1個のカーセルを使つた2重露出瞬間影写真
応用物理,33, No. 6 (1964)
中塚晴夫・小野寺嘉孝 (東京大学工学部物理工学科)
High-Speed Double-Exposure Shadowgraphy by means of a Single Kerr Cell Shutter
Haruo NAKATSUKA and Yositaka ONODERA
(Department of Applied Physics, Faculty of Engineering, University of Tokyo)
カーセルを瞬間写真のシャッターとして使用する場合,通常,セルは 撮影レンズの直前
または 直後に配置する。この場合,忠実な像を得るためには,カーセルという異なつた媒質を通過する際の光路の乱れができるだけ小さいことが必要である。具体的には,セルのガラス窓の平面性,セルのガラス窓に熱歪みが無いこと
および 内部物質の高純度などが要求される。これらの要求を完全に充たすことは 技術的に必ずしも容易ではなく,従来カーセルをしてわが国の実験室から比較的縁遠い存在にしていた一因である。
我々は,種々の雰囲気中におけるガラスの破壊伝播速度を測定するという目的で, Fig.1に示すような装置を作つた。
これは,極めて短時間に2回露出して 割れ目の写真を
重ね撮りし,割れ目の濃淡から速度を測定する方法であり, Edgerton
(1) に基づく。この場合,暗室内の写真ならば,図のように光源側にカーセルを置くことが許され,カーセルによる像の歪みをほとんど心配する必要が無いことは
明らかである。ただ,このような使い方は,要するに電気火花や閃光放電管だけで済む問題に敢えてカーセルという牛刀を用いたという非難があるかとも
思われるが,光輝継続時間が サブマイクロ秒の領域にある十分に明るい光源を得るには,かなり技術的工夫を要し,またそれを数マイクロ秒程度の間隔で再度発光させることはもっと難しい … という理由がある。実際,このように2度以上発光させるためには別々の火花間隙や閃光管が使われるが,その場合,発光点の位置が異なってくることで問題の生じる余地がある。
その点,発光継続時間が十分長く,光量も大きい閃光管からの光をカーセルで任意に切って使えば,目的を達することは容易に気づく。カーセルを通過させることによる光量の損失は大きいが,閃光管の種類, 印加電圧, 容量などを適宜に選び,レンズによる集光でかなり補うことができる。カーセルをして2回シャッター動作をさせるためには,偏光子と検光子の間に2個のカーセルを
置いて別々に高圧パルスを加えれば良いが,この場合 当然光の損失が増えるので我々は1個のカーセルに2回パルスを加える方法を試みた。
パルスを加えるには,通常の LC による PFN
[パルス形成回路] とサイラトロンの組み合わせを用いた。2個のパルスを独立にカーセルの電極に導くためには,Fig.2(a) のように高耐圧ダイオードで切るか,
あるいは Fig.2(b) のように2個の出力端子をそれぞれ反対側の電極に結ぶ方法が考えられる。しかし,カーセルの電気容量 (我々の場合 5pf 程度) が存在するから, Fig. 2(a) の場合には パルス波形が緩い鋸歯状になってしまうし,Fig. 2(b) の場合には 最初のパルスによる誘導で 後のサイラトロンも放電してしまい, 独立にパルス発生時期を制御することはできない。この困難を避けるために色々工夫してみたが,結局 妥協的な方法として Fig.1中の C’ に示したような容量を挿入するという方法を採つた。このため,もちろん T2 からの出力波形は T1 の場合より若干尾を引くことになつたが,セルの印加電圧と透過率の間には次の関係があり
(2)
T = 50 sin²(
πlKE²) (1)
T:透過率,
K:カー定数,
l:電界下の行路,
E:電界.
電圧の低いところでは透過率は急激に減少するので,光パルスの方はほとんど尾を引かなかつた。C’は,T1T2間の干渉を避けられる範囲内でできるだけ小さい方が好ましい。
Fig.3は,カーセルを通して得られた光パルスの 光電子増倍管による観測波形を示す。PFN の回路定数から推定されるパルス幅は 1×10
-7s 程度であり,観測値も ほぼこれに一致する。2個のパルスの時間間隔は,付属の遅延回路により
1~200 μs の範囲を任意に変化できる.
Fig.4は,使用したカーセルの形状と大きさを示す。サイラトロン 3G49P の最高印加電圧が 25 kV であるから,12.5 kV までカーセル電極に電圧を加えられるわけであるが, (1) 式を使い 10 kV 程度で偏光面が 90° 回転するように設計した。偏光板としてダイクローム DS1C-20 を使用したが。交叉時の透過光については 実用上何の不便も感じなかつた。カーセル用の媒質としては ニトロペンゼンを用いた。この場合,比抵抗として1011 Ω・cm,できれば 1012 Ω・cm あることが必要と言われているが
(3),我々が実験室内で真空蒸溜をした程度では,せいぜい 1010 Ω・cm程度で,市販の特級試薬よりやや良い位であつた。しかし,我々の目的に対しては特に不都合は無かった。ただ,使用を繰り返しているうちに時々急激にシャッター動作の能力が劣化することがあり,蒸溜すると元に戻るという現象があつた。これは精製不足によるものであるかも知れないが,原因は掴めていない (この場合でも,比抵抗の値にはほとんど変化を認められなかった)。
Fig.5は,このようにして撮影したガラスの割れ目の写真である。期待したような濃淡が同心円状に存在することが認められる。中央の帯状の部分はハンマーおよび衝撃検知用の導電塗料の影である。実験結果については別に報告する予定である。
終りに,本実験に終始御指導戴いた兵藤申一助教授,サイラトロン 3G49P を貸与していただいた新日本無線株式会社柴田長吉郎氏,佐藤慎悦氏,
ならびに カーセルの製作を引き受けて下さつた北海計量器株式会社小山太郎氏に厚く感謝の意を表する。
文 献
(1) F. E. Barstow and H. E. Edgerton:
J. Amer. Ceram. Soc.,
22, 303 (1939)
(2) H. J. White:
Rev. Sci. Instrm.,
1, 780 (1930)
(3) e.g., H. J. White:
Rev. Sci. Instrm.,
5, 22 (1935)
(昭和39年5月1日受理)