第9回 人間とコンピュータをめぐるもう一つの歴史
岡嶋裕史 著『コンピュータvsプロ棋士』(PHP新書)
知能とは何か?という問題に対する認識がまだ浅かった時代、チェスのようなゲームは、人間の知能を解き明かす、重要な手がかりになると考えられていた。そこで、1950年代の電子計算機黎明期には、チェスのプログラムは人工知能のほとんど最初のテーマとして盛んに研究されていた。
それがゲームの理論を生み、αβ法など、100万にも枝分かれする可能性を3000ほどにまで減らせる、高率の良い情報探索技術の開発につながった。一方、研究が進むにつれて、チェスプログラムをそれ以上追求しても、人間の知能の本質には到達できないだろうという認識が広がり、チェスというゲームそのものを如何に強くしていくかが、追求されるようになっていった。
チェスプログラムのエポックは、1997年、チェスのグランド・マスター、カスパロフとIBMのディープ・ブルーの対決だろう。
ディープブルーはカスパロフの打ち方を徹底的に研究した専用スーパーコンピュータで、勝った後はすぐに解体して勝ち逃げしたので、ちょっとずるい感じはあったものの、現在ではパソコンで動くソフトでもグランドマスターを超える能力に到達している。
一方、コンピュータ将棋は、1970年代にはじまり、当時は大学に1台しかないような大型コンピュータで一日に数手程度計算しては、昔の郵便将棋のように、電話で次の手を伝え合って対戦し、一局が終わるのに数ヶ月かかっていたそうだ。
将棋とチェスの違いは、将棋は取った相手の駒を使えるため、最後まで利用できる駒数が減らないことだ。このため、チェスよりプログラムはかなり難しいとされている。チェスの場合、終盤では駒数が減るので、それを全てデータベースにして検索をかけている。一方、将棋はこの方法が使えないため、詰め探索という、詰将棋を解くプログラムを利用するようになっている。
将棋プログラムは80年代のパソコンやファミコンの登場で裾野が広がり、昨年の第1回電王戦では、将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖を破り、今年の第2回電脳戦では、5対5の対局で、プログラム側が3勝1負1引き分けというレベルに達した。また、レーティングによる棋力比較では、プログラムは今まさにプロ棋士最高レベルに到達していて、数年で凌駕するとも予測されている。その意味では、「名人に勝つ日はいつか」という本書の副題にある瞬間は、対局さえ行われればここ数年以内にやってくるだろう。
将棋のプログラムで画期的だったのは、2005年のBONANZAの登場だった。
当時の将棋プログラムの棋力は、プロと角落ちで互角程度だったが、当時カナダ在住の化学者で、将棋にはほとんど素人だった保木邦仁さんが、日本国内の事情をあまり知らずに、チェスプログラムを参考に作り上げたプログラムが、一段階レベルを上げる強さを見せつけた。
BONANZAの強さの秘密は、盤面の状況が有利か不利かを判断する評価関数に、過去の棋譜を機械学習させて取り込んだことにあった。それ以前のプログラムでは、評価関数はプログラマが独自に考えて決めたり、同じプログラムを対戦させて、より有利になった差し手を高評価にするというやり方だったため、これは大きな発想の転換になった。
また、以前のプログラムは最初に読むたくさんの手筋にランクをつけて、上位7割だけ読むというようなやり方をしていた。検索の負荷が大きいので、こういう切り捨てが常識となっていたのだが、これだと数手先に有利になる手が発見できなかった。これをBONANZAは初めのうちは全部読むというやり方を採用して、これも棋力の上昇に繋がった。
さらに、保木さんはBONANZAのプログラムをオープンソースとして公開し、今では上位のプログラムの全てが、このBONANZA方式を採用するようになっている。
BONANZAが採用した機械学習は、今、ビッグデータ界隈でホットな話題でもある。アマゾンのお奨め広告も、iPhoneの音声認識siriも、膨大なデータの機械学習によって、かつては考えられなかった高精度の情報サービスを可能にしている。もちろん、肝心なのは、どういうデータを、そんな方法で機械学習させるかだが、このやりかたは将棋プログラムを強くするという点でも有効だったわけだ。
一方、将棋プログラムと人間は、やはり全く違う思考方法を採用しているようで、プログラムの特性を深く理解すれば、勝つことも不可能ではないという。プログラムは高速にたくさんの手を読む事ができるが、盤面の可能性は指数関数的に増えるので、あまり深くまで読めず「地平線」が近い。そのため、後になって有利になるような手、最善手がいくつもあるぼんやりした手には対応できない。また、入玉するような珍しい手は、棋譜データが少なく良い評価関数が作れないらしい。
一方人間は、直感的に可能性を数手に絞って、そのラインで非常に深くまで読んでいける。地平線が遠いわけだ。
私見だが、この人間の特性は視覚イメージと似ているのではないかと思う。
人間の視覚イメージは、わずかに違う角度から見た二枚の二次元画像をもとに、脳が作りだしたイリュージョンだ。様々な現実の物体を見る事で学習され、物理的にはあり得る立体のほとんどを、想像することことすらできないよう神経回路が構成されている。その逆手を取ったのが、不可能立体だろう。
それと同様に、棋士はあり得ない手を不可能立体的に見る事ができず、それがかえって深読みを可能にしているのではないだろうか。
将棋やチェスのプログラムは、いったんは人間の知能の問題から離れたものになってはいるが、意外なところで接点が見つかり、今後もゲームを強くするという面白さのみならず、知能の謎についても、つかず離れず興味深いものであり続けるだろう。
◆『コンピュータvsプロ棋士 −名人に勝つ日はいつか』
岡嶋裕史 著/新書判/198頁/PHP研究所(PHP新書)
ISBN 978-4-569-79435-8(版元品切れ中)
http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-79435-8
「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2013
Shokabo-News No. 292(2013-9)に掲載
【鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記」
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