☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
Shokabo-News No.280 2012/10/30
裳華房メールマガジン 10月号
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 今回のご案内 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇ 新刊
『演習でクリア フレッシュマン有機化学』『相対論的量子力学』
◇ 近刊(11〜12月刊行予定)
『物理学講義 力学』『工科系のための 解析力学』『メディカル化学』
◇ 松浦晋也の“読書ノート”(4)
「頑固提督による原子力技術のターニングポイント」
◇ 裳華房の“古書”探訪 (7)
田中義麿 著『科学論文の書き方』(第2回全訂版 昭和28年)
◇ 売上げランキング(数学分野,化学分野)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Shokabo-News 会員の皆様 こんにちは m(_ _)m
リニューアルした Shokabo-News の第7号をお届けします.
前回にご案内した通り,今月より「量子力学選書」の刊行を開始しました.
https://www.shokabo.co.jp/series/315_quantum.html
学部レベルで学ぶ量子力学の知識と,専門分野で最新の論文を読解できる知
識との間を結ぶことを目的に刊行するもので,『経路積分』や『場の理論』な
ど全8巻を予定しています(シリーズ詳細は上記URL参照).
第一弾として,川村嘉春著『相対論的量子力学』を本日刊行しました.
詳しくは,今回の「新刊案内」をご参照ください.
また,「近刊案内」では11月刊行予定の物理学の教科書2点および12月刊行
予定の医療系向きの化学の教科書をご紹介します.
連載第4回目となる「松浦晋也の読書ノート」はヴィボニー&デイヴィス著
『暗黒水域』を,また「裳華房の“古書”探訪」では田中義麿著『科学論文の
書き方』(昭和28年 第2回全訂版)をご紹介します.
今後も Shokabo-News をご愛読のほど,よろしくお願いいたします.また,
ご意見・ご感想を m-list@shokabo.co.jp までお寄せいただければ幸いです.
(Twitterをお使いの方はアカウント @shokabo まで)
★ お知らせ ★
1.「大学・短大・高専用教科書のご案内」
https://www.shokabo.co.jp/text.html
2.[生物分野の教科書など]図表ファイルがダウンロードできます.
https://www.shokabo.co.jp/textbook/text-tm.html#bio
3.出版社共同企画「期間限定 第19回謝恩価格本フェア」に参加しています.
(インターネットでの取り扱いのみ.12/17まで)
http://www.bargainbook.jp/
4.数学系の編集者(中途採用・経験者)を募集しています.
https://www.shokabo.co.jp/recruitment2012.html
5.「裳華房 出版原稿受付窓口」
https://www.shokabo.co.jp/scripts.html
───────────────────────────────────
【裳華房 新刊一覧】 https://www.shokabo.co.jp/book_news.html
【ご購入のご案内】 https://www.shokabo.co.jp/order.html
───────────────────────────────────
★★★★★★★★★★★★★★ 新 刊 案 内 ★★★★★★★★★★★★★★★
◆ 『演習でクリア フレッシュマン有機化学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3090-3.htm
小林啓二 著/B5判/212頁/2色刷/定価2940円(税込)/裳華房/
ISBN978-4-7853-3090-3
分子構造論の初歩から基礎的な有機反応まで,最も重要な題材を精選し,じ
っくりと丁寧に解説.ポイント・ポイントに織り込まれた数多くの演習問題に
取り組むことによって,自らの到達度を確認しながら効率的に学習を進めるこ
とができる.巻末には演習問題の詳細な解答(および解説)も付いている.
【主要目次】1.有機化合物の体系と種類/2.価電子と共有結合/3.混成軌
道/4.立体配座と立体配置/5.結合の極性と共鳴/6.アルカンとシクロア
ルカン/7.アルケンとアルキン/8.ベンゼンの構造と芳香族炭化水素/9.
鏡像異性体/10.ハロゲン化合物/11.アルコールとエーテル/12.芳香環に
置換した官能基/13.カルボニル化合物/14.カルボン酸とその誘導体/15.
アミンと窒素化合物
◇◇◇ 新シリーズ 刊行開始! ◇◇◇
◆ 『量子力学選書 相対論的量子力学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2510-7.htm
川村嘉春 著/A5判/368頁/定価4830円(税込)/裳華房/
ISBN978-4-7853-2510-7
特殊相対性理論と量子力学が融合された理論──相対論的量子力学の入門書.
前半では,ディラック方程式の構造と特徴を中心に解説.後半では,相対論的
量子力学の検証,とくに荷電粒子と光子の絡んださまざまな散乱過程と,高次
の量子補正について考察する.
【主要目次】第I部 相対論的量子力学の構造(1.ディラック方程式の導出/
2.ディラック方程式のローレンツ共変性/3.γ行列に関する基本定理,カイ
ラル表示/4.ディラック方程式の解/5.ディラック方程式の非相対論的極限
/6.水素原子/7.空孔理論) 第II部 相対論的量子力学の検証(8.伝搬
理論−非相対論的電子−/9.伝搬理論−相対論的電子−/10.因果律,相対
論的共変性/11.クーロン散乱/12.コンプトン散乱/13.電子・電子散乱と
電子・陽電子散乱/14.高次補正−その1−/15.高次補正−その2−) 付録
★★★★★★★★ 近 刊 案 内 (11〜12月刊行予定!)★★★★★★★★★★
◎11月下旬刊行◎
◆ 『物理学講義 力学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2239-7.htm
松下 貢 著/A5判/236頁/2色刷/定価2415円(税込)/裳華房/
ISBN978-4-7853-2239-7
理工系学部の1年生向けの半期用教科書として,力学の本質をわかりやすく
解説.学習者の理解を高めるために,各章の冒頭には学習目標を提示し,章末
には学習内容を確認できるポイントチェックのコーナーを設け,また問題解答
にはフィードバックを示すなど,随所に工夫を凝らした.
◆ 『工科系のための 解析力学』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2240-3.htm
河辺哲次 著/A5判/216頁/定価2520円(税込)/裳華房/
ISBN978-4-7853-2240-3
工科系の学生にとって役立つ“解析力学”を目指して書かれた教科書.工学
部の解析力学では,量子力学への繋がりも大切であるが,解析力学を道具とし
て使いこなし,如何に工学的な問題にアプローチするかがより重視される.そ
こで本書は,1〜3章では解析力学の基礎知識の解説を,4〜5章では具体的
かつ基本的な工学的問題へのアプローチとしての演習を中心にした.
◎12月上旬刊行◎
◆ 『メディカル化学 −医歯薬系のための基礎化学−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3091-0.htm
齋藤勝裕・太田好次・山倉文幸・八代耕児・馬場 猛 共著
B5判/272頁/2色刷/定価3360円(税込)/裳華房/
ISBN978-4-7853-3091-0
医師・歯科医師,薬剤師等を目指す大学1年生を対象とした,通年用の基礎
化学教科書.初学者に向けた化学全般のきわめて平明な解説に加え,専門課程
で学習する有機化学・生化学につなぐための有機化学反応や有機化合物および
さまざまな生体分子の解説,医療現場で役立つ知識も満載した.
───────────────────────────────────
【裳華房 分野別書籍一覧】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/0000.html
【正誤表などサポート情報】 https://www.shokabo.co.jp/support/
───────────────────────────────────
★★★★★★ 【新連載】松浦晋也の“読書ノート” (第4回) ★★★★★★
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司
さんに,お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます.
今月号のご担当は松浦晋也さんです.
・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇ 頑固提督による原子力技術のターニングポイント ◇
◆『暗黒水域 知られざる原潜NR-1』
(リー・ヴィボニー&ドン・デイヴィス 著,文藝春秋)
本連載第2回の最後で、原子炉開発の歴史には2人のキーパーソンが登場す
ると書いた。一人はアメリカ海軍で原子力潜水艦と原子力空母の開発に執念を
燃やしたハイマン・リッコーヴァー(1900〜1986)、もうひとりは原子力工学
の研究者で、アメリカの原子炉研究の中枢であるオークリッジ国立研究所の所
長を長年勤めたアルヴィン・ワインバーグ(1915〜2006)。海軍のリッコーヴ
ァーの求めに応じて、ワインバーグが船舶動力用に提案したのが、現在原子力
発電所で大々的に使われている加圧水型(PWR)という原子炉型式である。
今回は、この一方の人物、リッコーヴァーの話だ。調べるほどに面白いとい
うか、困った人というか、ともあれリッコーヴァーがいなければ、世界の原子
力利用は現在とはよほど違ったものになっていただろう。
リッコーヴァーはロシア系ユダヤ人で、1905年に両親と共にアメリカに移住
している。おそらくは本人は優秀だったが、十分な学資を準備できる家庭では
なかったということなのであろう、海軍兵学校に進学。アメリカ海軍の機関科
士官として、駆逐艦や戦艦、掃海艇などに勤務。その傍らコロンビア大学で電
気工学の理学修士を取得している。勤務の過程で彼は潜水艦に興味を持ち、海
軍潜水艦学校を経て、潜水艦乗りとなった。1929年から33年にかけて、米海軍
S級潜水艦「S-9」と「S-48」に勤務。共に第一次世界大戦終了直後に就役した
ロートル潜水艦で、運航中のトラブルも多かった。そこでリッコーヴァーは徹
底したトラブル対策をとって高く評価された。
このあたりから、彼の生涯を特徴付ける粘着気質と完璧主義、さらには完璧
を他人に要求する高圧的かつ強圧的な対人関係が目立ってくる。自分だけでは
なく、他人にも完璧を求め、結果が得られないと地位を利用して叱りつけ、怒
鳴り上げ、時には脅迫的な発言もためらわない。当然部下からは恐れられるも
のの敬愛されることもないから、閉鎖された人間関係の艦艇の長には不適格だ。
結局彼は船を下り、軍官僚としての道を歩むことになった。
第二次世界大戦中は電子部品調達を担当し、持ち前の完璧主義と納入業者を
恫喝するテクニックとで、不良品率を激減させた。1942年に大佐に昇進。米軍
の日本本土侵攻作戦の物資調達を担当することになったところで日本が降伏し
て戦争が終結した。
物資調達で成果を上げた人望のない45歳の技術系大佐――佐官から将官へは、
昇進に大きなハードルが存在する。年齢的にはそろそろ早期退職が目の前にち
らつく時期だ。戦争で華々しい戦歴を持つ同僚が多い中で、リッコーヴァーの
未来への展望は地味なものだった。早期退職してどこかのメーカーに再就職す
るか、定年まで大佐で勤め上げて年金暮らしに入るか。ところが翌1946年、状
況は一変するのである。
1946年、米海軍は原子力をエネルギー源として軍事に適用できるかを研究す
るために、マンハッタン計画で設立されたクリントン研究所(現オークリッジ
国立研究所)に技術士官を派遣することにした。リッコーヴァーはこれに志願
し、原子力エネルギーが海軍力を大きく増強する可能性に気がついた。
それまでの潜水艦は、ディーゼルエンジンを動力としていた。ディーゼルエ
ンジンで発電機を回してバッテリーに蓄電し、潜航中はバッテリー駆動のモー
ターを使用する。バッテリーが尽きれば浮上して充電しなくてはならない。し
かし、原子力を動力とする潜水艦を建造すればいつまでも潜航し続けることが
できるではないか。それは敵に位置を知られることなく海中を移動し、必要と
するタイミングで敵を攻撃することができるということだ――この考えに取り
憑かれたリッコーヴァーは、持ち前の粘りで原子力潜水艦の開発に邁進した。
人望のない彼は海軍艦船局で孤立するかに思われたが、思わぬ味方が現れた。
第二次世界大戦、太平洋戦線で艦隊を指揮した“海軍の英雄”チェスター・W
・ニミッツ(1885〜1960)が彼の考えを支持したのだ。この時期ニミッツは海
軍における制服組の最高位である海軍作戦部長を務めていた。
ニミッツの支持を得て、1948年1月には艦船局に核動力部が新設され、リッ
コーヴァーが責任者となった。この動きに対して、米政府で原子力政策を統括
するアメリカ原子力委員会は懐疑的かつ冷淡だった。この時期、アメリカが本
格運用していた大型原子炉は、マンハッタン計画で核兵器用プルトニウムを生
産するためにワシントン州リッチランドのハンフォード・サイトに建設した
「ハンフォード炉」だけだった(1944年稼働の「ハンフォードB炉」に始まり、
1963年稼働の「ハンフォードN炉」まで、9基が建設された)。燃料は天然ウ
ラン、黒鉛で中性子減速を行い、軽水で冷却する原子炉である。艦船に搭載で
きるほど小型で安全性の高い、実用的な原子炉の開発には長期間かかるであろ
うというのが、原子力委員会の判断だった。
実際、リッコーヴァーが、これほどまでに粘着気質かつ完璧主義で、誰彼構
わず脅し上げて働かせるテクニックに長けていなければ、船舶用原子炉の開発
はずっと遅れていただろう。その後、民間用原子力船は実用化に失敗したこと
から考えると、「原子力動力は高コストで艦船には不向き」ということになっ
て、軍用であっても原子力艦船が実用化することはなかったかも知れない。し
かし、働く場を得たリッコーヴァーはすべての障害をはね飛ばし、原子力潜水
艦の開発に向けて突進した。1949年にはアメリカ原子力委員会も彼の主張を認
め、委員会内に海軍反応炉部を新設し、責任者にリッコーヴァーを任命した。
原子力艦艇の軍事的可能性に気がつき、実現を推進したことでリッコーヴァ
ーは1952年に少将に昇進した。それだけではなく、彼は海軍における神聖にし
て犯すべきではない聖域となっていった。海軍における彼の職分は原子力艦艇
開発の責任者(海軍艦船局動力部長)だったが、同時に彼はアメリカ原子力委
員会の海軍原子力艦艇開発の責任者(アメリカ原子力委員会海軍反応炉部長)
でもあった。監督される者が監督する側でもあったわけだ。時には原子力委員
会の責任者として海軍に対して自分の言い分を通し、時には海軍の責任者とし
て原子力委員会の方針に異を唱え――二つの立場を巧妙に使い分けて、彼はま
すます原子力動力の開発を加速していった。
リッコーヴァーの監督の下、2隻の潜水艦が建造された。ワインバーグが提
案したPWRを搭載した原子力潜水艦「ノーチラス(SSN-571)」、そして液体ナト
リウムを減速材とする溶融金属冷却型原子炉を搭載した「シーウルフ(SSN-575)」
だ。成功の見込みが読めない新規技術だったので、方式の異なる原子炉2種類
を同時に開発したのである。シーウルフに搭載した溶融金属冷却型原子炉は取
り扱いが難しく、トラブルも多かった。が、ノーチラスの動力となったPWRは
成功した。1954年9月30日に就役したノーチラスは1955年1月17日、史上初の原
子力動力のみを使った航行に成功した。 1958年8月には、太平洋からグリーン
ランドへと潜航状態での北極海横断を実施、8月3日には北極点通過に成功した。
ノーチラスの成功により、米海軍は原子力潜水艦艦隊の建造に着手、さらに
は原子力空母の建造へと進んだ。その過程で、船舶用に考案されたPWRは陸上の
発電用に転用された。1958年にはアメリカ初の原子力発電所であるシッピング
ポート原子力発電所が稼働を開始した。実はシッピングポートの原子炉は、原
子力空母用原子炉のプロトタイプも兼ねており、リッコーヴァーは、アメリカ
原子力委員会の責任者としてシッピングポート原発の建設を指揮した。
PWRの考案者であるワインバーグは、PWRは船舶向けではあるが大型発電所向
けには最適ではないと主張したが、船舶用原子炉の開発を急ぐリッコーヴァー
は聞く耳を持たなかった。これは全世界の運命の分かれ目とも言うべき判断だ
った。あくまでPWRの開発を進めたリッコーヴァーがいたために、全世界の原発
の大多数がPWRとなったのである。それは、PWRが発電用に最適だからではなく、
粘着気質のリッコーヴァーが海軍原子力艦艇の開発に突進した結果だった。
さて、今回紹介する『暗黒水域』の主役である原子力潜水艦NR-1だ。1963年
4月10日、米海軍原子力潜水艦「スレッシャー」(SSN-593)が沈没し、乗組員
129名が死亡する大事故が発生した。この事故を契機に、深海からの人命救助が
真剣に検討されることになり、世界各国で深海救難艇(DSRV)の開発が始まっ
た。が、リッコーヴァーはスレッシャーの事故を予算獲得の好機と受け取った。
通常の潜水艦より遙かに深い深海で長期間行動する特殊作戦用の原子力潜水艦
――ここでもリッコーヴァーはありとあらゆる手練手管を使って予算を獲得し、
この特異な潜水艦の建造を進めた。相次ぐ計画遅延と予算超過をものともせず、
リッコーヴァーはNR-1に予算を注ぎ込み続けた。
直径3.8m、全長45m、排水量409トンと小型で、艦底には海底を這って移動す
るためのタイヤが装備されている。艦の前部には海底を直接見るための強力な
サーチライトと窓があり、装備したマニピュレーターアームで外部の物体を拾
い上げることもできる。最大潜航深度は、今もなお秘密だ。
NR-1は1969年10月27日に就役した。表向きの用途は「探査、物体回収、地質
調査、海洋学的調査、海底設備設置とメンテナンス」となっているが、冷戦時
のアメリカが諜報用途でNR-1を重宝したことはすぐに分かるだろう。ソ連原潜
監視用の海底ソナーの敷設、海底ケーブルへの盗聴用タッピング、沈没ソ連原
潜の調査と回収、事故により海底に没した西側最新兵器の回収などなど。原著
が2003年刊行なので、すべてが描かれているわけではないが、本書にはNR-1が
冷戦下で実施した作戦の一部が記述されてる。1986年には、空中爆発事故を起
こしてフロリダ沖の海中に没したスペースシャトル「チャレンジャー」の残骸
捜索にも出動している。
同時に特筆すべきは「海洋学的調査」だ。NR-1には何人もの海洋地質学者
(当然、アメリカ国籍を持つ者に限定されていたのだろう)が搭乗し、NR-1に
しか出来ない長期かつ広範囲な海底の地質調査を行った。
米海軍には功績があった者の定年を延長する制度がある。リッコーヴァーは、
おそらくは根回しと恫喝とを使い分けてこの制度を自分に適用し、定年後も海
軍原子力関連の重鎮として勤務し続けた。その海軍勤務は64年の長きに及んだ。
1981年、81歳の老害と化した彼に引導を渡したのは、ジョン・レーマン海軍長
官(この時38歳)とロナルド・レーガン米大統領(同70歳)だった。
その日、ホワイトハウスの大統領執務室で、リッコーヴァーは声の限りに大
統領を罵倒した。
「大統領、この小便たれ(松浦注:レーマン長官のこと)には海軍のことな
ど何ひとつ分かっておらん!」(本書p.318)
「君は、それでも男かね」と彼はアメリカ大統領を面罵した。「自分ではな
にひとつ決められんのか」そして自分を高齢というなら大統領も似たような
ものではないかとうそぶき、こうつけくわえた。「世間では、君は耄碌して
おる、この仕事はもうつとまらんと言っておるな」(本書p.319)
レーマンもレーガンも老人に対して穏やかな態度を崩さなかったが、一歩も
引かなかった。1982年1月31日、82歳の誕生日直後にリッコーヴァーは失意のう
ちに海軍を去った。米海軍は、ロサンゼルス級原子力潜水艦の22番艦を「ハイ
マン・G・リッコーヴァー」と命名し、彼の功績を称えた。
それが彼の心に届いたかどうか。リッコーヴァーは1986年に86歳でこの世を
去った。
通常、原子力潜水艦の耐用年数は30年といわれる。しかしNR-1は就役から30
年を超えてもなお現役であり続けた。他に代わりとなる艦艇が存在しなかった
からだ。何度も後継艦建造の計画は浮かび上がったものの、実現することはな
かった。ひょっとするとリッコーヴァーのような狷介さなくして、このような
特殊な艦船の開発はできないのかも知れない。周囲の“常識”が、開発の芽を
潰してしまうのだ。NR-1は40年使われ続け、2009年11月21日に退役した。
今、本書を読み直すと、特に科学探査の分野におけるNR-1の実績が心に沁み
る。NR-1のような長期間潜航可能で運動性に優れた深海探査艇があれば、東日
本大震災を起こした海底断層の詳細調査が可能かも知れない。今、もっともNR
-1を必要とするのは、東日本大震災後の日本なのではないか。
ちなみに、現在日本は大深度有人潜水調査船「しんかい6500」を保有してい
るが、1990年の就役以来すでに22年が過ぎている。後継の有人調査船は今のと
ころ構想も存在しない。
◆『暗黒水域 知られざる原潜NR-1』
リー・ヴィボニー&ドン・デイヴィス著/三宅真理訳/四六判/336頁/
定価2500円(税込み)/2004年1月発行/ISBN9784163656205/
文藝春秋 (版元品切れ中)
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163656205
【松浦晋也さんのプロフィール】
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Online に「人と
技術と情報の界面を探る」を連載中.主著に『われらの有人宇宙船』『増補
スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『コダワリ人のおもちゃ箱』など
がある.ブログ「松浦晋也のL/D」 http://smatsu.air-nifty.com/
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2012
次号は鹿野 司さんにご執筆いただきます.どうぞお楽しみに!
※本コラムは本メール配信約1か月後を目安に裳華房Webサイトに掲載します.
https://www.shokabo.co.jp/column/
★★★★★★ 【連載コラム】裳華房の“古書”探訪(第7回)★★★★★★★
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
弊社の起源は,江戸時代,伊達藩の御用板所であった「仙台書林 裳華房」
に遡ります.ここでは,科学書の出版に力を入れ始めた大正時代から昭和時代
に刊行された書籍の中から毎回1冊ずつ取り上げて紹介いたします.
【バックナンバー】 https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/index.html
【裳華房の歴史】 https://www.shokabo.co.jp/history.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆ 田中義麿 著『科学論文の書き方』(第2回全訂版 昭和28年)
理工系の学生であった方は,学部上級生や修士課程の大学院生になった際,
卒業研究・卒業論文をはじめ,学会等での研究発表・論文発表などにあたって,
科学論文の書き方や研究発表の仕方などに関する文献を,一度は目に通した経
験をお持ちではないかと思います.
現在では,論文発表や研究発表に関する書籍はかなりの点数が発行されてい
ますが,本書はずばりタイトル通り,科学論文の書き方の指南書として,たぶ
ん日本で初めて刊行されたものです[*1].田中先生が九州帝国大学農学部の
教授であった際に,学生・教員に講述した原稿を元にしたものです.
初版は昭和4年(1929年)10月,養賢堂[*2]から刊行されましたが,戦後
の昭和28年(1953年)の第2回全訂版(初版から数えると第13版)より裳華房
から発行されるようになりました.
第2回全訂版の著者の序文には,次のようにあります.
著者40年の教官生活を通じて最も痛切に感じたことは,大学の学生や卒業
生が卒業論文又は博士論文その他の報文を書くためにいかなる苦心をする
か,また指導教官がどれほど多くの時間と思索とをこれらの論文のために
費やさなければならないかということである.何らの手引もなくて論文を
書く若い学徒は,磁針なくして大海を渡る舟人,燈火を持たずに暗夜の山
道をたどる旅人にもたとえられよう.(中略)この種の指導書はその頃既
に外国には2〜3出版されていたが,邦書には絶無であった.本書発行後わ
が国にも次々に類書が現われたことは本書の参考文献に掲げた通りである.
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1953Tanaka-ronbun/intro.pdf
初版以来,毎回少しずつ訂正は加えられていたようですが,本文が増ページ
しない程度の修正と巻末の増補であったため,急激に進歩する時代に即応する
よう,内容を実質的に2倍にして全面的な改訂を施したのが,昭和28年(1953
年),裳華房から発行された第2回全訂版です.表題の下には,サブタイトル
的な形で (研究発表の仕方) と付けられています.
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1953Tanaka-ronbun/tobira.pdf
以来,現時点での最終版である増補第32版6刷(1993年5月発行)まで,30回
におよぶ増版増刷を繰り返してきたロングセラーの書となりました.
途中,昭和34年(1959年)発行の第17版より田中潔先生(鳥取大学名誉教授)
が共著者に加わり,第25版(1971年)では当時施行された著作権法を取り入れ
たり,第28版(1975年)では当用漢字の章を全面的に書き換えるなど,時代時
代に即応した形で内容が修正されてきました.
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1953Tanaka-ronbun/0001okuduke.pdf
参考まで,初版,第2回全訂版,増補第32版6刷のそれぞれの序文と目次等を
下記に掲載しておきます.
○初版(1929年,養賢堂発行) 扉,序,目次,奥付
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1953Tanaka-ronbun/1sted.pdf
○第2回全訂版(1953年,裳華房発行) 扉,序,目次,奥付
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1953Tanaka-ronbun/13thed.pdf
○増補第32版6刷(1993年) 序,目次,内容見本(第1章)など
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-0001-2.htm
著者の田中義麿先生は,明治17年,長野県に生まれ.東北帝国大学農科大学
(現在の北海道大学)を卒業し,同大学で助手,助教授をされた後,欧米に留
学,帰国後は九州帝国大学教授,国立遺伝学研究所研究第一部長などを歴任さ
れました.カイコにおける伴性遺伝の研究が著名ですが(前胸腺の名付け親),
1913年には日本で初めて遺伝学の講義を行い,また戦後は国立遺伝学研究所や
日本遺伝学会の設立に寄与するなど,日本の遺伝学全般に貢献されました.
裳華房からは,昭和12年(1937年)に『遺伝學』,昭和26年(1951年)には
『基礎遺伝学』,昭和27年(1952年)には『家蚕遺伝学』を出版しています.
[脚注]
*1 本書の初版発行(昭和4年10月)の約1か月後に,東京の丸山舎より,
工藤六三郎 著『論文発表の栞』が,また5年後の昭和9年には甲文堂
から五島 茂著『学術論文の書き方』が刊行されています.
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1953Tanaka-ronbun/reference.pdf
*2 養賢堂(大正3年創業)のWebサイト http://www.yokendo.com/
◆『科学論文の書き方(研究発表の仕方)』
田中義麿 著/A5判/382頁/第2回全訂版[第13版]昭和28年(1953年)
6月発行/裳華房 (初版発行:養賢堂,昭和4年10月)
※記述の誤りなど,お気づきの点がありましたら m-list@shokabo.co.jp まで
御連絡ください.
───【裳華房のお役立ちサイト】───────────────────
◎ 2012年 研究所等の一般公開(10/30 更新)
https://www.shokabo.co.jp/keyword/openday.html
◎ 2012年 学会主催 一般講演会・公開シンポジウム(10/26 更新)
https://www.shokabo.co.jp/keyword/openlecture.html
◎ 2012年 若手 春・夏・秋・冬の学校(10/22 更新)
https://www.shokabo.co.jp/keyword/wakateschool.html
───────────────────────────────────
★★★★★★ 裳華房 売上げランキング(2012年8〜9月) ★★★★★★★★
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
分野別の直近2か月の売上げランキングです(2分野ごとを隔月に掲載).
なお,採用品としての注文分は除いています.
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★ 数学分野 ★
1.『曲線と曲面の微分幾何(改訂版)』 小林昭七 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1091-2.htm
2.『数学選書1 線型代数学』 佐武一郎 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1301-2.htm
3.『テンソル −科学技術のために−』 石原 繁 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1068-4.htm
4.『数学シリーズ 集合と位相』 内田伏一 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1401-9.htm
5.『数学選書5 多様体入門』 松島与三 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1305-0.htm
★ 化学分野 ★
1.『光化学 −光反応から光機能性まで−』 杉森 彰・時田澄男 共著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3089-7.htm
2.『物理化学入門シリーズ 化学結合論』 中田宗隆 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3417-8.htm
3.『物理化学入門シリーズ 量子化学』 大野公一 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3419-2.htm
4.『物理化学入門シリーズ 化学熱力学』 原田義也 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3418-5.htm
5.『化学英語の手引き』 大澤善次郎 著
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-3061-3.htm
次号では,物理学分野,生物学分野を掲載する予定です.
───【裳華房のお役立ちサイト】───────────────────
◎ 自然科学系の雑誌一覧 −最新号の特集等タイトルとリンク−
https://www.shokabo.co.jp/magazine/
◎ 大学・研究所・学協会の住所録とリンク
https://www.shokabo.co.jp/address.html
───────────────────────────────────
次号は,11月27日の配信予定です.どうぞお楽しみに! \\(^o^)//
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★ Shokabo-Newsの配信停止・アドレス変更は下記URLよりお願いします ★
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
メールマガジンのご意見・ご感想は m-list@shokabo.co.jp まで.
───────────────────────────────────
自然科学書出版 (株)裳華房
〒102-0081 東京都千代田区四番町8-1
Tel:03-3262-9166 Fax:03-3262-9130 電子メール:info@shokabo.co.jp
URL:https://www.shokabo.co.jp/ Twitterアカウント:@shokabo
【個人情報の取り扱い】 https://www.shokabo.co.jp/policy.html
───────────────────────────────────
Copyright(c) 裳華房,2012 無断転載を禁じます.
|