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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第11回 中核技術の解説から様々な事例の紹介まで

城田真琴 著『ビッグデータの衝撃』(東洋経済新報社、2012年)

 先週後半に発表された、理化学研究所、発生・再生科学総合研究センターの小保方晴子(おぼかた・はるこ)研究ユニットリーダーによるSTAP細胞の発見は、専門家領域のみならず、一般の人の間にも一大ブームを巻き起こしてしまったようだ。
 こういう瞬間沸騰型のブームは珍しいにしても、科学や技術の世界にも、流行といえるものが確かに存在している。
 ヒトは、群れで生きることを基盤に進化した動物だからだろう、多数が集まればお互いに空気を読みあって、なんとなく興味の方向が一致する傾向にある。同じような嗜好の者がクラスタを作るだけでなく、思考の方向づけも概ね揃ってしまう。学会や学会誌などを介して、なにが今、興味深いテーマなのか、どういうアプローチ方法が有望かが共有されて、探索空間はほぼ無限にあるはずなのに、限られた領域しか掘り進めなくなる。
 こういった「なんとなく合意」による流行は、その領域の精度を高める役目を果たしはするものの、ある程度時間が経過すると膠着して、そこからブレーク・スルーはまず出てこない。しかし、時にその種の空気をあまり読めないタイプの人が、セレンディップな幸運をつかむと、それまで大多数が盲いていた、未探索の可能性の世界が発掘され新たな流行へと繋がっていくわけだ。
 しかし、こういった専門家の中で醸される流行と、それが一般の人に紹介されて起きる流行とでは、同じ言葉を使っていても、概念内容にはズレというか、ニュアンスの違いが生じていることがしばしばある。
 例えば、「ビッグデータ」という言葉は、その良い例だろう。この言葉はすでに一般用語に近い感じで、様々なメディアで用いられている。その響きから、たぶん膨大な量のデータをどうにかするのだろうという推測は誰にでもできるのだが、果たして既存の統計分析などとどう違うのか、なぜ今この新しい言葉を使う必要があるのかなどは、メディアの記事を見ても今ひとつピンとこないのではないだろうか。色々な事例の紹介で目を引くものの、それの限界や本質についてはほとんど語られず、曖昧なままのことが多い。
 こういったテクニカル・タームの市井化による曖昧さの原因は、専門家間の静かな期待から、経済的というか投資対象としての興味へと、興味の質がシフトしたことによるのだろう。そのため、専門的な概念の本質が掴めていない、あるいはそれには関心の薄い人による紹介が増え、曖昧さが増していくのではないかと思う。
 『ビッグデータの衝撃』(城田真琴著、東洋経済新報社)は、ビッグデータ・ブームをその前史から俯瞰し、その中核技術の解説から、内外の多くの事例の紹介まで網羅的に取り上げられていて、全体像の把握に便利な一冊だ。
 ビッグデータとは、これまでの一般的な技術では管理の困難な、大量のデータ群のことをいう。なぜ管理困難かといえば、膨大な量、データの多様性、発生・更新頻度の高さが原因だ。従来の、データベースに数字として入力されたデータではなく、ネット上で時々刻々行われる膨大な数のクリックや、ソ−シャル・メディアでの人々の発言、GPSなどのセンサー・ネットワークで捉えられる人間行動など、とにかく膨大なデータとしては利用できる状態にあるのに、どう利用して良いか未知な部分が多いものが、ビッグデータというわけだ。
 これをうまく活用したのが、アマゾンの「おすすめ」や、フェイスブックの「知りあいかも」の的中率の高さや、アップルのSiriの音声認識率の高さだった。そして今、これら超巨大企業がやってのけたビッグデータ分析の活用が、ハードとソフトの技術進歩によって、誰でも比較的安価に扱えるようになりつつある。その期待が、今のビッグデータという流行語にオーラを与えているといえそうだ。
 私自身は、この種のビッグデータ利用に機械学習を使うようになったことが興味深いと思っている。コンピュータ将棋が機械学習によって人間を超える領域まで強くなったのとも関連して、ヒトが互いに空気を読みあって盲いてしまう探索領域を、これによって見出すことがあるかもしれない。もちろん、膨大なデータの何をどのように学習させるかが、最も本質的に難しい問題ではあるのだけれど。

 

◆『ビッグデータの衝撃
  城田真琴 著/312頁/定価1980円(本体1800円+税10%)/2012年6月発行/東洋経済新報社
  ISBN 978-4-492-58096-7
  http://store.toyokeizai.net/books/9784492580967/

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2014
Shokabo-News No. 296(2014-2)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


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