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Shokabo-News No.371 2021/9/30
裳華房メールマガジン 2021年9月号
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
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★目次★
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【1】最近の新刊・近刊 案内
『ヒトを理解するための 生物学(改訂版)』
『タンパク質科学 −生物物理学的なアプローチ−』
『裳華房テキストシリーズ‐物理学 電磁気学(増補修訂版)』
『岡理論新入門 −多変数関数論の基礎−』
『進化生物学 −ゲノミクスが解き明かす進化−』
【2】連載コラム 松浦晋也の“読書ノート”(51):
『昭和史の隠れたドン』(西まさる 著、新葉館出版)
【4】お知らせ&編集後記
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※配信の間隔があいてしまいましたことをお詫び申し上げます。
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【1】最近の新刊・近刊 案内
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【8月刊行】
●『ヒトを理解するための 生物学(改訂版)』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5242-4.htm
八杉貞雄 著/B5判/168頁/3色刷/定価2420円(税込み)/2021年8月発行
裳華房/ISBN 978-4-7853-5242-4 C3045
本書の旧版は、2013年の初版刊行以来、幸いに多くの大学等で教科書として
採用していただき、こんにちに至っている。その間、採択していただいた先生
方や、採択には至らなかった先生方から、内容に関する種々のご指摘・ご意見
を頂戴してきた。本書は、それらのご要望にお応えするとともに、資料を新し
くし、分かりにくい記述も改め、教科書としてより使いやすく改訂した。
主な修正点は、ヒトの健康や病気に関する記述を増やしたこと、高等学校の
学習内容の振り返りを多くして理解しやすいようにしたこと、一方で現在の生
命科学を理解する上で必要な先端的な内容も増やしたこと、学習の助けとなる
よう、本文中の重要用語や略語に英訳を付けたこと、などである。
ただし、ヒトを理解するためには、その基盤にある生物学の正確な知識が必
要であるという、初版の考え方はしっかりと踏襲されている。
【主要目次】
1.生物学とはどのような学問か
2.生命とはなにか,生物とはどのようなものか
3.細胞とはどのようなものか
4.体をつくる分子にはどのようなものがあるか
5.体の中で物質はどのように変化するか
6.遺伝子と遺伝はどのように関係しているか
7.ヒトの体はどのようにできているか
8.エネルギーはどのように獲得されるか
9.ヒトはどのように運動するか
10.体の恒常性はどのように維持されるか
11.ヒトは病原体とどのようにたたかうか
12.ヒトはどのように次の世代を残すか
13.ヒトはどのように進化してきたか
14.ヒトをとりまく環境はどのようになっているか
15.ヒトはどのような生き物か
●『タンパク質科学 −生物物理学的なアプローチ−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5244-8.htm
有坂文雄 著/B5判/208頁/3色刷/定価3520円(税込み)/2021年8月発行
裳華房/ISBN 978-4-7853-5244-8 C3045
2004年に刊行した『バイオサイエンスのための 蛋白質科学入門』は、東京
工業大学生命理工学部での講義「蛋白質科学」の講義ノートを元に加筆・再構
成したもので、幸い読者の皆様から好評を得ることができ、増刷を重ねてきた。
しかし、初版発行からすでに16年が経過し、この間、タンパク質概念の変更を
迫るようなものも含め、数多くの発見があった。そこで、それらの新知見を補
完し、また多色刷りによって大幅にリニューアルしたのが本書である。
多数の美麗な立体構造図を示しながら、タンパク質の基礎から最先端の動向
までをわかりやすく解説する。
【主要目次】
1.タンパク質とは何か
2.タンパク質の高次構造
3.タンパク質の立体構造を安定化する力
4.ポリペプチドの折りたたみ(フォールディング)
5.タンパク質のサブユニット構造
6.タンパク質の生合成
7.タンパク質と低分子リガンドの結合
8.タンパク質分子の相互作用
9.消化酵素・細胞内プロテアーゼ・エネルギー依存性タンパク質分解システム
10.超分子タンパク質集合体
11.タンパク質の概念に大きな影響を与えた発見
12.ゲノムとタンパク質 −タンパク質科学の新しい局面−
【9月刊行】
●『裳華房テキストシリーズ‐物理学 電磁気学(増補修訂版)』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2274-8.htm
兵頭俊夫 著/A5判/352頁/定価3080円(税込み)/2021年9月発行
裳華房/ISBN 978-4-7853-2274-8 C3042
本書は、著者の高校物理未履修者向けの講義の経験を活かして書かれた、大
学初年級向けの教科書である。初学者への配慮から、まず実験事実を提示し、
それを基本原理から理解する過程を飛躍を避けつつ懇切丁寧にやさしく解説し
ている。また本書では、マクスウェル方程式の積分形による電磁気学の体系の
理解と、それに基づいた応用力の養成を目指している。
増補修訂版では、本文全体にわたって表現をより正確かつ簡潔にする方向で
修訂するとともに、2019年に施行された国際単位系(SI)の改定に準拠して記
述を修正した。また、旧版では付録として扱っていた「マクスウェル方程式の
微分形」を章に格上げしてより丁寧に記述し、旧版にはなかった「電磁波」に
ついての解説の章も新たに設けた。さらに、「ベクトル解析」「電磁気学の単
位系」の話を付録に追加して、読者の学習の便をはかった。
【主要目次】
1.電場とクーロンの法則
2.数学的基礎 −微分・積分と立体角−
3.ガウスの法則
4.静電場と電位
5.導体と静電場
6.定常電流と直流回路
7.誘電体と静電場
8.電流の周りの磁場
9.時間的に変化する場 −電磁誘導・変位電流密度−
10.過渡現象と交流回路
11.物質の磁気的性質
12.電場・磁場のエネルギー
13.マクスウェル方程式の微分形
14.電磁波
付録A.ベクトル解析
付録B.電磁気学の単位系
【10月刊行】
●『岡理論新入門 −多変数関数論の基礎−』 (10月上旬刊行)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1590-0.htm
野口潤次郎 著/A5判/256頁/定価3410円(税込み)/2021年10月発行
裳華房/ISBN 978-4-7853-1590-0 C3041
日本が世界に誇る数学者、岡潔(1901〜1978)が「人生の仕事」として取り
組んだ、多変数関数論における3大問題、
●近似の問題
●クザンの問題
●擬凸問題
の肯定的解決を目標に、岡理論への入門を試みた書。
証明は、著者の最新の研究成果である「弱連接定理」(Noguchi, 2019)と
岡の未発表論文の内容に基づくもので、既存の多変数関数論の入門書にくらべ
て大幅に簡易化された。予備知識として、線形代数、微分積分、一変数関数論、
集合・位相、代数系(環と加群)の初歩的な内容を仮定。
ワイェルシュトラースの予備定理、層係数コホモロジー論、L^2空間の直交
射影法といった道具立ては用いない、完全に初等的なアプローチで記述された、
まったく新しい岡理論の入門書。
【主要目次】
1.多変数正則関数
2.解析層と連接性
3.正則(凸)領域とクザン問題
4.擬凸領域 I ――問題の設定と集約
5.擬凸領域 II ――問題の解決
●『進化生物学 −ゲノミクスが解き明かす進化−』 (10月下旬刊行)
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5872-3.htm
赤坂甲治 著/A5判/304頁/2色刷/定価3520円(税込み)/2021年10月発行
裳華房/ISBN 978-4-7853-5872-3 C3045
自分はどこから来たのだろうか。進化は人類の永遠のテーマである。かつて
は進化学といえば、化石記録の解析しかなかった。20世紀後半になると分子生
物学が発展して遺伝情報の解読が進み、さらに遺伝子導入や遺伝子ノックアウ
トを駆使した発生生物学の発展により形態形成のしくみが解明され、発生生物
学の視点で進化を研究する進化発生生物学(エボデボ)が生まれた。
遺伝子科学の技術を利用し、また自ら技術を開発しながら、生命科学研究の
道を歩んできた著者が、その間に培ってきた進化への思いを本書に込めた。進
化生物学の最新研究情報が満載。
【主要目次】
1.進化の概念の歴史
2.無機物から有機物・原始生命体への化学進化
3.生命の誕生
4.光合成生物と好気性生物の出現
5.真核生物の出現
6.多細胞化と有性生殖の獲得
7.遺伝的多様性と新規遺伝子の獲得をもたらす有性生殖
8.動物の多様化
9.陸上植物の出現と多様化
10.動物の陸上進出
11.進化を促進するしくみ
12.エボデボ −体制の進化−
13.エボデボ −特異体制の進化−
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【2】[連載コラム]松浦晋也の“読書ノート” (第51回)
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ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司
さんに,お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます.
今回のご担当は松浦晋也さんです.
・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/
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◆ お互い承知で利用し合う社会階層の上と下 ◆
● 『昭和史の隠れたドン −唐獅子牡丹・飛田東山−』
(西まさる 著、新葉館出版、2020年刊)
前回に続いて、飛田東山こと飛田勝造(1904〜1984)の話だ。飛田の評伝は
ないかと探したら、第38回で取り上げた『中島飛行機の終戦』の著者、西まさ
る氏が昨年、この本を上梓していることを知った。他に類書はない。日本近現
代史にフィクサーとして登場する人物は少なくない。が、飛田がここまで埋も
れているとは思わなかった。やったことからすれば、類書が数冊以上あっても
おかしくないのだが。
西氏は『中島飛行機の終戦』の執筆過程で飛田に興味を持ち、飛田の遺族か
ら資料の提供を受けて、本書を執筆した。
ところが、この本でも分からないことが多い。そもそも飛田自身が「社会大
学」と語る獄中生活。複数回の服役があったことは間違いない。が、一体飛田
はいつどんな罪状で収監され、どれほどの期間をどこの刑務所で過ごしたのか。
こんな基本的なことが分からない。さらに、飛田の人生を彩る光と影のうち、
主に政治・行政に関係する影の部分についてもわからないことだらけだ。むし
ろこの本は書いていないことを通じて「なにが分からないか」を示していると
すら言える。
簡単に、飛田の人生の光の部分を追ってみよう。
彼は1931年(昭和6年)に飛田組を立ちあげる。仕事は「土木建築請負、沿
岸荷役運送」。必要に応じて日雇い労働者を集め、組織して力仕事を請け負う
稼業だ。軍隊除隊後、極限の極貧を体験した飛田は、この稼業を「明日をも知
れぬ生活を送る日雇い、そしてその家族に仕事を与え、人並みの生活を送れる
ようにする仕事」と位置付ける。
1933年(昭和8年)、ドイツからハーゲンベックサーカス団が来日する。飛
田は、この来日興行の動物などの荷揚げを請け負ってチャンスを掴む。サーカ
ス団招聘が社団法人・工政会の開催した「万国夫人子供博覧会」の一環であっ
たことから、彼は工政会会長にして内務省・東京土木所出張所所長の真田秀吉
(1873〜1960)の知遇を得たのだ。
工政会は、産業資本家や技術者の社交団体として1918年に設立された団体で、
多くの官僚やメーカー首脳、技術者などが所属し、さまざまな建白書を政府に
提出するなど、土木・工業面で大きな影響力をもった団体だった(その後いく
つかの団体の合併を経て、現在は一般財団法人 日本科学技術連盟となってい
る)。真田は、土木工学者であり内務官僚でもあり、淀川や利根川の改修、関
東大震災からの復興工事など、国家的大事業をいくつも経験した土木の世界の
大立者だ。
飛田はハーゲンベックサーカス団の仕事を通じて、国家を動かす土木エリー
トとのコネクションを得たのである。
明治から昭和にかけて、国家の行う巨大土木工事は、同時に国家の枢要を占
めるエリートと社会最下層との接点でもあった。機械化が進んでいない土木の
現場は、人力に頼るしかない。エリートがどんなに巨大なビジョンを作り、国
家予算を獲得しても、実際の工事を行うのは、差配する親分衆から搾取されつ
つ「一日なんぼ」の給金で汗水垂らして働くしかない日雇い労働者だ。
エリートには直接、日雇い労働者をハンドリングする能力はない。日雇いを
集めて指示を出し、労働力として組織するのは、飛田のような親分だ。そして
飛田はけっして馬鹿ではない。むしろその行動を追っていくと、図抜けた地頭
の良さが見えてくる。ただ正規の教育を受けることができなかったというだけ
だ。
真田のようなエリートにとって、飛田のような頭の良い親分は、話が通じや
すい存在であったことは間違いない。親分衆がいなければ描いた構想が実現し
ないのならば、エリートにとって親分は、頭が良くて話の通りやすい者である
ほうがずっと良い。こうして真田を通じて飛田の人脈は広がっていく。
1937年(昭和12年)、彼は奥多摩に建設が決まった小河内ダムの建設現場を
取り仕切ることになる。仕切るにあたって土木エリート達とのコネクションが
物言ったことは想像に難くない。飛田は奔走し、実際ダム建設の前段階である
道路工事は予定よりも早く完成させた。が、ダム建設はさまざまな事情で頓挫
してしまう。このとき、飛田はまさに度胸と胆力で東京府から当時の金で12万
5000円を補償金として引き出すことに成功。その金全部を集めた500人余りの
日雇いたちに分け与えて現場を解散した。
飛田という人物を特徴付けるのは、弱者救済としての口入れ稼業、それを支
える地頭と度胸の良さ、そしてこの金離れの良さだ。自分で溜め込むことな
く、ぱっと人に分け与える。彼の人生は、弱者に分け与えることで、さらに金
と人脈が集まってくることの連続なのだ。
彼は1936年(昭和11年)の入獄時に、水戸藩の国学者・藤田東湖(1806〜
1855)を知り、傾倒した。東湖の思想は極端な尊皇攘夷で、人々に天皇中心の
「正しい道」に献身することを求める。東湖の思想は「日雇いにまともな生活
を」と願う飛田にとって、自分の願いを国家という「大きな物語」へと接続す
る役割を果たしたとみるべきだろう。
そして、ファシズムへと傾倒する日本社会が、飛田に味方する。ファシズム
とは国家のリソースを総力戦のために総動員する思想だ(第31回参照※1)。
国家のすべてを最高の効率で戦争遂行の為に組み上げていくなら、土木の礎で
ある日雇いたちもまた、最高効率で国のために働かねばならぬ。人を最高効率
で働かせるために必要な条件は何か。搾取のない十分な額の給金と適切な休息
に安全に配慮された労働環境──なんのことはない、日雇いたちがこれまでい
くら望んでも得られなかったものばかりだ。日雇いに人らしい生活を与えるこ
とは、国家のためになることでもあったのだ。国家=天皇への滅私奉公! 東
湖先生もそう言っているではないか!!
※1 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-31.html
1941年(昭和16年)から、飛田は日雇いを統合する労働組合的組織の結成に
動く。ここで彼は官僚組織と頭脳戦を繰り広げるのだが、委細は本書を読んで
欲しい。翌年、海軍の管轄下に社団法人・扶桑会を設立。戦争遂行にあたって
日雇い労働者の能力を最大限に引き出すことを目的とした組織である。そのた
めには、日雇いの社会的地位向上が必須だ。
こうして、飛田の「弱者を助ける」気質と藤田東湖の水戸国学は、ファシズ
ムの目指す「すべての国家リソースを総力戦に振り向ける」国家体制の下、
「弱い者を助けることでその力を最大限に引き出して国に尽くす」労働組織と
して統合され、形を得たのである。同時に扶桑会設立により、飛田は全国140
万人の日雇い労働者のトップに立つこととなった。
かくして飛田は、戦時中のありとあらゆる土木の現場に関与することになる。
例えば長野県松代市の大本営施設は、飛田が確保した労働力によって建設され
たのだった。
敗戦後、飛田は東京都・青梅に移り住み、奥多摩の観光開発に力を入れるよ
うになる。小河内ダム建設時に知った奥多摩の小作農の窮乏に同情し、またダ
ム建設に参加したことで彼らの貧困化を後押ししてしまったことに対する贖罪
意識があったからだという。奥多摩を豊かにしなくてはいけない。そのために
は観光開発だ、という論理である。と、同時に土木労務者の大親分として隠然
たる権力をもち、政界官界に影響を及ぼしつづけた。建設省の官僚は、定期懇
談会という名目で飛田との接触を欠かさなかったほどだ。
……ということは、東海道新幹線も東京オリンピックも東名・名神高速道路
も首都高速道路も大阪万国博も新東京国際空港も、飛田がなんらかの関与をし
たな、と推察できるのだが、本書にはそのあたりの記述はない。ただ、房総半
島南部の有料道路「房総フラワーライン(南房総有料道路)」建設の経緯を記
して、飛田の権力行使プロセスの一端を明かしているのみである。
1957年に牧野吉晴著『無法者一代』(東京文芸社)、1959年に富沢有為男著
『侠骨一代』(講談社)と、飛田の前半生を描いた小説が出版されて評判にな
る。その結果、彼をモデルとした映画「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」(1966年1
月公開、佐伯清監督、主演:高倉健)が制作されて彼の名前が社会の表に出る
ことになった。彼は町奴を自称し、ヤクザは好まなかったそうだが(その一方
でヤクザとの付き合いもあった)、この映画化は喜び、奥多摩からバスを仕立
てて友人知人とともに都心に観に出かけたという。
このような光の部分とは別に、飛田の履歴にはぼっこりと欠落した部分があ
り、これが影の部分と繋がっているのであろうと思わせる。まず、1934年(昭
和9年)から1年ほど、朝鮮半島における日本鉱業の銀鉱山施設建設の仕事を
請け、当時日本の植民地だった朝鮮半島に赴いている。これが具体的に何をし
ていたのか、まったく分からない。ただ、この時に真田秀吉から「朝鮮半島に
行くなら」と松室孝良・陸軍大佐(1886〜1969)に紹介され、松室と意気投合
したことが分かっている。
次いで、小河内ダム工事から撤退した後、1939年(昭和14年)12月から、松
室に依頼されて中国に赴き、民衆宣撫工作に従事している。この時期のことも
分からない。わずかに南京と上海で大変危険な日々を過ごしたと書き残してい
るだけである。
ここからは想像の翼を拡げよう。1940年(昭和15年)、中国から戻った飛田
は、自費で故郷の茨城県・大洗に藤田東湖の銅像を建立している。西氏は、中
国に渡る直前に小河内ダム工事から撤退してすっからかんになっていた飛田が、
どうやってこの金を手に入れたのか。陸軍からの報酬にしては多すぎる、と書
いている。
これは比較的容易に想像できる。彼は陸軍の裏金を受け取ったのだろう。そ
う、中国大陸で日本陸軍自ら阿片を売りさばいて作った莫大な裏金である(第
26回参照※2)。裏金の使途が乱脈を極めていたというのは、陸軍参謀の岩畔
豪雄が証言している(第43回参照※3)。松室からぽんと大金が飛田に渡った
としても、けっしておかしくはない。
※2 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-26.html
※3 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-43.html
そもそも、なぜ陸軍は飛田を中国大陸における民衆宣撫工作に起用したのか
を考えると、もっと深い話が見えてくる。陸軍は中国大陸でもさまざまな土木
工事を行っており、そのための労働力として現地の苦力を集めて使っていた。
普通に考えれば、日本で日雇い労務者を束ねる飛田に、苦力を束ねて戦力化す
る役割を期待したということだろう。おそらく飛田の宣撫工作への起用には、
朝鮮半島での彼の実績が物言ったはずだ。
ところで、当時、苦力を集めるには塩と阿片の供給が必須だった(第27回参
照※4)。飛田が中国大陸で過ごした「危険な日々」とは──それがどんなも
のか具体的には分からないが──なにか阿片絡みだったのではなかろうか。そ
れ故、彼は詳しく語ることを避けたのではないだろうか。
※4 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-27.html
中国滞在時に飛田が、後に政界のフィクサーとなる児玉誉士夫(1911〜1984)
を部下として使っていたという話が本書に出てくることで、話は一層複雑にな
る。1939年(昭和14年)時点の児玉は、まだ二十代後半の行動右翼崩れの大陸
浪人に過ぎない。彼は1941年以降、海軍航空本部の物資調達を担当するように
なり、その活動は通称「児玉機関」と呼ばれるようになる。児玉機関は、阿片
も扱っていたことが分かっている。児玉が中国大陸における阿片ビジネスの要
諦を身につけたのは、ひょっとして飛田の部下として働いていた時ではなかっ
たか──。
児玉と飛田の付き合いは戦後も続いたということから、飛田が必ずしも今の
クリーンという概念に沿う人物でなかったことも見えてくる。というのも児玉
は大変に強欲で、戦後彼をエージェントとして利用しようとした米CIAも、
その強欲さに手を焼いていたことが、公開された米機密文書から分かっている
のだ。およそ飛田が好むタイプではない。弱者救済が第一の飛田が、児玉との
付き合いを続けたということは、彼がその性格に目をつぶるだけの利用価値を
児玉に認めていたということに他ならない。
児玉機関が溜め込んだ裏金は、戦後そのまま隠匿され、その一部が1954年に
鳩山一郎(1883〜1959)を中心に結成された日本民主党に政治資金として流れ
込む。翌年、日本民主党と自由党が合同して自由民主党が結成され、1957年に
は日本民主党幹事長を務めていた岸信介(1896〜1987)が内閣総理大臣に就任
する──。
商工省の官僚だった岸は、1936年(昭和11年)10月から1939年(昭和14年)
10月まで、満州国に出向して経済計画の立案に力を発揮した。ところで、岸は
この満州時代から出所不明の資金を調達するようになった。その金を使い、岸
は1942年の衆議院選挙、通称「体制翼賛選挙」に出馬して当選。政治家として
のキャリアを開始する。彼は満州を離れるにあたって「政治資金は濾過機を通
ったきれいなものを受け取らなければいけない。問題が起こったときは、その
濾過機が事件となるのであって、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいる
のだから関わり合いにならない。政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十
分だからです」と語っている──。
阿片に起因する裏金が中国大陸で渦巻き、それが戦後日本に政治資金の形で
流れ込んで政治の潮流を作っていく──その末端に、どうも飛田も連なってい
るように思える。
ここまで、ただのヨタ話として片付けるには、役者も道具立ても揃いすぎて
いる。とはいえ、これは裏付けのない想像に過ぎない。
ちなみに飛田は、岸信介や中曽根康弘(1918〜2019)などとも親しく付き合
っている。中曽根がレーガン米大統領との外交に使用した奥多摩の別荘「日の
出山荘」は、購入にあたって飛田が仲介しているのだ。
著者は、それなのに岸も中曽根も、飛田との付き合いを一切公表していない
と不思議がる。が、これも容易に理解できる。岸や中曽根から、飛田は「政治
家が関わっていることが公になると政治生命に関わる事態になる人物」と認識
されていたのだ。おそらくは「児玉誉士夫の同類」といったところだったので
はなかろうか。岸の言い方を借りるならば「濾過機」、あるいは濾過機の付属
物といったところだろうか。逆に飛田もそのことを十分に承知した上で、岸を
利用していこうとしたのだと、私には思える。
以上、およそ書評らしくない文章になってしまった。本書の巻末には「続刊
に続く」とある。飛田に関する生臭い話はこれから執筆・出版するであろう続
刊に譲って、まずは彼の人生の光に満ちた部分を描いたということだろう。
続刊が楽しみだ。ものすごく楽しみだ。一刻も早く読みたい気分である。
【今回紹介した書籍】
●『昭和史の隠れたドン −唐獅子牡丹・飛田東山−』
西 まさる 著/四六判/322頁/定価1650円(税込み)/2020年9月刊/新葉館
出版/ISBN 978-4-8237-1036-0
https://shinyokan.jp/netstore/products/detail/1792
【松浦晋也さんのプロフィール】
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在、日経ビジネスオンラ
イン「Viwes」「テクノトレンド」などに不定期出稿中。近著に『母さん、ご
めん。−50代独身男の介護奮闘記−』(日経BP社)がある.その他、『小惑星
探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』
『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』
『のりもの進化論』など著書多数.
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(C) 松浦晋也,2021
※本コラムは本メール配信約1か月後を目安に裳華房Webサイトに掲載します.
https://www.shokabo.co.jp/column/
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【電子書籍のご案内】 https://www.shokabo.co.jp/ebooks/index.html
【オンデマンド出版書籍】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/d-pub.html
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【3】お知らせ&編集後記
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◇お知らせ
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1.分野別売上げランキング(4月〜6月)
https://www.shokabo.co.jp/ranking/ranking2021-2.html
2.訂正表・正誤表や新しい演習問題など「書籍のサポート情報」
https://www.shokabo.co.jp/support/index.html
3.裳華房 総合図書目録
https://www.shokabo.co.jp/catalogue/index.html
4.自然科学書フェア2021(第2回)
http://www.nspa.or.jp/2021/fair2021aut.html
期間:2021年9月17日(金)〜11月7日(日)
場所:丸善津田沼店(千葉県習志野市、Loharu 津田沼B棟2階 特設会場階)
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◇編集後記
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コロナ禍による緊急事態宣言は本日で解除される予定ですが、まだまだ予断
を許さない状況です。くれぐれも体調管理などにお気をつけてお過ごしくださ
い。
(TK)
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次号は2021年11月の配信予定です。どうぞお楽しみに!\\(^o^)//
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