第12回 AI開発の現状と,未来の可能性に迫る?
小林雅一 著『クラウドからAIへ』(朝日新聞出版)
世界は今や、第三次AIブームらしい。
『クラウドからAIへ』を読んで、なるほどそういう事だったのかと気づかされた。
AIはかつて、「死んだ」と揶揄された分野だ。それは、1980年代の第五世代コンピュータ・プロジェクトが、結局実用的な応用に繋がらなかったことに由来する。しかし21世紀に入ってから、アメリカの産業界主導でAIは日常の中に浸透し、その成功が熱狂的なムーブメントを巻き起こしている。
日常の中のAIとは、たとえばグーグルの検索に使われたり、アマゾンのお奨め、iPhoneのsiriなどの技術のことだ。
音声認識は、ほんの10年くらい前までは、雑音のない静かな場所で、大人の声なら、なんとか認識するという程度だった。ところが、google音声アシスタントやsiriは、年齢性別を問わず誰の声も、かなりの雑音の中でさえ、高い精度で認識できる。
この驚きの性能向上を可能にしたのは、かつては困難だった莫大な音声データを、ネットを介して収集できるようになったこと、つまりビッグ・データの活用が可能になったことが大きい。また、以前の人工知能では、知的なルールを人間が考えて作り込むのが普通だったのだが、それを統計的な関係から導いたり、機械学習で創り出す手法が、想像以上に効果的なことがわかって、AIへの期待を大きく膨らませている。
ビッグデータを制するものが、AI利用ビジネスを制するという思惑からの巨大IT企業の動きや、どういう種類の技術に注目が集まっているか、さらには今は付加価値のあるかなり知的な労働さえも、遠からずAIに取って代わられるという予測など、この本には今のアメリカでの雰囲気が、様々な角度から紹介されていて面白い。
今は夢が膨らんでいる状態のようだが、その背景には、2020年代にはAIが人間の知能を超える「シンギュラリティ」がくると唱えるレイ・カーツワイルがグーグルにいることも大きいのだろう。
実際のAI技術の成功を見れば、アメリカでのこういった熱狂はなるほど理解できる。しかし、それでもこの新しいAIがシンギュラリティに直結するかといえば、個人的にはそうはならないだろうと思う。
もちろん、これによって従来では考えられなかった優れた技術や意外な応用が、いくつも登場するだろう。顔画像の認識は、すでに人間のレベルを超えているし、我々の日常をアシストしてくれる技術も、たくさん登場するはずだ。また、アマゾンという特殊な企業だから可能なロングテール・ビジネスのような、莫大なデータが集まる所での最適化、効率化などにも有効だとは思う。
しかし、機械学習は莫大なデータを放り込めば、何でも答えてくれる魔法の箱ではなくて、そこには限界がある。
ただ、その限界を熱狂の中で認識できなかったり、知っていてもあえて無視して投機的な動きをするのも人間の営みだ。そういったある意味で混乱を伴った活発な動きがどう転がっていくかは、なかなか楽しげで興味深い。
◆『クラウドからAIへ −アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』
小林雅一 著/新書判/248頁/定価858円(本体780円+税10%)/2013年7月発行/
朝日新聞出版(朝日新書)/ISBN 978-4-02-273515-7
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=15094
「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2014
Shokabo-News No. 300(2014-6)に掲載
【鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記」
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