(2003.2.5更新)
2002年のノーベル賞は史上初の日本人ダブル受賞に沸きました.
かたや長年有力候補と言われ続けた基礎科学の大御所,一方は最先端技術を追求する少壮のダークホース,加えてテレビなど通して拝見するお人柄など,いろいろな意味で対照的なお二人でした.ここでは,これまたビッグ・ネームの受賞で話題をまいた生理学・医学賞も含め,2002年の自然科学系ノーベル賞の受賞内容と,関連サイトをご紹介します.
●ノーベル賞関連サイト(全体)
・小柴氏・田中氏 ノーベル賞受賞記念コーナー(10/26〜12/15,国立科学博物館みどり館)(終了)
【新聞社による特集サイト】
・特集ノーベル賞(朝日新聞)
・ニュース特集 ノーベル賞W受賞(読売新聞)
・ノーベル物理学賞受賞(毎日新聞) ・ノーベル化学賞受賞(毎日新聞)
・特集:2002年ノーベル賞(日本経済新聞)【雑誌による特集記事など】
・雑誌 『日経サイエンス』
2003年2月号 「ノーベル化学賞 田中耕一 島津製作所フェローに聞く」
2003年1月号 「ノーベル物理学賞 小柴昌俊 東京大学名誉教授に聞く」
2002年12月号 「2002年ノーベル賞 小柴昌俊氏/田中耕一氏 同時受賞」・雑誌 『Newton』
2003年3月号 Newton Special:小柴昌俊博士・田中耕一フェロー ノーベル賞の軌跡
2003年1月号 「特別インタビュー ノーベル物理学賞 小柴昌俊 東京大学名誉教授に聞く/ノーベル化学賞 田中耕一 島津製作所フェローに聞く」・雑誌 『パリティ』
2002年12月号 「特集:ノーベル賞」
臨時増刊号 『ニュートリノ』 定価1540円(本体1400円+税10%)・雑誌 『子供の科学』2002年12月号
特集:日本人がノーベル賞をダブル受賞
<物理学賞>
●受賞者
・小柴昌俊(日本)
・レイモンド・デービス Jr.(Raymond Davis Jr.,アメリカ)
・リカルド・ジャコーニ(Riccardo Giacconi,アメリカ)●受賞内容
物理学賞は,新しい天文学を切り拓いたという業績に対して贈られました.
一つは,検出が極めて難しいニュートリノという素粒子を,太陽ニュートリノや超新星爆発によるニュートリノとして検出して,ニュートリノ天文学という新しい分野を開拓したということ.そしてもう一つは,太陽系の外からのX線を初めて検出し,X線天文学の基礎を築いたという業績が評価されてのことです.デービス博士は,鉱山の地下におよそ600トンの四塩化エチレンを満たした観測装置を設置し,太陽からやって来るニュートリノを検出しました(1969年).これによって,太陽の内部では核融合が起こっていることを証明しました.さらに,太陽からやって来るニュートリノの量が,理論で予想される量の3分の1しかないという結果を発表しました.
小柴博士はデービス博士の発表を受け,それを確認するために,最初は陽子崩壊を確かめる目的で作った観測施設カミオカンデを,ニュートリノの検出という用途に切り替えました.そして,このカミオカンデによってデービス博士の結果の確認に成功するとともに,1987年には,大マゼラン星雲で起きた超新星爆発によって地球にやって来た大量のニュートリノのうち,11個を捕らえることに成功しました.カミオカンデでは,ニュートリノがどの方角からどのくらいのエネルギーを持ってやって来たかを正確に検出することに成功し,ニュートリノによって宇宙を観測するという,ニュートリノ天文学を開拓しました.
ジャコーニ博士は,X線天文学の分野の開拓者です.従来の天文学は光や電波によって天体の観測をしていました.X線の観測によって,これまで見えていなかった天体の物理現象を観測することができるようになったのです.ジャコーニ博士は数々の宇宙X線源を検出し,中性子星やブラックホールを含んでいると考えられているX線源の検出に成功しました.
●小柴昌俊博士の著書
『ニュートリノ天体物理学入門』 講談社ブルーバックス,定価990円(本体900円+税10%)
『ようこそニュートリノ天体物理学へ』 海鳴社,定価572円(本体520円+税10%)
『心に夢のタマゴを持とう』 講談社文庫,定価440円(本体400円+税10%).
『物理屋になりたかったんだよ −ノーベル物理学賞への軌跡−』 朝日選書,定価1100円(本体1000円+税10%)
『やれば、できる。』 新潮社,定価1320円(本体1200円+税10%)
●物理学賞関連サイト
・カミオカンデの目(光電子増倍管)を開発した浜松フォトニクス
<化学賞>
●受賞者
・ジョン・B.フェン(John B. Fenn ,アメリカ)
・田中耕一(日本)
・カート・ビュートリッヒ(Kurt Wuthrich ,スイス)●受賞内容
化学賞の内容は「質量分析」と「核磁気共鳴」の二つに大きく分けられます.
いずれも,生体高分子の捕捉のために欠かせない技術で,ことに,これからの生命科学にとって最大のテーマの一つとなるプロテオミクス(ゲノミクスをもじった言葉で,タンパク質の構造や生体内での挙動などをトータルに解析しようという動き)には決定的な役割を果たす分野です.フェン博士は,ポリエチレングリコールを使った研究で,大きく帯電した巨大な分子を操作できる方法を開発しました.さらに,中規模のタンパク質全体についても同じ方法が有効であることを示しました.その方法は「エレクトロスプレーイオン化」と呼ばれ,イオンの解放は電場によって試料を噴霧することによってなされます.結果として帯電した滴が生成し,この滴から水が蒸発するに従って,むき出しのタンパク質が浮遊するようになり,通常の質量分析計で分析することが可能になるのです.
田中氏は,「ソフトレーザー脱着」により,タンパク質分子をイオン化できることを示しました.レーザーパルスが試料にあたると,レーザーのエネルギーをうけとった試料は小さい断片に破壊され,そのまま浮遊する分子イオンになり,質量分析が可能になります.これは,レーザー工学を高分子化学に応用してみせた初めての例です.
ビュートリッヒ博士は,核磁気共鳴(NMR)がタンパク質に有効であることを初めて示しました.
NMRは,物質の三次元構造を解析する方法の一つで,物質を強力な磁場に置くと,その物質に含まれる原子核が特有の振動数の電波を吸収する性質を利用したものです.開発された当初は,小さな分子については有効でも,大きな分子ではいろいろな原子核の共鳴を区別することができませんでした.
ビュートリッヒ博士は,大きなタンパク質について,水素原子の個々のNMRの信号を組み合わせる方法を開発し,NMRによってタンパク質の構造を決定することを可能にしたのです.これらの成果は,新薬の開発やがんの早期発見など,医学・薬学などの身近な分野でも大きな威力を発揮することが期待されています.
●化学賞関連サイト
・日本分析化学会
(「ぶんせき」に掲載された田中氏自身によるマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法の解説)『田中耕一という生き方』 黒田龍彦著,大和書房,定価1650円(本体1500円+税10%)
・雑誌 『化学』2003年1月号 特集:田中耕一氏ノーベル化学賞受賞
・雑誌 『現代化学』2003年1月号 2002年ノーベル化学賞
<生理学・医学賞>
●受賞者
・シドニー・ブレンナー(Sydney Brenner,イギリス)
・ロバート・ホロウィッツ(H. Robert Horvitz アメリカ)
・ジョン・サルストン(John E. Sulston,イギリス)●受賞内容
生理学・医学賞は,生物体の器官形成と,プログラムされた細胞死における遺伝的制御の解明に貢献した3名の研究者に授与されました.
生物の体は,一つの受精卵から派生した数多くの種類の細胞からできています.発生の段階を通して細胞はそれぞれの組織や器官の一部へと分化していきます.一方で,器官が形成するには遺伝的にプログラムされた細胞の死が正常に起こることも重要で,たとえば指は,指と指の間の細胞が発生の途中で死ぬ(細胞死を起こす;その際の細胞死の機構をアポトーシスといいます)ことによって形成されるのです.
これらの研究は発生学・遺伝学への重要な貢献であると同時に,医学の分野にも多大な影響を及ぼすことが期待されます.ブレンナー博士は,センチュウ(Caenorhabditis elegans;通称シー・エレガンス)という動物に目をつけ,新しい可能性を秘めたモデル生物として確立しました.センチュウは簡単な体制をもつ多細胞動物で,ライフサイクル(生活環)が短く,体が透明なので顕微鏡下で細胞分裂を追跡できるなど,モデル生物として数々の利点をもっています.センチュウ研究者のグループはお互いに密な関係を保つことによって研究の進展を速め,いまや生物科学の一大勢力となっており,このあたりにもリーダーであるブレンナー博士の慧眼を窺うことができます.
サルストン博士は,センチュウを使ってすべての細胞の分化を1個の受精卵から959個の細胞をもった成体まで調べる技術を開発し,センチュウの細胞系統を明らかにしました.サルストン博士は,細胞系統の中で特定の細胞が遺伝的にプログラムされた細胞死によっていつも死ぬこと,これが生きたセンチュウで観察できることを示したのです.
ホロウィッツ博士は,ブレンナー,サルストン両博士のセンチュウの仕事を引き継ぎ,センチュウの細胞死を制御している遺伝子を突き止めました.それら遺伝子グループは相互に作用して,細胞死を引き起こしたり,逆に細胞死を防ぐ場合もあることがわかりました.また,われわれヒトにもセンチュウの細胞死を制御する遺伝子のホモログ(対応する遺伝子)が存在することを明らかにし,医学への応用の可能性を広げたのです.
(ノーベル生理学・医学賞については,雑誌 『生物の科学 遺伝』 2003年1月号のトピックスで,ブレンナー博士の直弟子である岡山大学の香川弘昭博士に詳しく解説していただいています.)
●生理学・医学賞関連サイト
自然科学書出版 裳華房 SHOKABO Co., Ltd.