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第5回 「なぜ捏造が行なわれたのか?」『論文捏造』(村松 秀著,中公新書ラクレ)
編集者のEです. 本書の主人公は,架空の実験結果を『サイエンス』『ネイチャー』といった有名科学雑誌に多数投稿し,「論文捏造」を行なったヤン・ヘンドリック・シェーン.彼は1998年,ノーベル賞受賞者を多数輩出している名門,ベル研究所に入りました.2000年1月頃から,わずか2年半の間に上記の雑誌に計16本の論文を投稿し,そのほとんど全てが,現在では捏造であったことがわかっています. 当初,シェーンの論文は「超伝導」という物理学の研究分野に多大なインパクトを与えました.誰も成し得なかった素晴らしい業績に世界中の研究者が賞賛を送り,すぐさま世界中で追試が行なわれました.しかし,誰一人,彼の実験結果を再現することはできなかったのです. 東北大学の谷垣勝己教授もシェーンの実験の追試をした一人です.谷垣教授は,シェーンの「実験のサンプルは全て捨ててしまった」という,研究者として信じられない行動から,この実験結果について不信感が増したことを明かしています.世界中で誰も追試に成功しないという異常事態から,谷垣教授のようにシェーンの論文に対して疑念を持つ研究者は次第に増えていきました.こうして,シェーンの論文の真偽は次第に雲行きが怪しくなっていきますが,周囲の疑念をよそに,彼は次々に画期的な研究成果を発表していくのです. なぜ若き研究者が犯した過ちを,世界中の研究者,権威ある科学雑誌が長いあいだ見抜けなかったのか.これは,非常に興味深い問題です.この点に関して,村松氏の丁寧な取材によって,問題の所在が明らかにされていきます. 2002年9月25日,シェーンの捏造に対する調査委員会は, シェーンの論文に捏造があったことを認める調査報告書を公開し,シェーンはこの日のうちにベル研究所を解雇されました.その後,シェーンがどこで何をしているのか,シェーンを指導する立場にあった物理学者,バートラム・バトログを含め,誰にもわかっていません. 本書は,「捏造」という科学倫理に反する行動を描いたもので,科学研究がどのようにあるべきかについて,とても考えさせられる一冊です.加えて,村松氏の読者を引き込む圧巻の筆力は,本書の魅力のひとつだと思います.ぜひ皆様にもご一読をお薦めいたします.
【今回ご紹介した書籍】 「裳華房 編集子の“私の本棚”」 Copyright(c) 裳華房,2013 ※「裳華房 編集子の“私の本棚”」は,裳華房のメールマガジン「Shokabo-News」にて連載しています.Webサイトにはメールマガジン配信の約1か月後に掲載します.是非メールマガジンにご登録ください. |
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