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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
松浦晋也の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第34回 老親介護は家庭の仕事ではない

   川内潤 著『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)

『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』カバー

 昨年8月に上梓した、認知症を発症した母を2年半に渡って自宅で介護した記録である拙著『母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−』(日経BP社)は、幸いなことに発売8か月たった今も順調に売れ続けている。宇宙関連の著書もこれぐらい売れてくれれば良かったのに――というのはともかく、親の介護が多くの人にとって身近な人生の一大事であることの現れであろう。
 私は、自分の経験から『母さん、ごめん。』で、老親介護は家庭内の問題ではなく、社会的問題であると主張した。とてもではないが家庭内で完結する問題ではなく、社会全体が関与して全体として最適な状態にもっていかないと、いずれ社会が破綻してしまうだろうと考えたのである。
 「老人介護は、とてもではないが家族だけでは完遂できない」――このことは、まだ介護を経験する年齢ではない方も心に刻み込んでおいてもらいたい。そうしないと、いざ自分が親の面倒を見ることになった場合、「これは家族の仕事だ」と頑張りすぎてしまうことになる。頑張りすぎてしまえば、人は壊れる。人が壊れるということは、その人の家庭が壊れるということであるし、同時に介護という事業も遂行不可能になるということだ。
 介護は社会的事業だ。社会と連携を取り、可能な限り様々な社会的リソースを利用して、自分にかかる負荷を最小限に留めていかないと続かない。最後まできちんと責任をとって親を介護したいならば、自分や家族だけで抱え込んでしまってはいけないのである。

 今回取り上げる『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』は、社会と連携して親を介護していく方法を実際に即して解説した本だ。タイトルは、介護が破綻する大きな原因のひとつが「仕事を辞めて親の介護に専念しよう」という介護離職にあることを示している。収入がなければ介護は続かない。時間的に、身体的にきついからといって仕事を辞めてしまえば、介護そのものが成り立たないのである。では、どうすればいいのか――と、本書は「仕事を辞めずに社会のリソースを徹底活用して介護の体制を作っていく方法」を解説していく。
 著者は、老人介護の仕事に携わる中から、介護される老人ではなく、介護の矢面に立つ家族こそが社会の助けを必要としていると気が付き、NPO法人「となりのかいご」を立ち上げた。現在、「となりのかいご」の理事を務めつつ、主に企業向けに、介護の当事者となった社員にどのように対応するか、どのような社内制度を作って運用していくかなどを、コンサルティングしている。
 本書はまず、典型的な介護の始まりを2パターン紹介する。1つめは親が突然病気で倒れるというもの、2つめは遠隔地の親が気が付かないうちに認知症を発症しているというもの。どちらも向こうから事態がやってくる。つまり事態の推移に対して自分が受け身となっている。
 これではいけない、と著者は主張する。親の介護は遅かれ早かれいずれは自分のこととして考えねばならない事柄だ。だから受け身ではなく、何も起きていないうちから能動的に情報を集め、準備をしておくべきだというのである。
 そのために最初にすることは、「地域包括支援センターに、先手を打って相談しておくこと」である。
 地域包括支援センターというのは、国が介護保険法による介護制度を整える中で全国に設置した、地域住民の福祉全般をマネジメントする組織だ。現在、全国のほぼ中学校の校区に1つの割合で、地域包括支援センターが設置されている。つまり、日本中どこでも、自宅から歩いて行ける範囲内に必ず地域包括支援センターが立地している。
 センターにはどのような公的な介護制度があるか、どのようにして利用すればいいか、どこにどのような施設があるか、どこに関連の病院があるかなど、介護に関するありとあらゆる情報が集まっている。「まだ、自分の親は介護が必要ではない」と思っても、まずは地域包括支援センターで相談し、情報を仕入れ、いざ介護となった場合の準備をしておくべきなのである。
 地域包括支援センターに相談する――このことは、介護を家庭内から社会とのつながりの中に引っぱりだす第一歩である。

 なぜ、事前に社会とのつながりを作っておくべきなのか。それは、介護離職を防ぐためだ。いざ親の介護となると「自分が頑張れば」と考える人は多い。が、それは罠だ。
 育児だと子どもは育つ。しかし介護では、親は老い、病は進行し、介護する者の負担はどんどん大きくなっていく。最初は「自分が頑張ればできる」と思っても、老化と病気が進行することで介護する者にかかる心身の負荷は増大し、ついには耐え難いほどにまでなる。そこで、「仕事を辞めて介護に専念すればなんとかなる」と考えてしまえば、介護離職ということになる。
 しかし、介護離職は先の見通しの付かない情況に自分を追い込むことに他ならない。介護にあてる時間と体力はできるかもしれないが、収入はなくなる。貯金があってもどんどん減っていく。そしてなによりも、親の死により介護が終わった時、どのようにして社会復帰するのかという見通しはなかなか立たない。気が付くと、年老いて社会の変化についていけなくなった自分が残っているだけになり、そうなると、最悪のケースとしては、絶望して自殺ということにもなりかねない。実際に親が死んだ後に後を追うように自殺というケースはそれなりにあるのだという。
 介護離職せずに、介護を最後の日まで続けるには、第三者の力を借りることが必須だ。第三者――公的介護制度に基づく介護のプロの手を借りるのである。とはいえ、生活の中に第三者を迎え入れるのは、なかなかハードルの高いことだ。だから、事前にそれが可能になるように、地域包括支援センターへの相談という第一歩を踏み出しておこう。著者はそのように主張する。
 介護に第三者の労働力を導入するということには、もう一つの大きな意義がある。それは、介護には家族であるがゆえにうまくいかないことが多々あるからだ。第三者のプロが行うほうが、うまくいくことが多いのである。
 例えば排泄の世話だ。家族の方がうまくやれると考えるのは未経験者だ。自分でやってみると分かるが、介護される者は例外なく、家族にやってもらうことを恥じ、抵抗する。むしろ無関係の第三者のほうが冷静に接することができるので、うまく排泄の介護をすることができる。
 このようにして著者は、公的介護制度を積極的に利用して介護に第三者であるプロの労働力を導入すべき理由を明示する。その上で、具体的に介護の体制をどのように組んでいくかを丁寧に説明していく。
 介護でもっとも大切なのは献身でも努力でもない。よりしっかりした介護の体制を組み上げ、介護される者の老化や病気の進行に応じて機動的に介護体制を組み替えていくことなのだ。

 本書は、基本的に介護のノウハウ本として、「どのようにして最善の介護体制を組むか」についてを解説していく。その最善の介護体制が、第三者のプロを交えた、社会制度を利用した介護体制というわけだ。このことに関して、私は完全に賛成する。
 加えて、私はプロを交えた介護体制には、社会的に大きな意義があると考える。
 介護離職をしてしまえば、その人は経済的に社会から切り離される。社会の側から見れば1人の労働力が失われ、それだけ経済が縮小するということである。現在、年間10万人もの人が介護を理由に仕事を辞めている。つまり介護が理由で年間10万人規模の経済の縮小が起きているのである。少子高齢化社会の入り口にある日本において、これは少なからぬ損失だ。
 「労働人口が減っているのだから移民を」などと言う前に、この問題を解決すれば、年間10万人規模の労働力を社会は確保できるのである。
 そのためには、介護を家庭内の問題としてはいけない。社会の問題として社会全体としてシステマチックに解決し、誰もが仕事を辞めることなく、介護と労働を両立できる社会を作らなくてはならない。
 政治と行政の動きは鈍い。だから、先んじて我々が実績を作る必要がある。現行の公的介護制度を徹底的に利用して、家族が離職しないですむ介護体制を組むことを介護における当たり前の行いとして社会に定着させる必要があるのだ。

 老人介護は、家庭内の問題ではない。社会全体の問題であり、社会全体として解決するべきである。このことはいくら強調しても強調しすぎることはない。もしもあなたの選挙区に「親の面倒を見るのは日本古来の美風でして」とか主張する政治家がいるなら、次の選挙で落とすべきと私は思う。彼または彼女が美風と思い込んでいるものは、日本の経済を縮小させて没落に導く悪習なのである。

 最後に――私は先だって、著者の川内潤氏と日経ビジネスオンラインで対談した。最後にその記事へのリンクを掲載することにする(全文閲覧には無料の登録が必要)。

第1回 人生の目的は「親の介護」。それでいいのか。
第2回 認知症の親の介護、身内より他人に任せた方が…
第3回 男性必読!貴兄が母親に辛く当たってしまう理由
第4回 「親を介護するなら辞めてくれ」が上司の本音?
第5回 「介護休暇やるから自己責任で」は最悪の支援策


【今回ご紹介した書籍】 
もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法
  川内 潤 著/新書判/215頁/定価1320円(本体1200円+税10%)/2018年3月刊行
  ポプラ社/ISBN 978-4-591-15629-2
  https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008167.html

「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2018
Shokabo-News No. 343(2018-4)に掲載 

松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】 
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在、日経ビジネスオンラインで「宇宙開発の新潮流(*1)」を、「自動運転の論点」で「モビリティで変わる社会(*2)」を連載中。近著に『母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−』(日経BP社)がある.その他、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など著書多数.
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura
*1 http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20101208/217467/
*2 http://jidounten.jp/archives/author/shinya-matsuura


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