第69回 大日本帝国と覚醒剤に対するメタアナリシス
『ヒロポンと特攻 −太平洋戦争の日本軍−』(相可文代 著、論創社)
本連載では、大日本帝国のガバナンスの根幹に食い入っていた阿片という麻薬、それと関連して危険薬物としての覚醒剤をテーマに様々な本を読んできた。
今回取り上げる『ヒロポンと特攻』は2023年10月刊。大日本帝国と危険薬物──特に覚醒剤をテーマとした本としては、最新のものである。
著者は大阪で長く中学校の社会科教諭を務めた経歴を持つ。地元史への興味の中から、女学生が第二次世界大戦時に覚醒剤入りチョコレートの製造に動員されていた、という事実を発掘した。
退職後の2021年に『「ヒロポン」と「特攻」 女学生が包んだ「覚醒剤入りチョコレート」梅田和子さんの戦争体験からの考察』を自費出版。その反響が大きかったことから、同著をより広く大日本帝国と覚醒剤というテーマで再構成し、加筆して商業出版としたのが本書である。
自費出版版の『「ヒロポン」と「特攻」』は、当時実際に覚醒剤入りチョコレートの製造に従事した女学生のひとり、梅田和子さんという方から聞くことができた証言を手掛かりにして覚醒剤入りチョコレート製造の実際に迫っていく。ところで、テーマを「大日本帝国と覚醒剤」まで拡大すると、もはやこの手法は使えない。調査開始時点ですでに戦後70年を過ぎ、多くの関係者は物故していたからだ。
このため、著者は商業出版として本書を上梓するにあたって、徹底的に文献を渉猟した。文献を調査することで、大日本帝国と覚醒剤というテーマの全体像を描き出そうとしたのである。
歴史学は、直接調べることが不可能な古代史などでは、現存する文献を突き合わせて真実に迫る研究手法が一般的である。文献調査から歴史的事実を探りだそうとする著者の態度は、昭和前期の戦争の時代が、現代と地続きの過去ではなく、歴史学的手法による研究対象となりつつあることを実感させる。
昭和100年、敗戦後80年という時間には、それだけの重みがある。
その一方で、私は本書に、歴史に対する理工系的アプローチの雰囲気をも感じる。
自然科学や医学の世界では「メタアナリシス」という調査手法がある。学術論文誌には様々な論文が日々発表されている。それらの中には、事実関係を認定されて歴史的論文となるものもあるし、後の追試で内容を否定されて消える論文もある。メタアナリシスは、直接研究対象を調べるのではなく、発表された論文を調査し、その動向や経過を調べることで、科学がどのようにして真実に近づくか、あるいは間違いを排除していくかを調べる手法だ。
その意味で、本書はこれまでの歴史学における「大日本帝国と危険薬物」というテーマの研究に対するメタアナリシスともなっているのだ。
本書の第1章は、著者が直接取材することができた梅田和子さんの証言がまとめられている。
梅田和子さんは1930年神戸生まれ。彼女の父は弁護士で、日米開戦反対派の海軍軍人・野村吉三郎(1877〜1964)と交流があった。父は日米開戦で日本の敗北を予想し、事前に大阪の高槻に家を購入した。しかし、勝っているうちは周囲の人に「疎開するのは非国民だ」と言われるので、一家そろって高槻に引っ越すことはできず、高槻と神戸の往復生活になったという。
敗戦の年の1945年1月、やっと高槻への疎開と、高槻から通学できる大阪府立茨木高等女学校への転校が実現。その、茨城高等女学校(現在の大阪府立春日丘高校)に、陸軍向けの糧食を生産する大阪陸軍糧秣廠支所が置かれていた。
支所では糧食のチョコレートを包装しており、学生が働いていた。和子さんは転校早々、教師から学生の監視を言い渡される。「チョコレートを盗んで食う者を報告しろ」というのであった。
が、疑心暗鬼が支配する場所では、当然のように対抗策が生み出されるものである。和子さんはチョコレート包装に従事している上級生たちに呼び出され、「これを食え」とチョコレートを突きつけられた。拒むわけにもいかずに食べると、かっと体が熱くなった。上級生からは「これでおまえも同罪だ。密告するな」と言われたが、もとより和子さんに密告する気はなかった。このことを父に話すと、「ヒロポンでも混ぜているのだろうか」と言った。
そう、これがヒロポン入りチョコレートであった。その生産に女学生が動員されていたのである。
春になって進級すると、今度は国鉄「高槻駅」の北側、山間にある陸軍の施設「タチソ(高槻地下倉庫の略)」に動員された。本書には、和子さんがタチソで見聞したことが詳細に記録されている。
タチソへの通勤には迎えに来るトラックを使うが、トラックは止まってくれず、飛び乗らねばならなかった。規則でトラックは女学生の通勤には使えないため、「たまたま見かけたので拾って乗せた」という体裁を取って女学生たちを運んだのである。タチソでは多数の朝鮮人労働者が働いていたが、敗色が濃くなるほどに軍人らはいらだち、彼らに暴行を加えた。タチソの存在は日本でこそ秘密とされていたが、米軍はその存在を知っているらしく、何度も空襲を受けた。女生徒たちの父兄は、「危険な場所に娘を動員しないでくれ」と軍に抗議した。タチソの側も「女生徒は大切な預かり物」と考えていたらしく、「なにかあったらまず逃げろ」と指導された。
敗戦後は、書類の焼却の手伝いをやらされた。敗戦後のタチソは無法地帯で、特に下士官が荒れてやりたい放題となった。トラックに一杯の物資を盗んで逃げた者もいたという。
この証言を起点に、著者は戦時中の日本社会全般に調査の網を広げていく。
様々な体験記の中に、「麻薬入りチョコレート」の話が見つかる。麻薬といえばまず阿片だが、阿片は鎮静効果があるので、軍用糧食には向かない。これらは「麻薬」とあっても覚醒剤入りと考えて間違いない。そして、茨木から高槻にかけては阿片ケシの栽培地域でもあった。阿片を精製したモルヒネは、鎮痛剤として戦場では必須である。どうやらこの地域にタチソのような施設が建設された背景が見えてくる。
そもそも、覚醒剤入りチョコレートを誰がどのような経緯で開発したかも判明する。陸軍航空技術研究所で、航空用糧食の研究をしていた岩垂荘二(いわだれ・しょうじ)という研究者が1943年に開発したのだ。岩垂は敗戦後の1946年、今で言う機能性食品を開発する会社、萬有栄養という会社を興し、成功した。萬有栄養は現在、非常用食品の会社として存続している。敗戦後の社会で成功者となった岩垂は、1992年に回想録を出版しており、その中に覚醒剤入りチョコレートの開発経緯を書いていた。ドイツでヒロポン入りチョコレートが製造され、航空勤務で効果が上がっているという情報が入ってきて、注目した「川島大佐」が、岩垂に開発を指示したのだという。
川島大佐──戦前から戦時中にかけて陸軍の糧食開発のトップに立ち、敗戦後は栄養学者としてスター的な存在となった川島四郎(1895〜1986)だ。
ドイツからの情報に基づき、川島四郎の指示で、覚醒剤入りチョコレートは開発・製造されたのである。
余談だが、「ショカコーラ」という今でも入手可能なドイツ製チョコレートがある。元々は1935年にアスリート向け栄養補助食品として開発され、1936年のベルリンオリンピックで利用された。その後ドイツ軍の戦闘糧食に採用され、ナチス・ドイツと共に戦場で愛されたという、ミリタリーマニアの間では有名なお菓子だ。
ショカコーラは、チョコレートにコーヒー豆やコーラナッツを添加してあり、1缶100gあたり230mgのカフェインを含む。コーヒー1杯のカフェインがだいたい80mgだから、かなり強烈な覚醒作用がある機能性食品だ。
川島四郎が注目した「ドイツのヒロポン入りチョコレート」は、なにかこの「ショカコーラ」と関係があるのではないかという気がするのだが、残念ながら本書では、そこまで突っ込んでの調査は行われていない。
ここから著者の調査は、覚醒剤入りチョコレートのみならず、大日本帝国の戦時中の覚醒剤利用全般へと踏み込んでいく。
出撃前に覚醒剤注射を受けたとする元特攻隊員の証言や、自分は特攻隊員に覚醒剤を注射したという医師の回想が発掘・整理され、そこでなにが起きていたかが見えてくる。調査範囲が広がることで、ついには著者の視点は覚醒剤を離れ、「そもそも特攻とは何だったのか」というところにまで及ぶ。
見えてくる風景を一言に集約するなら「無残」だ。絶対確実の死を代償に戦果を得ようとする特攻は、無残以外の形容が見つからない。死に追い込まれる者は荒れるし、死を強制する者は、ますます強圧的に死に追いやろうとする。ついには「特攻で死ぬ」ことが目的化し、戦果すら度外視されるようになる。そのプロセスを、効果的に前に進めるために、ヒロポンに代表される覚醒剤が使用されたことが見えてくる。「ヒロポン」は大日本製薬(現・住友ファーマ株式会社)の商標であり、戦時中の日本では戦場で利用するために製薬会社各社がそれぞれ独自の製品名で覚醒剤を製造していたのだった。
読むほどに気が滅入ってくる本だ。が、それは本書に限ったことではなく、大日本帝国と危険薬物との関係についての本には、「読むと気が滅入ってくる」という共通点がある。それは、阿片やら覚醒剤やらが、戦前日本の没倫理性とか没道義性とか、非人間性といったところに直結しているからだろう。
著者は後書きで「近代国家となった日本の戦争では、兵士の命が一貫して粗末にされたが、その行き着いた先が特攻であり、兵士に覚醒剤を与えることだった」と書く。
実のところ、軍事と覚醒剤は今でも無縁ではない。自衛隊法115条3は
「自衛隊の部隊又は補給処で政令で定めるものは、麻薬及び向精神薬取締法(昭和二十八年法律第十四号)第二十六条第一項及び第二十八条第一項又は覚醒剤取締法(昭和二十六年法律第二百五十二号)第三十条の九及び第三十条の七の規定にかかわらず、麻薬又は医薬品である覚醒剤原料を譲り受け、及び所持することができる。」
としている。つまり、自衛隊の医官は、麻薬及び向精神薬取締法(覚醒剤取締法)に規制されることなく、覚醒剤の使用が可能なのだ。
この条文が、実戦における自衛官への覚醒剤投与を想定したものであることは言うまでもない。
著者は元社会科教諭であり、歴史学者ではない。そのせいか、記述には甘いところもあり、引用される大量の文献の扱い方にも稚拙さが感じられるところもある。しかし、これだけの文献を読み込み、覚醒剤に関する記述を抽出し、戦時下の大日本帝国における覚醒剤というテーマを俯瞰できるような本を書き上げたということは高く評価できる。
大量の文献が出典が分かる形で引用されているので、自らの読書の出発点として使える本だ。この本から始めて、引用される文献を読み進めていけば、大日本帝国と危険薬物に関するかなり深い知識を手に入れることができるだろう。
【今回ご紹介した書籍】
●『ヒロポンと特攻 −太平洋戦争の日本軍−』
相可文代 著/四六判/360頁/定価2200円(税込み)/2023年10月発行/
論創社/ISBN 978-4-8460-2231-0 C0036
https://ronso.co.jp/book/2231/
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2025
Shokabo-News No. 407(2025-12)に掲載
【松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】
ノンフィクション・ライター。1962年東京都出身。現在、日経ビジネスオンラインにて「「チガサキから世間を眺めて」を連載中。近著に『ロケットサバイバル2030』(日経BP社)がある。その他、『母さん、ごめん。2』『日本の宇宙開発最前線』『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など著書多数。
Twitterアカウント https://x.com/ShinyaMatsuura
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