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Shokabo-News No.309 2015/3/10
裳華房メールマガジン 2015年3月号
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
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★目次★
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【1】オンデマンド出版のご案内 『高校課程 物理 上巻・下巻』
【2】[連載コラム]松浦晋也の“読書ノート”
【3】[連載コラム]裳華房 編集子の“私の本棚”
【4】[連載コラム]裳華房の“古書”探訪
【5】お知らせ&編集後記
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【裳華房 東京開業120周年】
https://www.shokabo.co.jp/120th_anniversary.html
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【1】オンデマンド出版のご案内(3月刊行)
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オンデマンド出版書籍[OD版]とは,出版物をデジタルデータ化することで,
1冊からの印刷・製本・販売を行う書籍のことです.裳華房では「万能書店」
に委託して販売しております.万能書店 → https://www.d-pub.co.jp/shop/
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裳華房の東京開業120周年記念事業の一つとして,長らく品切れになってお
りました原島鮮著『高校課程 物理 上巻』を(下巻とともに)オンデマンド出
版として刊行しました.目次や内容見本などはリンク先をご参照ください.
(今号の「裳華房の“古書”探訪」でも取り上げています)
●原島鮮 著『[OD版]高校課程 物理 上巻(全訂版)』(本体2600円+税)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-0619-9.htm
●原島鮮 著『[OD版]高校課程 物理 下巻(全訂版)』(本体2900円+税)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-0620-5.htm
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【裳華房 新刊一覧】 https://www.shokabo.co.jp/book_news.html
【ご購入のご案内】 https://www.shokabo.co.jp/order.html
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【2】[連載コラム]松浦晋也の“読書ノート” (第16回)
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ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司
さんに,お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます.
今月号のご担当は松浦晋也さんです.
・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/
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◆ 飛行機王の構想力/妄想力 ◆
● 渡辺一英 著『日本の飛行機王 中島知久平』(光人社NF文庫)
前回(Shokabo-News 2015年1月号)は、ビジネスの才覚を兼ね備えた航空の
パイオニア、エルンスト・ハインケルの自伝を紹介した。日本でも、草創期の
航空に関わった全ての人が、前々回(Shokabo-News 2014年7月号)紹介した伊
藤音次郎のように、純粋に飛行という夢を追ったわけではない。
ハインケルのような先覚者として、今回は一代にして巨大財閥を築いた中島
知久平(1884〜1949)の伝記を紹介しよう。彼が設立した中島飛行機は、戦後
の財閥解体により分割されたが、その後の合従連衡を経て、今は自動車の「ス
バル」ブランドで知られる富士重工業となっている。
本書は、中島の死後6年の1955年、七回忌にあわせて出版された『巨人中島
知久平』(鳳文書林刊)を文庫に再録したものだ。冒頭の序文で、著者はアメ
リカに押しつけられた新憲法に憤り、愛国心を取り戻すためには“中島先生”
のようなリーダーが必要だと書いている。つまりは中島を賛美する意図が明白
で、かなり偏った本なのである。その後、中島の評伝はいくつか出版されてお
り、彼の生涯についてバランス良く、かつ客観的に知りたければ、本書よりも
『中島知久平伝 日本の飛行機王の生涯』(豊田穣著、光人社NF文庫)のほう
がいいだろう。
それでも本書を取り上げるのは、同時代ならではの、中島に対する親密さと
気安さが文章の随所から感じられるからだ。文章の中から、中島知久平という
“怪物”が吐息もろとも立ち現れると言えばいいのか――本書からは中島のナ
マの生き様が感じられるのである。
著者の渡辺一英は、大正時代に「飛行界」「飛行少年」「国民飛行」といっ
た最初期の航空出版に参加し、昭和に入ると航空時代社という当時は日本で唯
一の航空専門出版社を興して一般向け航空雑誌「航空時代」を発行した、航空
ジャーナリズムの先駆者だ。序文によると、渡辺が中島と知り合ったのは中島
がまだ海軍に在籍していた1914年(大正3年)で、以来中島の死に至るまで交
友が続いた。渡辺はかなり近いところから、常日頃の中島をウォッチしていた
わけで、その意味では本書は貴重な時代の証言でもある。
1884年(明治17年)、中島知久平は群馬県新田郡尾島村(現太田市)の農家
の長男として生まれた。両親から農業を継ぐと決められたために中学には進学
せず、高等小学校を卒業し、そのまま家業の農業を手伝う生活に入る。このま
まなら知久平は、群馬の農家として一生を終えていただろう。しかし、彼は並
外れて巨大な構想、それこそ妄想に近い構想を立ち上げる想像力を持っていた。
彼が高等小学校在籍中の12歳の時、日清戦争が終結し、ロシアによる三国干
渉があった。ロシアがフランス、ドイツと組んで、賠償として清から得た遼東
半島を返還せよと迫り、日本は従わざるを得なかった事件である。幼い知久平
は、ナショナリズムをたぎらせ、憤激したが、その後が常人とは異なった。
「ロシアをやっつけるためにどうしたらいいか」を必死で考え、「軍人になろ
う」と決意したのである。それも大日本帝国軍人として職務を全うするのでは
なく、「軍人になって自分を鍛え、しかる後に退役して大陸に渡り、馬賊にな
って力を蓄え、満州を治める頭目となり、その上でロシアと戦おう」と考えた
のだった。
無茶苦茶である。が、最低限の筋は通っていて、並みの12歳が思いつくこと
でもない。当然家族は大反対だ。ついに知久平は反対を押し切って家出し、知
人を頼って東京で勉学に励むことになった。当初は陸軍士官学校を目指してい
たが、父が家出を許す代わりに海軍を目指せと諭したことから、志望を変更。
1903年(明治36年)、舞鶴にあった海軍機関学校に入学した。
日本海軍には軍人を養成する海軍兵学校、軍技術者を養成する海軍機関学校、
そして会計や事務、兵站を担当する軍のホワイトカラーを育成する海軍経理学
校という三つの学校があった。兵学校でも経理学校でもなく、機関学校に進学
したことで、知久平の運命は大きく変化することになる。科学技術の世界に足
を踏み入れたのだ。
彼が海軍機関学校に学ぶ間に日露戦争が勃発、日本は大国ロシアと戦って勝
利した。とても勝利とは呼べないほどの薄氷の状態だったが、少なくとも国民
は勝利と信じた。中島抜きで日本は勝ち、12歳の彼が立てた「軍人になって…
ロシアと戦う」という構想は必要なくなった。その心の空白に入り込んだのが
航空機だった。
好奇心旺盛な彼は、早い時期から欧米の雑誌を通じて空を飛ぶ新技術の飛行
機についての知識を仕入れていたようだ。機関学校卒業後に乗り組んだ巡洋戦
艦「生駒」が1910年(明治43年)に南米から欧州にかけての長期訪問航海に派
遣され、彼はフランスにおける航空事情を自ら見聞する機会を得ることができ
た。
ここからは、前回取り上げたエルンスト・ハインケルと同じだ。戦力の未来
は戦艦ではなく航空機にありと確信した彼は、日本独自の航空機製造に邁進す
る。しかし、戦艦同士の艦隊決戦が戦争の帰趨を左右すると考えられていた当
時、彼の考えはなかなか理解されなかった。軍という組織に属している限りら
ちがあかないと考えた彼は、免官を願い出て、1917年(大正6年)に故郷に飛
行機研究所を設立した。後の中島飛行機である。
会社設立の出資を得るにあたっての川西財閥の川西清兵衛(1865〜1947)と
の確執など、様々な紆余曲折はあった。が、軍からの注文を受けて、みるみる
うちに中島飛行機は巨大化していった。「隼」「鍾馗」「疾風」といった戦闘
機に、「呑龍」「飛龍」といった爆撃機など、中島飛行機で開発された傑作機
は数多い。
ちなみに川西の設立した川西航空機も、「九七式飛行艇」「二式飛行艇」、
そして「紫電改」戦闘機などの傑作機を生み出す会社に成長した。現在「US-2」
飛行艇を生産している新明和工業である。
中島知久平は技術に明るかったが、ハインケルのように綺麗に割り切れる技
術の世界に根を持つ経営者ではなかった。ひたすら民間航空の理想を追った伊
藤音次郎とも異なっていた。貪欲に会社の成長を欲する、エネルギッシュな経
営者だった。前々回取り上げた『空気の階段を登れ』(平木國夫著,三樹書房)
には、伊藤の工場から中島が何人も職人を引き抜いて、伊藤が「なにもこんな
小さな会社から引き抜かなくてもいいのに」と嘆くシーンがある。私は、おそ
らく著者の平木國夫が、最晩年の音次郎から直接聞いたエピソードなのではな
いかと想像する。
ところが、その一方で中島は伊藤音次郎とは違った意味で、理想主義者でも
あった。彼の貪欲さは、理想を実現するための方法論だった。そもそも、中島
飛行機設立の趣旨は、「日本の富国強兵に航空機が必要だ。誰も作らないなら
自分が作る」というものだった。根っから商売人の川西清兵衛が「飛行機は儲
かりそうだ」で川西航空機を設立したのとは好対照である(だから中島と川西
の2人が、うまく協力してやっていけるはずもなかったわけだ)。
中島の裡には、泥にまみれる現実主義と崇高な理想とががっちりと組み合わ
さり、矛盾なく同居していた。本書には、そのことを示すエピソードがいくつ
も出てくる。
例えば、中島にとって会社は「国のため国民のため、高性能の軍用航空機を
開発する」ためのものだった。だから最初から儲けることは問題外で、収益が
上がるとそのすべてを技術開発と生産設備の整備につぎ込んだ――。
あるいは、会社の形態は株式会社だったが、株式は公開せず、中島の兄弟だ
けで保有した。「戦争の道具である飛行機の生産は、いずれ戦争が終わると失
速し株価は低迷する。その時に発生する損失はすべて兄弟でかぶり社会には迷
惑をかけまい」と考えたためだった――。
「本当か。中島を美化し過ぎていないか?」と思うのだが、少なくともその
一部は真実だったようだ。中島飛行機に勤務した者の回想録を読むと、ことあ
るごとに「会社のためではなく国のため公のために働け」と訓示されたという
話が出てくるのだ。回想録のひとつには、「論文を学会に提出したが、発表日
が会社の仕事と重なってしまった。仕事を優先しようとしたら上司から『学会
発表は公事であり、会社の仕事は私事である。私事を優先するとは何事か』と
叱られた」というようなエピソードが出ていたりする。
この気風は戦後の財閥解体で、分割された会社にも受け継がれた。そんな会
社のひとつ、富士精密工業が1955年になって、かつて中島飛行機に勤務してい
た糸川英夫・東京大学教授のロケット開発に「損得抜き」で協力していくこと
になるのだが――これはまた別の話である。
そして中島の内部にはもうひとつ、「妄想に近い巨大な構想を立ち上げる力」
があった。彼の抱く理想とは、生まれつきの巨大な構想力/妄想力の産物だっ
た。12歳にして満州馬賊経由でのし上がってロシアと戦おうとした構想力/妄
想力が、彼を経営者というポジションに留めなかった。会社設立14年目の1930
年(昭和5年)、中島は衆議院議員総選挙に立候補して当選、“政治家・中島
知久平”が誕生した。理想の風呂敷を拡げていくうちに、国家のグランドデザ
インにまで行き着いてしまったのである。
この後、中島は中島飛行機の経営を弟の喜代一に譲り、政治に全エネルギー
を投入するようになる。立憲政友会の内部を泳ぎ渡り1938年(昭和13年)には
鉄道大臣として初入閣。翌1939年(昭和14年)の政友会分裂にあたっては一方
の政友会確信同盟の総裁となり、戦時色が濃くなっていく中、政友会を大政翼
賛会に合流させて翼賛政治の確立に一役買った。
その一方で国家経済研究所というシンクタンクを設立して、日本経済や日本
社会を分析した論文も次々に発行した。これらの論文は政治家としての彼の勉
強用資料だったが、同時に広く政界にも無料配布した。政治家の間で共通の時
代認識を作るための道具でもあったのである。また、売名を嫌い、彼の承諾な
しに『中島知久平伝』が出版されそうになった時には、印刷済みの本から著者
の手元にあった原稿に至るまでを買い取って焼却したという。
対米開戦後の1942年(昭和17年)、中島の構想力/妄想力が大爆発を起こし
た。海軍に勤務していた時より彼は徹底した航空戦力至上主義者で、アメリカ
の航空産業に関する情報を継続的に入手し、分析していた。特に1939年(昭和
14年)に開発が始まったB-29と、その後継機として検討されたB-36という2種
類の戦略爆撃機には注目し、「いずれこれらが日本を戦略爆撃するだろう」と
推察していた。戦略爆撃には戦略爆撃で対抗すべきだ。米本土を空襲し、生産
設備を破壊することで対米戦を早期に講和に持ち込まねばならない。中島はそ
う考え、米本土を戦略爆撃するための巨大な爆撃機「Z機」構想をぶち上げた。
後に「富嶽」と呼ばれることになる機体だ。
アメリカとの戦争を有利に手仕舞いするためには、これしかないと中島は考
えた。富嶽こそは、彼の構想力/妄想力の生んだ理想だった。
しかし、現実が付いてこなかった。当時の日本の工業水準では、富嶽を作る
ことは不可能だった。開発しなくてはならない技術要素は多岐に渡り、すぐに
完成させることはできなかった。また、前線で一機でも多くの戦闘機を必要と
している状態で、新たに巨大な戦略爆撃機を開発するだけの国力は残っていな
かった。富嶽は構想に留まり、日本は戦争に敗れた。
敗戦後、占領軍によって日本はすべての航空機の運用も研究も禁止された。
中島飛行機は財閥指定を受けて解体。中島知久平はA級戦犯容疑者となった。
健康上の懸念を理由に巣鴨刑務所への収監は拒み続けたが、自宅で軟禁状態に
置かれた。
その状態で彼がなにをしていたかというと、本書によると、なんとジェット
機と原子爆弾の勉強だったのだという。いったい敗戦後の日本でどうやって資
料を手に入れたのか分からないが、とにかく中島は自分が人生を賭けた飛行機
という道具に対して、まだまだ未来を見ていたのである。それも、おそらくは
戦略爆撃と原子爆弾という初期冷戦の二大要素を通してだ。側近に対して「航
空産業が再開する時が必ず来る」と語っていたというから、また軍用機を生産
する時が来ると考えていたのだろう。
どうも、彼が長生きしていたら、その後の日本の航空産業はよほど違った経
緯をたどったような気がする。政治家として活動を再開していたならば、その
影響は日本の進路を変えるほどだったかも知れない。しかし、彼の命はほどな
く尽きた。1949年(昭和24年)10月29日、脳出血のため自宅で死去。享年65歳。
最後に、本書から人間臭いエピソードを。中島知久平は生涯独身だったが、
内縁の妻との間に息子と娘がいた。娘の結婚式に、A級戦犯容疑で軟禁中の彼
は出席できなかった。当日、彼は自宅と式場をつないだ電話にかじりつきっぱ
なしだったそうだ。
【今回紹介した書籍】
● 『日本の飛行機王 中島知久平』
渡部一英 著/文庫版/468頁/価格(本体933円+税)/1997年4月発行
光人社(光人社NF文庫)/ISBN 978-4-7698-2158-8
◇松浦晋也さんのプロフィール◇
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Online で「人と
技術と情報の界面を探る」,日経トレンディネットで「“アレ”って何? 読
めばわかる研究所」,日経テクノロジーで「小惑星探査機はやぶさ2の挑戦」
を連載中.主著に『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』
『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの
落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』などがある.
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(C) 松浦晋也,2015
次号は鹿野司さんにご執筆いただきます.どうぞお楽しみに!
※本コラムは本メール配信約1か月後を目安に裳華房Webサイトに掲載します.
https://www.shokabo.co.jp/column/
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【裳華房 分野別書籍一覧】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/0000.html
【正誤表などサポート情報】 https://www.shokabo.co.jp/support/
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【3】[連載コラム]裳華房 編集子の“私の本棚”(第23回)
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編集部の有志が月替わりで,思い出の一冊やお薦めの書籍などを語ります.
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◆ 液体って何だ、固体って何だ ◆
●『砂時計の七不思議 −粉粒体の動力学−』(田口善弘 著,中央公論新社)
編集者のFです。今回は、粉粒体の入門書をご紹介します。
粉粒体とは、簡単にいうと“小さな粒の集合体”です。例えば砂時計の砂は、
砂粒が多数個集まった典型的な粉粒体です。他にも小瓶に入っている食塩や、
降り積もった雪も粉粒体といえます。一粒一粒は単なるつぶに過ぎませんが、
多数個集まる(=粉粒体)と、奇妙な振舞いが見られます。
そのような、粉粒体ならではの現象に雪崩が挙げられます。雪崩は、流れて
いるときはまるで液体のようですが、傾斜の緩いところに到達して止まると、
“一瞬にして”固体のように固くなります。これは、水を冷却すると、“徐々
に”氷に変化する様子と比べると、ちょっと奇妙な感じがしませんか。人間が
雪崩に巻き込まれて生き埋めになってしまうのも、この“一瞬で固体になる”
という粉粒体の特異な性質のためです。
このように、粉粒体はまるで液体や固体のように振舞うのですが、それは私
たちのよく知っている、物質の液体や固体とは違うということがわかります。
この他にも、粉粒体は重力に逆らったり、美しい縞模様を作ったり、常識的
には考えられないような不思議な振舞いをします。本書は、このような粉粒体
にみられる現象の数々を、実験とシミュレーションの結果を用いて丁寧に解説
していきます。それを追っていくだけでも充分楽しめるのですが、最終章では
「物理学はどこまで理解できるのか」というような深い内容にも触れており、
粉粒体を概観するだけにとどまらない構成になっています。
また、本書では、先ほどの雪崩のような「粉粒体の液体」と「物質の液体」
がどのくらい似ているかという点についても考察しています。読み進めていく
うちに、恥ずかしながら、私は液体についてあまり知らないということに気づ
きました。「そもそも液体や固体って一体何だろう?」そんな基本的な事柄に
ついても考えさせられる一冊です。
残念ながら現在は品切れ中のようで、2007年には電子書籍版が出版されまし
たが、こちらも現在は入手できないようです。機会がありましたら図書館等で
ご覧いただければと思います。
【今回紹介した書籍】
●『砂時計の七不思議 −粉粒体の動力学−』
田口善弘 著/新書判/198頁/定価(本体660円+税)/1995年10月発行
中央公論新社(中公新書)/ISBN 978-4-12-101268-5 ※版元品切れ中
※下記リンク先は電子書籍版
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2007/10/512638.html
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【裳華房のお役立ちサイト】
◎ 自然科学系の雑誌一覧 −最新号の特集等タイトルとリンク−(3/2更新)
https://www.shokabo.co.jp/magazine/
◎ 大学・研究所・学協会の住所録とリンク
https://www.shokabo.co.jp/address.html
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【4】[連載コラム]裳華房の“古書”探訪(第26回)
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弊社の起源は,江戸時代,伊達藩の御用板所であった「仙台書林 裳華房」
に遡ります.ここでは,科学書の出版に力を入れ始めた明治時代後期代から昭
和時代に刊行された書籍の中から毎回1冊ずつ取り上げて紹介いたします.
【バックナンバー】 https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/index.html
【裳華房の歴史】 https://www.shokabo.co.jp/history.html
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◆ 原島 鮮 著『高校課程 物理』[初版:昭和28年]
今回ご紹介するのは,“古書”と呼ぶには新しめですが,昭和28年(1953年)
に初版を刊行した高等学校の学習参考書『高校課程 物理』です.
上巻は長らく品切れとなっておりましたが,この3月に,裳華房の東京開業
120周年記念事業の一つとして,下巻とあわせてオンデマンド出版として刊行
しました.書籍の詳細は下記をご参照ください.
【上巻】https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-0619-9.htm
【下巻】https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-0620-5.htm
本書は初版(当時の価格で280円)刊行の後,全訂版,三訂版,四訂版を経
て,昭和51年の新版から上巻と下巻の2分冊となり,昭和58年にそれぞれの全
訂版を刊行.四訂版までの“単独”本と上巻・下巻とをあわせた累計発行部数
は約32万部,40年以上にわたる大ロングセラーとなりました.
高等学校の学習指導要領も大きく変化し,原島先生も昭和61年に逝去された
ため,上巻は平成6年(1994年)の,下巻は平成5年の増刷が最後となりまし
た.ご参考まで,初版の主要目次を本稿の末尾に掲載しておきます.
本書の大きな特徴は,徹底して物理的なものの見方を身につけることに主眼
を置いて執筆されていることです.
全訂版での内容見本は上記URLでご覧になれますが,説明が大変に丁寧で
(その分,ページ数が厚くなっていますが),「単位の計算には単位を分数で
書くのが誤りを少なくする」など計算の進め方などの注意点も事細かに記載さ
れ,物理が苦手な学生・生徒にも大変に取り組みやすい記述になっています.
著者の原島先生(1908〜1986)は物性理論がご専門で,とくに液体の流体力
学的研究が有名です[*1].『固体の凝集機構』(朝倉書店)などの専門書や
『物理学概論』(山海堂)などの大学教科書等の著書はありましたが,当時の
編集者が(裳華房として初めて)原島先生にご執筆を依頼する書籍に高校学習
参考書を選択したのは,まさに“英断”であったと思います.
ムツゴロウの愛称で著名な畑正憲氏も原島先生の著書を愛読されたようで,
『ムツゴロウの青春期』(文春文庫)には,感銘を受けた畑氏が原島先生に会
いに行くエピソードが掲載されています。
学者の中には、教科書を書く名人がいるものだが、原島先生はその一人
であるのだろう、美しい建造物を眺める思いがした。
(中略)
こういう立派な本を書くなんて、どういう人だろうか。
それから私は、原島先生を慕うようになった。感銘を与えてくれた作家
に、一目でいいからお会いしたいと思う気持ちと同じであろう。上京して
から機会をうかがっていたが、手紙を差し上げたら、面会の日を指定して
下さった。
年来の希望を達したのは、細い雨が降る日だった。先生は大学を移られ、
国際基督教大学の学長[*2]をされていた。その官舎へ、私は貧しい身なり
で押しかけ、紅茶とケーキをご馳走になった。
(畑正憲『ムツゴロウの青春期』文春文庫)
筆者が伝え聞いた話では,畑氏の著作のおかげもあってか,本書で勉強した
高校生から「苦手な物理が好きになった」旨の読者カードが多数寄せられたと
のこと.また「他の参考書は処分しても本書だけはずっと手元に残している」
という声も各所からいただいております.
「真空管と半導体」の章など現在の高校参考書としてはそぐわない部分もあ
りますが,前述のように「物理的なものの見方」を身につけるための参考書と
して,とくに大学の物理学に“つまずいてしまった”学生の方には,学び直し
のための貴重な手引きとなるのではないでしょうか.
なお本書の初版〜三訂版は,国立国会図書館のデジタルアーカイブで公開さ
れています(館内閲覧限定).
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2432861
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2430796
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2432867
【注】
*1 旧制第一高等学校教授時代の原島先生の教え子に,統計力学の分野で世界
的に著名な久保亮五先生がいらっしゃいます.
*2 国際基督教大学の歴代学長一覧には原島先生は含まれておらず,自然科学
研究科長,教育研究科長,または大学院部長の誤りではないかと思われます
(原島先生は昭和48年から東京女子大学の学長に就任されておられます).
【今回紹介した書籍】
◆ 『高校課程 物理』[初版 昭和28年]
原島鮮著/A5判/310頁/裳華房
◇初版の主要目次◇
物理を学ぶ高等学校学生に/1.一つの点に働く力のつりあい/2.一つの剛体
に働く力のつりあい/3.液体や気体に働いている力のつりあい/4.速度と加
速度/5.力と加速度/6.放物運動 單振動 單振子/7.月や惑星の運動/8.
剛体の運動/9.仕事とエネルギー/10.表面張力/11.固体の変形/12.流
体の運動/13.温度と物体の膨脹/14.熱/15.熱の移動/16.分子の運動/
17.光の反射と屈折/18.波/19.音波/20.光波/21.電流と電気量/22.
磁気/23.電流と磁気/24.電子 X線/25.原子 分子 原子核/総合問題/総
合問題解答/附録/索引
※記述の誤りなど、お気づきの点がありましたら m-list@shokabo.co.jp まで
御連絡ください。
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【5】お知らせ&編集後記
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◇お知らせ
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1.「大学・短大・高専用教科書のご案内」
https://www.shokabo.co.jp/text.html
2.【講義担当の先生方へ】講義用 教授資料のご案内
https://www.shokabo.co.jp/textbook/text-tm.html
3.訂正表・正誤表や新しい演習問題など「書籍のサポート情報」.
https://www.shokabo.co.jp/support/index.html
4.裳華房フェアのお知らせ
https://www.shokabo.co.jp/fair/index.html
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◇編集後記
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今号は発行が遅れて申し訳ございませんでした.
オンデマンド出版書籍としては,今回ご紹介した『高校課程 物理 上巻・下
巻』のほかにも数点,出版を検討中です.
また,電子書籍化についても,新学期が始まる頃には『医薬系のための生物
学』『図解 分子細胞生物学』『イラスト 基礎からわかる生化学』『ワークブ
ックで学ぶ ヒトの生化学』の4点が主要な電子書籍ストアに配信される予定
です.
いずれも詳細が決まりましたら,「裳華房 東京開業120周年」のページなど
でご案内いたします.
https://www.shokabo.co.jp/120th_anniversary.html
お楽しみにお待ちいただければ幸いです.
(TK)
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次号は2015年4月3日の配信予定です.どうぞお楽しみに! \\(^o^)//
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