第36回 「詳解」シリーズで知られる著者の手になるテキスト
後藤憲一著『プラズマ物理学』(共立出版)
学部3年生のころ,「プラズマ物理学」という講義でシメのレポート提出を求められた.曰く「講義で取り上げた内容のうち,もっとも興味をもったものを1つ選び,それについてまとめよ」.
なんとなく教室には毎回出ていたから講義のレジュメはそろっていた.しかし,内容はろくすっぽ頭に残っていない.そこで,まずは講義のおさらいでもしてみようと思い,とりあえず図書館で“使えそう”な本を探した.
ところがである.書架には「電磁流体力学」とか「完全電離気体」とか,こちらへはいっこうにピンとこないタイトルばかりが並んでいる.てっとり早く,ずばり「プラズマ物理学」と銘打った本はないものか──.
と,まずは『プラズマ物理の基礎』(D. R. Nicholson著,小笠原正忠,加藤鞆一訳,丸善,1986)という一冊が目にとまった.いわゆるアチラの本のほうが記述がていねいでくわしいことはすでによく知っていたし,また訳者の名前にも聞きおぼえがあったので,「これはイケるかも!」と大いに期待して目次に目を通したのだが,これがあえなくアウト.講義の組立てと章立てとがかなり異なっており,いまの自分には手に負えそうにない.
つぎに見つけたのが『プラズマ物理学』(共立出版,1967)であった.背に「後藤憲一著」とあって,思わず「おおっ!」となる.というのも当時,後藤先生が編者として名を連ねる『詳解 電磁気学演習』(後藤憲一,山崎修一郎編,共立出版,1970)や『詳解 理論・応用 量子力学演習』(後藤憲一ほか編,共立出版,1982)などの「詳解」シリーズに,それなりに親しんでいたからだ.いったいなにをカン違いしていたのか不可解きわまりないのだが,それはともかく「あの本の後藤先生なら,きっとわかりやすいにちがいない」.そう直感したのである.
で,さっそくに目次を開くと,なんと講義とほぼ同じ構成ではないか! これでスムーズにひと通りの復習はできそうである.続いて今度は索引をチェック.講義で耳にし,なんとなく記憶していたいくつかの術語に当たると,まんまとこれがすべて載っている! 事典としても使えそうである.
すぐに手続きを済ませ,手許にキープ.数日後,まずは内容を大づかみしようと拾い読みを始めた.
んがっ! である.
たまたま開いたあるページで,すぐには意味をとりかねる一文に当たった.不審に思いながらページを繰り,だいぶ離れたところを読んでみる.が,ここでも再び同じようなセンテンスに出会う.「『詳解』ではきちんとしているのに,どうしてこの本ではこんな文章なんだろう」.なーんか突然に思いっきり嫌気がさして,けっきょく『プラズマ物理学』はこの拾い読みだけで放ってしまい,あとには「同じ先生なのに,ナゼこんな?」という疑問だけが残った.
出版社のスタッフとなったいまでは,じつはこのナゾはすっかり解けている.おそらく『プラズマ物理学』を担当した編集者は,後藤先生の個性を最大限そのままに読者へ伝えようとしたのであろう.『詳解』は「編」であるが,こちらは「著」である.おのずから先生の原稿の性質,したがって扱いも変わってくる.きっと一般読者が触れようとしてもそうは機会のない,著者の「素」といったものをダイレクトに届けようとした結果にちがいない.
ちなみにいまではSNSなどの普及により,こうしたサービスにさほどの価値も認められなくなったようであるし,だからということもあって,自分にはとてもこういうことはできそうにない.
ところで.
件のレポートであるが,けっきょくは「ミューオン分子」についてまとめたように思う.実際,ミューオン分子にはミョーに興味を引かれたし,また生協で,たまたま『ミュオンの科学−21世紀をになう粒子−』(永嶺謙忠著,丸善,1988)という啓蒙書を目にしたからということもあった.
それにしても.
プラズマ物理学のレポートでミューオン分子を主題にするとは,どうにもちょっとズレてはいないか.「アルヴェーン波」という言葉だって,うっすら記憶していたはずなのに,かなりひねくれた話である.
素直な文章が書けないのは昔から.いまもまったく変わっていないようだ.
【今回ご紹介した書籍】
『プラズマ物理学』
後藤憲一著/A5判/362頁/定価3520円(本体3200円+税10%)/1967年6月刊行
共立出版/ISBN 978-4-320-03009-1(版元品切れ中)
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320030091
「裳華房 編集子の“私の本棚”」 Copyright(c) 裳華房,2016
Shokabo-News No. 323(2016-4)に掲載
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