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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

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第20回 生命とそれを育む星の最先端とこれから

阿部 豊 著・阿部彩子 解説『生命の星の条件を探る』(文藝春秋)

 1950年に発表された、A・E・ヴァン・ヴォークトの古典的なSF作品に『宇宙船ビーグル号の冒険』(東京創元社)という作品がある。
 この小説の主人公グローヴナーは、ネクシャリズムと呼ばれる(空想上の)総合科学の専門家だ。彼はその分野横断的な英知によって、宇宙で遭遇する様々な未知の生命体の謎を解明していく。実は私が物心ついてから、最初に夢中になったSF小説(ジュブナイル版のタイトルは『宇宙怪獣ゾーン』)がこの作品だった。
 学問は進歩すればするほど、深く、細分化していくものだ。その結果として、分野間の風通しが悪くなり、全体像としての自然は把握しにくくなる。
 1950年にネクシャリズムという分野が空想されたように、この種の認識、批判は、古くから繰り返し行われてきた。そして、細分化した分野を再統合しようという試みも、何度となく行われている。しかし、それを成し遂げるのは決して容易なことではない。
 今回紹介する『生命の星の条件を探る』は、その困難な作業に取り組み、着実に成果を上げつつある学問の、冒険に満ちた中間レポートだ。
 この本では、「生命が生まれる星の条件」という観点から、分子から天体まで、自然の階層を横断しながら、地球の成り立ちが描写されていく。
 生命が存在するためには、液体の水が必要だ。これはたぶん、科学に興味がある人ならたいてい知っている、現代の生物学の基本的な合意だろう。  しかし、なぜ液体の水なのか。
 それはまず、宇宙にある化学反応しやすい物質のうち、いちばん量が多い水素と、次に量が多い酸素の組み合わせだからだ。
 また、水分子には極性がある。つまり、分子の中の、電気的にプラスの重心と、マイナスの重心がずれている。このために、他の極性をもった分子を電気的に引きつけて、非常に良く溶かす。
 さらに水は、他の液体になる物質に比べて、高温まで液体だ。つまり、水溶液中でさまざまな化学反応が起きやすい。
 一方、極性を持たない油の分子は水に混じらず膜になって袋を作り、内部に様々な物質を閉じ込めて、薄まらないように化学反応を進行させる。
 液体の水が地表に存在する「水惑星」状態を保つためには、太陽からうけるエネルギーは重要だ。太陽からの放射が少なくなると、二酸化炭素が液体になり、温室効果が効かなくなって「全球凍結状態」に陥ってしまう。惑星上で水が液体であるためには、水蒸気以外の温室効果ガスの存在が重要で、炭酸ガスが適当な量保たれないといけない。
 その炭酸ガスは、炭酸塩が加熱されて起きる脱ガスによって生じる。脱ガスには、大陸地殻がマントルに沈み込む、プレートテクトニクスが必要だ。プレートテクトニクスがある惑星は、今のところ地球だけで、地球に似た岩石惑星の金星や火星にも存在しない。それは、液体の水の存在が影響すると考えられている……。
 こんな具合に、阿部氏の思考のプロセスを追うような記述は、必要なパズルピースがふさわしい場所に収まっていくようでとても理解しやすく、知的な快感に満ちている。
 生命とそれを育む星についての、最先端とこれからを知る、最高の一冊だと思う。


【今回紹介した書籍】

◆『生命の星の条件を探る
  阿部 豊 著・阿部彩子 解説/四六判/240頁/定価1540円(本体1400円+税10%)/
  2015年8月刊行/文藝春秋/ISBN 978-4-16-390322-4
  http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163903224

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2015
Shokabo-News No. 317(2015-10臨時)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


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