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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
裳華房の“古書”探訪(22)

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大工原銀太郎 著『土壌學講義 上巻・中巻』[初版 大正5年・大正8年]

 今回は農学関係の書籍──大工原銀太郎著『土壌學講義』をご紹介します。

 土壌学は農業生産を考える上で最も重要となる分野の一つです。
 明治時代、食料(とくに米)の増産のために、栽培土壌と肥料に関する研究が(1880年ころから)盛んに進められました。
 当初は日本に招かれた外国人研究者たちの指導によるものでしたが、その後、農科大学(駒場農学校)や各地に農事試験場が設立・整備され、20世紀に入ってからは、日本の研究者によって主体的に行われるようになり、多くの研究成果があがりました──足尾銅山の鉱毒、チリ硝石の低肥効、マンガンの生理作用、無肥料栽培に伴う土壌腐植の減少、火山灰土壌に関する研究など。
 その中でも、大工原銀太郎(だいくはらぎんたろう)による酸性土壌の研究は、世界の土壌学に衝撃を与え、日本の農学を世界に知らしめるものとなりました。

 当時、土壌が酸性化するのは有機物由来の腐植酸によると考えられていましたが、大工原は、それ以外に、土壌に保持されたアルミニウムイオンによっても酸性化することを世界で初めて発見・報告しました。
 日本のような温暖多雨地帯の土壌では、雨水に含まれている水素イオンによって土壌に保持される陽イオン(カルシウムなど)が水素イオンに置き換わって酸性土壌になりやすく、また塩化カリなどの酸性肥料が加わるとアルミニウムイオンが溶出し、作物生育を著しく阻害します。大工原は、こうした「鉱質酸性土壌」が世界各地に広く分布することを明らかにするとともに、その定量法(土壌酸度定量法)を開発して、日本の土壌改良に大きな貢献を果たしました。この測定法は、その後多少の改定が施されたとはいえ、現在も国際的な定法として世界中で採用されています。

 その大工原が、土壌学の基礎から当時の様々な研究成果をまとめたテキストとして発表したのが本書『土壌學講義』です。大正5年(1916年)に上巻が、大正8年(1919)に中巻が発刊されました。
 上巻は500ページ近く、中巻は600ページを越える大著ですが、両巻の主要目次を下記に挙げます(旧字体は新字体にしています)。

[上巻]
土壌の生成/日本土壌概論/腐植質/土壌微生物

[中巻]
土壌化学/土壌理学

 下巻は残念ながら未完です。
 中巻の「例言」によれば、下巻では、大工原の専門である土壌膠質化学、土壌改良論、土壌鑑定要項、土壌分類学などを執筆する予定だったようです。

 大工原は、中巻刊行後の大正10年2月に九州帝国大学教授として赴任し、同大学総長、同志社大学総長を歴任して多忙であったことが原因だったと思われます。
 大工原に直接指導を受けた林義三氏によれば、同志社大学の総長となってからも「土壌学講義の下巻の刊行について誰か協力してくれるものがないだろうか」と大変に心残りになっていたようです(熊沢,1982による)。

 本書が当時の土壌学界にどのような評判をもって迎えられたのか、専門外の筆者の手に余りますが、日本土壌肥料学会の大工原への追悼文に「又著さるる所の土壌學講義は眞に不朽の名著なり」とあり、また宮沢賢治も本書を所蔵していて著作の参考にされていたようです。

 大工原は、明治元年(1868)1月3日、長野県南向村に生まれました。明治27年、帝国大学農科大学(現在の東京大学農学部)を卒業、農商務省農事試験場に入り、その後27年間にわたり在職。明治41年、東京帝国大学農科大学講師などの兼任を経て、大正10年(1921)に九州帝国大学教授、大正15年(1926)に同大学総長、昭和5年に同志社大学総長を歴任。昭和9年(1934)3月9日に盲腸炎で逝去。享年、67歳でした。

 なお本書(上巻、中巻)は国立国会図書館のデジタルアーカイブにて全文が公開されています(館内閲覧のみ)。
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954544


※執筆に際しては、熊沢喜久雄「大工原銀太郎博士と酸性土壌の研究」(肥料 化学,5号[1982],p.9-46)、「酸性土壌改良の恩人、国際的な定量法確 立 大工原銀太郎」(農業共済新聞、2008年3月2週号)などを参考にさせて いただきました。誠にありがとうございました。


◆大工原銀太郎 著『土壌學講義 上巻・中巻』
  上巻:菊判・480頁・初版 大正5年(1916年)
  中巻:菊判・610頁・初版 大正8年(1919年)/裳華房

☆記述の誤りなど,お気づきの点がありましたら m-list@shokabo.co.jp まで御連絡ください.


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