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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第16回 作品中に含まれた天文学の断片を専門家の立場から読み解く

半田利弘 著『宇宙戦艦ヤマト2199でわかる天文学』(誠文堂新光社)

 1974年に初放送された『宇宙戦艦ヤマト』は日本のアニメ史上、独特の位置を占める作品だ。おそらく、このメルマガを読んでいただいている読者にも、ヤマトの物語や、あのテーマソングなどを、懐かしく思い出すかたがたくさんいらっしゃるだろうと思う。私にとっても、『宇宙戦艦ヤマト』は青年時代に夢中になった、忘れがたい作品の一つだ。
 これ以前のアニメは、どちらかといえば低年齢の子ども向けのものと考えられていた。
 しかし、『ヤマト』は、本格的なSF世界を舞台に、戦争と複雑な人間ドラマを描いて、青年層を含む幅広い世代にアニメファンがいることをはじめて世に示すことに成功した。今や世界に広がった、コミケなどに象徴されるおたくムーブメントも、この作品が起爆剤となって黎明期の躍進を遂げたといえるだろう。
 その『ヤマト』が、『宇宙戦艦ヤマト2199』として出渕裕監督のもとでリメイクされた。手前味噌ながら、私はそのSF考証を担当し、科学考証を受け持っていただいたのが、今回取り上げる『宇宙戦艦ヤマト2199でわかる天文学』の著者で、電波天文学が御専門の鹿児島大学の半田利弘教授だった。
 『宇宙戦艦ヤマト』は、地球から大マゼラン星雲までの壮大な旅の物語で、太陽系の諸惑星を含む様々な天体が舞台となっている。また、原作から40年の間に、天文学を含む科学も大きく進歩した。そこで、シナリオ段階から、作家のイメージを優先しながら、できる限り現代の科学の成果を盛り込むことで、作品のリアリティに厚みをつけることが、私の受け持つSF考証の役割だった。そして、半田さんには、定性的なレベルの私の考証を、より現実に近い形になるよう校正していただいた。
 たとえばヘリオポーズ[*1]に達して、太陽圏を離れようとするヤマトのクルー(乗組員)たちに、ガミラスの攻撃によって汚染され赤く変貌する以前の、青い地球の姿を見せたいと、脚本家の大野木さんから相談があった。そこで私は、もしそれだけの解像度の望遠鏡をつくるとしたら、光学的なVLBI[*2]しかないだろうと提案を行った。セリフとしては細かい説明のない、たった一言に過ぎないのだけれど、その背後には、現実の科学の外延としてのSFの裏付けがある。こういう仕掛けが『ヤマト2199』には随所に盛り込んである。
 本書は、その劇中に含まれた多くの現実の天文学の断片を、専門家の立場から読み解き復元して、フィクションと現実を区別して、わかりやすく解説したものだ。太陽系の惑星から外縁体EKBO(エッジワース-カイパーベルト天体)、系外惑星、ハビタブルゾーンなどなど、近年解き明かされつつ天文学の興味深い話題が語られている。また、たとえばヤマトの使った光学VLBIを現実につくるとしたら、実際どの程度の規模になるかという考察も本書で為されている。
 『ヤマト2199』をご覧になった方なら、あのセリフの背景には、こんな科学的事実があったのかと興味を持っていただけるだろうし、本書を読んで天文学の最新のトピックの数々に触れた方が、作中ではどう表現されていたかという興味も含めて、『宇宙戦艦ヤマト2199』をご覧になっていただけたとしたら、それもまた嬉しいと思う。

【編集部注】
*1 太陽風(太陽からのプラズマの流れ)は,遠く海王星を越えて外側へと拡がっていきますが,やがて星間空間起源のガスや磁場に遮られてしまいます.その境界のことをヘリオポーズといいます.
*2 はるか遠くから放射される電波を複数のアンテナで同時に受信し,その到達時刻の差を精密に計測する技術がVLBI(超長基線電波干渉法)です.


【今回紹介した書籍】

◆『イスカンダルへの航海で明かされる宇宙のしくみ 宇宙戦艦ヤマト2199でわかる天文学
  半田利弘 著/四六判/192頁/定価1540円(本体1400円+税10%)/2014年12月発行
  誠文堂新光社/ISBN 978-4-416-11478-0
  https://www.seibundo-shinkosha.net/book/astronomy/19652/

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2015
Shokabo-News No. 308(2015-2)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


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