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雑誌「生物の科学 遺伝」別冊12号 『地球の進化・生命の進化』
特集にあたって

大路樹生

 本特集「地球の進化・生命の進化」は,『生物の科学 遺伝』の別冊としては,かなり地球科学寄りの内容となっている.今まで地球科学と生物科学は共に,「地球」という舞台で繰り広げられたさまざまな現象を直接,間接に扱ってきた.にもかかわらず,歴史的には両者の関係は薄く,手を取り合って協力しあうことは比較的まれであった.しかし最近,この状況は変わりつつある.地球を長い時間軸で眺め,地球自体の進化,すなわち地球表層環境の変遷と,その中に生きてきた生命の進化を考えるとき,この地球科学と生物科学の二つの科学は別個に考えるものではなく,両者がともにかかわる分野や境界領域的な分野が多く存在していること,そして両者が協力して新たな分野を開拓する必要のあることがわかってきたのである.

 生物学分野では,分子生物学の発展と共に,多くの現象が理解されつつある.その中の一つが,生物の系統関係を明らかにすることである.この分子情報を用いた系統関係の復元によって,化石記録にほとんど残らないような太古の生命の起源,分化に関する情報が得られ,大きな系統関係の構築,およびその分化の時期が議論されるようになった.さらに形態の基本的な体制を決める遺伝子が研究され,大きく異なる分類群の動物間にみられる形質が同様な遺伝子群でコントロールされている例が知られるようになってきている.これらは,生物科学分野でも長いタイムスパンを扱って生物進化をみるようになってきた例と言えるだろう.

 一方地球科学分野では,当初から長いタイムスパンで物事を考えることが得意であった.たとえば,化石記録に基づいて地質時代の生物が,どのようなパターンとプロセスで進化してきたのか,を明らかにできたのは地球科学の地道なデータの蓄積によるところが大きい.また古生物学が地球科学の中に含まれていることにより,より地球環境との相互作用を考える傾向が強かった.それに加え,最近の大きな進歩は,それまで化石記録がほとんどなく,情報の少なかった先カンブリア時代の出来事がいろいろ明らかになってきたことであろう.化石の記録はいまや35億年前までさかのぼっている.また化石自体の記録に加えて,化石に残らないけれど,種々の化学的な分析,例えば過去の地層に残された,生物由来の有機物(有機炭化水素)の種類を分析することで,それがどのような種類の生物から由来したのか,というようなこともわかるようになってきた.それによって,化石自体が見つからなくても,真核生物の由来が,化石の見つかるよりはるかに古い時代に起こっていた,ということも例えば明らかになりつつある.

 このように生物科学,地球科学ともに地球史のかなり初期の時代に踏み込んで,エキサイティングな新知識をもたらしているのが現状である.長い時間軸で生命進化を両者が考えるようになればなるほど,両方の目指している目標はますますお互いに接近しているように思われる.初期生命の誕生,進化,地球環境の変化は,攻め方は違ってもどちらにとっても重要なテーマなのである.そして生命進化と地球環境の変遷は,お互いに切っても切れない,共進化的なものであることがわかってきている.この特集でも,北里氏の「はじめに」で取りあげられた「地球生命科学」や,川上・大野両氏を含めた全地球史解読計画の研究者たちが提唱する「地球―生命共生体」という概念も,この両者が両輪となって地球と生命を理解していこう,ということが基本となっている.

 これから,ますます地球科学的な見方が生物の進化を考えるうえで重要になってくるし,また地球環境を理解するうえで,生物の果たしてきた役割がますます重要視されいてくるだろう.本特集が地球科学と生物科学の両分野から最新の知識を提供しつつ,これからの両者の架け橋となることを望んでいる.

(おおじ たつお,東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻)



         

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