メーザー放射(Maser Radiation)
<体験版>

加熱した物体が発光することでもわかるように, 物体がエネルギーを持つと電磁波を放出します. また,物体に光が当たると,それを吸収して自らのエネルギーが増えます. このように,物体と電磁波とは,互いに影響しあっています.

この関係を量的な関係まで詳細に調べてみると, 隠れた過程が存在することが, 20世紀初頭にアインシュタイン(A. Einstein)によって明らかにされました. 物体に電磁波が当たると,単に吸収して弱くなるだけでなく, 当たった電磁波の強さに比例して,それとまったく 同じ性質を持つ電磁波が放出されることがわかったのです. このような発光を誘導放射(stimulated emission)と呼びます. これに対して,電磁波が当たらなくても起きる放射を 自然放射(sponteneous emission)と呼びます.

物体が高いエネルギーを持つとき,自然放射はでたらめなタイミングで発生します. ただし,エネルギーが高くなってから自然放射が起きるまでの平均的な時間は, 物質の性質で決まっています. そこで,この平均時間が長い物質に, 自然放射で生じる電磁波とまったく同じ性質の電磁波を照射すると, 誘導放射を目に見える形で発生させることができます. 誘導放射された電磁波自体, 同じ物質に対して誘導放射を起こすことができますから, エネルギーを高くした状態の物質を大量に用意しておけば, 誘導放射が次々と誘導放射を生じ,その結果,最初の電磁波よりも 極めて強い電磁波を生じさせることができます.

この現象を実在の物質で発生させることができることが, 1954年にタウンズ(C.H. Townes)らによって実験的に示されました. このとき,電磁波としては波長数cmのマイクロ波を用いたので, この現象を 誘導放射によるマイクロ波増幅 (microwave amplification by stimulated emission of radiation) と呼び, 略してメーザー(maser) と呼びます. 増幅される電磁波が光の場合は,マイクロ波を光(light) に置き換えて, レーザー(laser) と呼びます.

人工的に発生されるメーザーやレーザーは, 今や日常生活でもよく見られるようになりました. これらは,狭い空間に物質を閉じこめ, 誘導放射で失ったエネルギーを直ちに補えるようにして, 電磁波を何往復もさせて,増幅効果を高めています.

光が通過する長い距離にわたってエネルギーが高い同一の物質が大量に存在すると, それはメーザーを起こす可能性があります. 宇宙空間では,このような場所が実在することがわかっています. 現在までに,天体からは, 水H2O,水酸基OH,メタノールCH3OH,一酸化ケイ素SiOなど を起源とするメーザーが発見されており,赤色巨星,星形成領域,ブラックホール周辺の 降着円盤で発生していると考えられています. メーザーは増幅によって極めて強く輝いているので,分解能は高いものの感度では劣る 超長基線干渉計VLBIの観測の対象となったり, 望遠鏡の方向を確認する電波源として用いられたりします.


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