊藤は上京。奈良原に会う算段がつくまで知 人の所に寄留している間に、代々木練兵場における日野と徳川の飛行に立ち会 うことになったのだった。  再度エンジンを発注した奈良原は、翌年5月5日、開設間もない所沢陸軍飛行 場(現所沢航空記念公園)で奈良原式二号機による日本初の国産飛行機の飛行 を成功させる。やがて伊藤も奈良原に合流し、「自分で作った飛行機を自分が 操縦して飛ぶ」という夢の実現に向かって進んでいくことになる。  草創期の常として、本書にはアクの強い、それだけに魅力ある人物が次々に 登場する。技術一筋で上からのお覚え悪い日野、人格者で日野を気遣いつつど こか憂愁を漂わせる徳川、金に無頓着で鷹揚な放蕩息子の奈良原、奈良原に食 い込んで実際の飛行機製作を担当しつつ盛大に奈良原家の金を酒と女に浪費す る住吉貞治郎、奈良原の元で命がけのパイロットを務め、やがて“空飛ぶスタ ー”的存在となっていく白戸栄之助、白戸が飛行のたびに壊す機体を神がかっ た職人技で修理する大口豊吉、東京帝大卒の秀才で後から合流して奈良原式の 設計を根本から改革する志賀潔(赤痢菌を発見した志賀潔とは別人である。念 のため)――こんな面々に揉まれつつ、伊藤は白戸から操縦を習い、志賀から 航空機設計法を吸収していった。  本書を読んで痛感するのは、明治の日本が持っていた鷹揚さ、自由さだ。社 会のユルさといってもいい。  その自由さは、多分に奈良原が持つ華族という身分と財産とに支えられてい たのは間違いない。そもそも制度が整っていない草創期ならではという面もあ る。  それでも、東京都心から大して遠くもない戸山で、民間が作った奇妙な機械 を飛ばすことができた(この時は飛ばなかったわけだが)というのは、現在の 目から見るとうらやましいというしかない。その後の試験飛行の場が、陸軍の 開設した所沢飛行場に移るというのもなかなか信じがたい。自衛隊の施設を、 民間が使うようなものだからだ。  メディア・アーティストの八谷和彦さんは2003年からマンガ『風の谷のナウ シカ』(宮崎駿、同監督によるアニメ映画版もある)に登場する「メーヴェ」 という無尾翼航空機を、そのまま実際に人が機体として製作するプロジェクト 「OpenSky」を続けている。 アニメに登場するおよそ飛びそうに思えない航空 機が実際に人を乗せてとぶという事業全体を、アートとして社会に提示しよう というプロジェクトだ。このプロジェクトについてはご本人が『ナウシカの飛 行具、作ってみた』(八谷和彦・猪谷千香 著、あさりよしとお イラスト。幻 冬舎刊、2013年)という本を出して、10年以上に渡る苦労をまとめている。  2014年現在、ジェットエンジンを装備した機体が、機体ナンバーを取得して 低高度飛行試験を行うところまできているが、そのために八谷さんは安全性を 証明するための膨大な資料を国土交通省・航空局に提出しなくてはならなかっ た。プロジェクト開始から11年もかかっている理由のひとつには、実際に自作 航空機を飛ばすのに必要となる膨大な事務がある。  奈良原や伊藤の時代になかった事務が、今はなぜ存在するのか。もちろん安 全を確保するためなのだが、すべての機体が旅客輸送用の機体と同等の安全性 を確保・確認しなければいけないものなのだろうか。そして、書類を作ること は即安全性の確保につながるのだろうか。むしろ官僚組織のカッコつきの“仕 事”と“実績”作りのための言い訳になってはいないだろうか。  試行錯誤が多いほど、技術革新は高速に進む。試行錯誤を増やすためには、 パイオニアを優遇する必要がある。優遇といっても、ちやほやする必要はない。 彼らがやりやすい環境を作ればいい。ありていに言えば、あまりうるさいこと は言わずに「他の人に迷惑かけるなよ」とだけ言って放置しておけばいい。  そんな環境が、確かに明治末期から大正にかけての日本には存在した。その 証拠に、パイオニアは奈良原と周辺に集まっていただけではなかったのである。  大阪では、皮革を商っていた森田新造が、商用で渡欧した折に飛行機に触れ、 帰国後まったくの素人でありながらいきなり飛行機を作り始めていたのである。 素人の森田が作った飛行機は、実は奈良原式二号機に先駆けること11日の1910 年4月24日、 大阪城東練兵場(そう、ここでも軍の管轄する練兵場を民間人が 使っている)にて初飛行に挑戦し、高度1mで80mほどの飛行に成功した。史 家によってはこちらを日本初の国産航空機の飛行としている。ところが森田は、 1ヶ月後に滑走試験中の事故でけが人を出し、両親からそれ以上の飛行機の研 究を禁止されてしまう。おそらく森田の飛行機も開発資金は富裕な実家が出し ていて、彼は親に逆らえなかったのだろう。その後彼は、飛行をあきらめ、代 わりに模型店を開いて模型飛行機の普及に努めたという。  さて、八谷和彦さんは、メーヴェのジャンプ飛行までに11年もの時間を費や した。では、一世紀前の伊藤音次郎はどうかというと、より進歩は急速だった。 奈良原の機体は奈良原式四号機「鳳号」に至って、やっと安定して飛行できる ようになった。伊藤はパイロットに抜擢されてどんどん空を飛ぶようになった。 所沢の飛行場は、陸軍の航空部隊が拡充されるにつれて、民間人には使いにく くなっていった。そこで奈良原は飛行の拠点を移すことにした。千葉県・稲毛 海岸――幕張メッセの東側、現在は埋め立てられ、京葉線稲毛海岸駅があるあ たりは、当時潮が引くと遠浅の大きな砂浜が露出していた。潮が引いた後の砂 浜は固く締まり、十分飛行機の滑走路として使用できる。  かくして稲毛海岸は、日本民間航空のゆりかごとなった。やがて伊藤は、稲 毛に伊藤飛行機研究所を設立して自らも飛行機の設計製作を開始する。  1910年暮れの日野、徳川の初飛行見物から6年目の1916年1月8日には、自ら 設計製作した伊藤式恵美号で稲毛から離陸して帝都東京の上空を飛行する帝都 訪問飛行を実施。 1917年1月には初の夜間飛行に成功した。パイロット志望、 設計者志望の人々も集まってくる。その中には後に小説家として名を成す稲垣 足穂(1900〜1977)もいた。 1919年5月には、その稲垣が設計した日本初の曲 技飛行専用機「伊藤式第二I羽号」をパイロットの山縣豊太郎が操縦し、国産 機初の宙返りに成功。山縣は第二I羽号で二回連続宙返りも成功させた。冬の 代々木練兵場から11年目の1921年、30歳の伊藤は伊藤飛行機研究所を株式会社 化した。  ちなみに稲毛海岸の拠点は1916年に台風被害で壊滅し、伊藤は拠点を習志野 の鷺沼海岸に移す。稲毛海岸が日本民間航空の拠点だったのは、1912年から16 年までの、たった4年半ほどだった。  その後の伊藤は三つの社会状況に翻弄されることになる。まず何度もやって きた不況、次に最終的に太平洋戦争へと至る一連の戦争。そして、おそらく一 番大きかったのが、“ビジネスとしての航空産業”だった。どうやら伊藤は、 本質的に“夢見るパイオニア”であり、前に進むことのみが望みだった節があ る。一連の伊藤式飛行機は基本的に単品製作であり、量産をしていないのだ。  大正から昭和へと時代が進むにつれ、陸軍と海軍の航空部隊は拡充され、航 空機製造業にとっては軍用機を受注することが重要な課題となっていった。伊 藤飛行機研究所とほぼ同時期に中島知久平が群馬県太田に設立した飛行機研究 所は、やがて中島飛行機となり軍用機受注で大きく成長していく。その一方で、 伊藤は民間航空にこだわり、伊藤飛行機研究所が巨大財閥となることはなかっ た。  本書は1930年(昭和5年)、落魄し、貧乏にあえぎつつなおもヘリコプター への夢を語る奈良原三次に、伊藤が新たに設立する日本軽飛行機クラブという 新組織の会長就任を要請するところで終わる。あくまで民間航空が、伊藤の夢 のフィールドだったのだ。  だが時代は残酷だ。1941年、太平洋戦争開戦の年の3月、日本軽飛行機クラ ブを中心に行われてきた民間パイロットの養成が国の方針で打ち切られる。そ のまま年末の12月には真珠湾攻撃で日米の戦争が始まり、日本は破滅のどん底 へと滑り落ちていくことになる。  敗戦後、日本にやってきた進駐軍は航空に関する一切合切を禁止した。すべ てを失った伊藤音次郎は、千葉県成田の荒れ地に開拓農民として入植する。  なんという運命のいたずらか、1966年になってその成田に国際空港を建設す る計画が持ち上がる。伊藤が苦労して開拓した土地は、現在B滑走路があるあ たりだった。翌1967年、彼は成田の農民としては一番最初に、自分の開拓した 土地を売却する。民間航空に前半生をかけた彼にしてみれば、それ以外の選択 肢はあり得なかったろう。  1971年、伊藤は80歳でこの世を去る。が、運命の皮肉はまだまだ続く。成田 に入植するにあたって、彼はかつて習志野の伊藤飛行機製作所敷地内に建立し た飛行神社という神社の神様を、そのまま持ってきた。その神社、東峰神社は、 入植者たちの産土神社として信仰を集めてきたが、なんと激烈を極めた成田空 港反対闘争の中で、反対派の象徴となってしまったのである。  東峰神社は今も成田国際空港B滑走路の南端を遮るように立地している。周 囲の土地はすべて成田国際空港株式会社に収容され、かつてのベルリンのよう に、神社にアクセスするには高い塀で囲われた道を通るしかない。反対派に対 する警備は今も続いており、参拝者は職務質問を受けることもあるという。  この状態をどう考えるべきか。すくなくとも、日本民間航空のパイオニアに 対する仕打ちとしては、あまりに敬意に欠ける状況ではないだろうか。空港反 対派の意向を無視することは出来ないだろうが、歳月が憎悪を洗い流したなら ば、東峰神社はもういちど飛行神社として空港ターミナルの、それも一番人通 りの多い場所へ遷座すべきだろう。そしてそこには、明治末に「人間って飛べ るんだ」「じゃあ飛ぼう!」と思った人々を顕彰する施設が併設されるべきだ。 彼らが夢を抱いて行動したからこそ、今の私達は成田から気楽に海外へと飛べ るようになったのだから。 【今回紹介した書籍】 ◆『空気の階段を登れ −黎明期にはばたいた民間飛行家たち(新装版)』   平木國夫 著/A5判/588頁/定価(本体3800円+税)/   2010年6月発行/三樹書房/ISBN 978-4-89522-552-6   http://www.mikipress.com/books/2010/06/post-52.html ◆『ナウシカの飛行具、作ってみた    発想・制作・離陸――メーヴェが飛ぶまでの10年間』   八谷和彦・猪谷千香 著、あさりよしとお イラスト/四六判/198頁   定価(本体1400円+税)/幻冬舎/ISBN 978-4-344-02450-2   http://www.gentosha.co.jp/book/b6918.html   電子書籍   http://www.gentosha.co.jp/book/b7225.html 【松浦晋也さんのプロフィール】 ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Online で「人と 技術と情報の界面を探る」,日経トレンディネットで「“アレ”って何? 読 めばわかる研究所」,日経テクノロジーで「小惑星探査機はやぶさ2の挑戦」 を連載中.主著に『われらの有人宇宙船』『飛べ!「はやぶさ」』『増補 ス ペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』などがある. ブログ「松浦晋也のL/D」 http://smatsu.air-nifty.com/       「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(C) 松浦晋也,2014  次号は鹿野 司さんにご執筆いただきます.どうぞお楽しみに! ※本コラムは本メール配信約1か月後を目安に裳華房Webサイトに掲載します. https://www.shokabo.co.jp/column/ ───【裳華房のお役立ちサイト】─────────────────── ◎ 研究所等の一般公開(7/2更新) https://www.shokabo.co.jp/keyword/openday.html ◎ 学会主催 一般講演会・公開シンポジウム(7/2更新) https://www.shokabo.co.jp/keyword/openlecture.html ◎ 若手 春・夏・秋・冬の学校(6/19更新) https://www.shokabo.co.jp/keyword/wakateschool.html ─────────────────────────────────── ★★★★【連載コラム】裳華房 編集子の“私の本棚”(第13回) ★★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  編集部の有志が月替わりで,思い出の一冊やお薦めの書籍などを語ります. 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◇ ドーナツを穴だけ残して食べるには?  編集者のDです.突然ですが質問です.  「Q:ドーナツを穴だけ残して食べるには?」  なぞなぞのような,やればできるような,はたまた哲学のようなこの質問. どんな答えが考えられるでしょうか?  もともとはネット掲示板で有名なものであったこの問いに,大阪大学の先生 方が“結構本気で取り組んでみた”のが今回ご紹介する『ドーナツを穴だけ残 して食べる方法』です.経営学・工学・美学・数学・精神医学・歴史学・法学 などの各分野からのアプローチによる,その結果は……?  本書は大阪大学の学生,教員,そして大阪大学出版会による「ショセキカプ ロジェクト」[*1]として企画・出版されました.入り口こそドーナツですが, 丸い穴の先では学問とその多様性が大きなテーマとなっています.さまざまな 学問を扱っているうえに専門性も高いため,読みごたえは充分な反面とっつき にくさを感じる方もいるかもしれません.しかし,ドーナツの包み紙に見立て た帯や世界のドーナツを紹介するコラム,解説の追加,ドーナツと先生の写真 などといった学生からの「アプローチ」により,手に取りやすく,分かりやす く,まとまりのある一冊に仕上がっています.  ちなみに私は生物学を専攻していたのですが,この問いには「生物種によっ ては可能」という仮説が思いつきまして,さてどうしようか,何種か選んで実 際に食べさせてみようか,いや,他にもあの方法はどうだろうか,と自分でも あれこれ考えてみたくなりました.  みなさまのご専門からはどのようなアプローチが考えられるでしょうか? 【脚注】 *1 大阪大学『ショセキカ』プロジェクト http://www.celas.osaka-u.ac.jp/ourwork/shosekika/ ◆『ドーナツを穴だけ残して食べる方法     越境する学問―穴からのぞく大学講義』   大阪大学ショセキカプロジェクト 編/A5判/276頁/   定価(本体1500円+税)/2014年2月発行/大阪大学出版会/   ISBN 978-4-87259-470-6   http://www.osaka-up.or.jp/doughnuthole.html   http://www.osaka-up.or.jp/books/ISBN978-4-87259-470-6.html ───【裳華房のお役立ちサイト】─────────────────── ◎ 自然科学系の雑誌一覧 −最新号の特集等タイトルとリンク−(6/26更新) https://www.shokabo.co.jp/magazine/ ◎ 大学・研究所・学協会の住所録とリンク https://www.shokabo.co.jp/address.html ─────────────────────────────────── ★★★★★★ 裳華房の分野別売上げランキング(2014年上半期) ★★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  2014年上半期(1〜6月)における裳華房の主要4分野の売上げランキングで す.数学と物理学は小分野に分けて各3位まで,化学と生物学はそれぞれ10位 まで記しています.なお,教科書(採用品)としての注文分は除きました. https://www.shokabo.co.jp/m_list/ranking2014-1.html 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ◆◆◆【数学分野】◆◆◆  https://www.shokabo.co.jp/m_list/ranking2014-1.html#math    ◆【線形代数】 1.『数学選書1 線型代数学』佐武一郎 著 2.『線形代数(改訂改題)』矢野健太郎・石原 繁 編 3.『理工系の基礎 線形代数』石原 繁・浅野重初 共著    ◆【微分積分】 1.『微分積分(改訂版)』矢野健太郎・石原 繁 編 2.『数学シリーズ 微分積分学』難波 誠 著 3.『続 微分積分読本 −多変数− 』小林昭七 著    ◆【解析学】 1.『数学選書4 ルベーグ積分入門』伊藤清三 著 2.『基礎解析学(改訂版)』矢野健太郎・石原 繁 共著 3.『基礎解析学コース 微分方程式』矢野健太郎・石原 繁 共著    ◆【確率・統計】 1. 『数学シリーズ 数理統計学(改訂版)』稲垣宣生 著 2. 『新統計入門』小寺平治 著 3. 『データ科学の数理 統計学講義』稲垣・吉田・山根・地道 共著    ◆【数学:その他】 1.『曲線と曲面の微分幾何(改訂版)』小林昭七 著 2.『数学シリーズ 集合と位相』 内田伏一 著 3.『数学選書5 多様体入門』松島与三 著  ◆◆◆【物理学分野】◆◆◆  https://www.shokabo.co.jp/m_list/ranking2014-1.html#phys    ◆【力学】 1. 『フィジックスライブラリー 解析力学』久保謙一 著 2.『力学(三訂版)』原島 鮮 著 3.『テキストシリーズ 力学』川村 清 著    ◆【電磁気学】 1.『テキストシリーズ 電磁気学』兵頭俊夫 著 2.『ただいま講義中!図解 マクスウェル方程式』室岡義広 著 3.『大学演習 電磁気学(全訂版)』霜田光一・近角聰信 編    ◆【熱学・統計力学】 1.『大学演習 熱学・統計力学(修訂版)』久保亮五 編 2.『熱力学』三宅 哲 著 3.『基礎演習シリーズ 熱力学』三宅 哲 著    ◆【量子力学】 1. 『基礎物理学選書5A 量子力学T(改訂版)』小出昭一郎 著 2.『基礎物理学選書5B 量子力学U(改訂版)』小出昭一郎 著 3. 『フィジックスライブラリー 場の量子論』坂井典佑 著    ◆【物理学:その他】 1.『物理学(三訂版)』小出昭一郎 著 2. 『テキストシリーズ 振動・波動』小形正男 著 3.『基礎物理学選書9 物性論(改訂版)』黒沢達美 著  ◆◆◆【化学分野】◆◆◆  https://www.shokabo.co.jp/m_list/ranking2014-1.html#chem 1.『窒素固定の科学』干鯛眞信 著 2.『量子化学(上)』原田義也 著 3.『一般化学(三訂版)』長島弘三・富田 功 共著 4.『結晶化学 −基礎から最先端まで− 』大橋裕二 著 5.『環境分析化学』中村栄子・酒井忠雄・本水昌二・手嶋紀雄 共著 6.『ステップアップ 大学の分析化学』齋藤勝裕・藤原 学 共著 7.『量子化学(下)』原田義也 著 8.『最新の有機化学演習』東郷秀雄 著 9.『自学自修用 有機化学問題集』粟野一志・P川 透 共編 10.『高分子合成化学(改訂版)』井上祥平 著  ◆◆◆【生物学分野】◆◆◆  https://www.shokabo.co.jp/m_list/ranking2014-1.html#bio 1.『イチョウの自然誌と文化史』長田敏行 著 2.『新・生命科学シリーズ 植物の系統と進化』伊藤元己 著 3.『ヒトを理解するための 生物学』八杉貞雄 著 4.『新・生命科学シリーズ 植物の生態』寺島一郎 著 5.『新・生命科学シリーズ 植物の成長』西谷和彦 著 6.『ベーシック生物学』武村政春 著 7.『医療・看護系のための生物学』田村隆明 著 8.『新・生命科学シリーズ 動物の系統分類と進化』藤田敏彦 著 9.『微生物学 −地球と健康を守る−』坂本順司 著 10.『外来生物 −生物多様性と人間社会への影響−』西川 潮・宮下 直 編著 ─────────────────────────────────── 次号は2014年8月4日の配信予定です.どうぞお楽しみに! \\(^o^)// ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ★ Shokabo-Newsの配信停止・アドレス変更は下記URLよりお願いします ★ https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html メールマガジンのご意見・ご感想はm-list@shokabo.co.jp まで. ─────────────────────────────────── 自然科学書出版 (株)裳華房 〒102-0081 東京都千代田区四番町8-1 Tel:03-3262-9166 Fax:03-3262-9130 電子メール:info@shokabo.co.jp URL:https://www.shokabo.co.jp/  Twitterアカウント:@shokabo 【個人情報の取り扱い】 https://www.shokabo.co.jp/policy.html ─────────────────────────────────── Copyright(c) 裳華房,2014      無断転載を禁じます.



         

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