第22回 出版社に入社して驚いたこと
『本を愛しなさい』(長田 弘 著,みすず書房)
編集者のπです.
長田弘さんの『本を愛しなさい』を読んで,ロンドンの小さな出版社の情景に触れる機会がありました.ヴァージニア・ウルフの夫妻によって,かつて営まれていたホガース・プレスという出版社です.
短編では,ホガース・プレスで助手として働くことになった少年の視点から,出版社の日常が語られていて,温かな雰囲気に包まれています.
注文がくる.小包をつくる.郵便局に走る.手紙には返事を書く.広告をつくり,ラベルを印刷し,批評のコピーを,書店におくる.本をきちんと管理すること.新しい本の紙質やサイズを決めて注文すること.そのうえ,ひっきりなしに,原稿がもちこまれた.預かるにしろ断るにしろ,一仕事だった.
(短篇「犬とリンゴと本と少年」より抜粋)
時代の差こそあれ,出版社の日常はあまりかわらないですね.違いは,もう活版印刷で活字を組むことはなくなったということと,本が昔ほど売れなくなったということくらいでしょうか.
この小品を読んでいて,おもわず自分が勤める出版社の日常を思い起こしてしまいました.そこで今回は,出版社(裳華房)に入社して驚いたことを,つらつら挙げてみようと思います.
- 予想外に少ない人数で,がんばって本をつくっていること.ちなみに,数学の本の担当編集者は2人.たくさんの数学書を出しているので,もっと人がいるのかと思っていた.
- 会社の建物が古く,歴史を感じること.
- しかも,地下に倉庫があって,倉庫に数学書(在庫)が厳然と積まれていたこと.そもそも倉庫があることに驚いたし,なんだか秘密基地のような趣である.いつもうす暗くてひんやりとしている.
- 初めて編集部に足を踏み入れたとき,うず高く積まれた原稿や校正の紙の「塔」を目にしたこと.原稿や本の洪水がときどき起こります.
- みなさん黙々と作業をしていて,編集部は大学の院生室のような静かな雰囲気であること.
- 静かゆえ,原稿を読みながらつぶやく声が聞こえること.「あれ?」「しまった」「なるほど」などなど.ちなみに私の独り言は「ん〜〜」(煩悶)らしいです.
- 意外にアナログな作業が多いこと.赤ペン,修正ペン,のり,鋏は必需品.
- 学生時代は本の「版」や「刷」について意識したことはなかったが,新しい版になるにつれ,誤植が細かく訂正されていき,本がより良いものになっていくということ.
- (ひとにもよるが)純粋に本を読む時間が減ること.私は一日のおわりに風呂場で湯船につかりながら小説を読む時間が至福のとき.現在の読書は夏目漱石の『坑夫』.
読者のみなさまからすると「出版社はそんなもんでしょう」というお声が聞こえてきそうですが,それはさておき.
最後に,上で述べたホガース・プレスについてご紹介しましょう.
ホガース・プレスはおおきな出版社ではなかった.レナード・ウルフ(一八八○−一九六九)とヴァージニア・ウルフ(一八八二−一九四一)の夫妻が,一台のペダル式のミネルヴァ圧盤印刷機からはじめた出版社だ.じぶんたちで活字をひろって,じぶんたちの手で本をつくる.はじめはあわてて活字箱を引っくりかえしてしまい,hとnのケースをごちゃまぜにしてしまった.ヴァージニアが活字を組んで,レナードがまちがいを正して,印刷機をまわす.そうして二人の短篇二つで,三十二頁の本を百五○部つくった.それがホガース・プレスのはじまりで,一九一七年春のことだった.
(短篇「犬とリンゴと本と少年」より抜粋)
ちなみに,ヴァージニア・ウルフは『灯台へ』を世に送り出した有名な英国の女性作家です.彼女は作家として小説を書きながら,自ら活字をひろって原稿を組んでいたようです.
【今回ご紹介した書籍】
『本を愛しなさい』
長田 弘 著/四六判/144頁/定価2420円(本体2200円+税10%)
2007年4月発行/みすず書房/ISBN 978-4-622-07289-8
https://www.msz.co.jp/book/detail/07289.html
「裳華房 編集子の“私の本棚”」 Copyright(c) 裳華房,2015
Shokabo-News No. 308(2015-2)に掲載
※「裳華房 編集子の“私の本棚”」は,裳華房のメールマガジン「Shokabo-News」にて連載しています.Webサイトにはメールマガジン配信の約1か月後に掲載します.是非メールマガジンにご登録ください.
→ Shokabo-Newsの登録・停止・アドレス変更
|