☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
Shokabo-News No.379 2022/8/31
裳華房メールマガジン 2022年8月号
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★目次★
───────────────────────────────────
【1】9月の新刊 案内
『コア講義 生物学(改訂版)』(田村隆明 著)
【2】新シリーズ「物理学レクチャーコース」10月刊行開始!
【3】連載コラム 松浦晋也の“読書ノート”(57):
『特務機関長許斐氏利』(牧久 著、ウェッジ)
【4】お知らせ&編集後記
───────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【1】9月の新刊 案内
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※詳細な目次や内容見本などはWebページをご参照ください。
●『コア講義 生物学(改訂版)』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5245-5.htm
田村隆明 著/A5判/208頁/3色刷/定価2530円(税込み)/
2022年9月発行/裳華房/ISBN 978-4-7853-5245-5 C3045
生物学のエッセンスを網羅し、これからの生命科学や応用技術分野へとつな
げる基礎力を養うための教科書。
明快な文章と独自の工夫を凝らした3色刷の図で、オーソドックスな生物学
を個体レベル、ミクロ、そしてマクロの三面から幅広く解説。さらに、それら
が現代の生命科学でどう発展しているのかを、随所に配置したコラムや発展学
習でサポートする。各章末には演習問題と解答のヒントを用意した。
改訂版では、ゲノム編集や核酸ワクチンなどの話題を最終章に入れるなど、
各章に新規の話題を盛り込み、内容を一新した。また、全体をより正確で読み
やすい記述に改めるとともに、一歩深く学習できるように重要語句に英単語を
付けた。
良い意味で「分かった気」になれる、生物学の基礎固めに最適の一冊。
【主要目次】
1.生物の種類
2.遺伝と遺伝子
3.細胞とそこに含まれる物質
4.生命を支える化学反応
5.DNA複製と細胞の増殖
6.DNAにある遺伝情報を取り出す:遺伝子発現
7.次世代個体を誕生させる:生殖と発生・分化
8.動物の器官
9.多細胞生物個体の統御
10.外敵の侵入とその防御
11.植物の生き方
12.生物の集団と生き方
13.生物の進化
14.バイオ技術
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【裳華房 新刊一覧】 https://www.shokabo.co.jp/book_news.html
【裳華房 分野別書籍一覧】https://www.shokabo.co.jp/mybooks/0000.html
【正誤表などサポート情報】https://www.shokabo.co.jp/support/
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【2】新シリーズ「物理学レクチャーコース」10月刊行開始!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Shokabo-News1月号でご案内した物理学分野の新しいシリーズ「物理学レク
チャーコース」の第1弾として、
『力学』『物理数学』
の2冊(いずれも通年用;30回相当の講義に対応)を10月下旬に刊行します。
そして、11月下旬には半期用(15回相当の講義に対応)の
『電磁気学入門』
を刊行する予定です。
本シリーズでは、教育系YouTuberとして活躍する
須貝駿貴氏
ヨビノリたくみ氏
のお二人に編集サポーターとしてご参加いただき、徹底した読者目線からのご
意見をいただいて、原稿・校正の段階で反映させました。
現代の多様な講義と学びに対応する、物理学の“新しい”教科書シリーズを
ぜひご覧ください。
============
●「物理学レクチャーコース」 ★2022年10月下旬 刊行開始!★
https://www.shokabo.co.jp/series/307_lecture.html
【“物理学レクチャーコース”の特徴】
◎企画・編集にあたって、編集委員と編集サポーターという二つの目線を取り
入れた。(下記参照)
◎現代の多様化した講義形態に対応する2種類のラインナップがある。
○15回相当の講義に対応:半期やクォーターの講義向け
週1回の講義で1セメスター(週2回の講義で1クォーター)用
○30回相当の講義に対応:通年(I・II)の講義向け
週1回の講義で2セメスター(週2回の講義で2クォーター)用
◎教室で学生たちに語りかけるような雰囲気(口語調)で、それぞれの内容に
ついて本質を噛み砕いて丁寧に解説した。
◎学生が自ら手を動かして理解を深める機会を増やすため、「Exercise」
「Training」「Practice」といった3種類の問題を用意した。
◎各章における重要語句(キーワード)は索引で英語も併記した。
◎「Coffee Break」として興味深いエピソードを挿入し、また各章の終わりに、
その章の“急所”を振り返る「本書のPoint」を用意した。
【講義する先生の目線で視る 編集委員】(3名)
・京都大学教授 永江知文
・東京大学教授 小形正男
・東京理科大学教授 山本貴博
【学習する読者の目線で視る 編集サポーター】(2名)
・国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター 須貝駿貴
・予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」講師 ヨビノリたくみ
【第1弾刊行書籍】(2022年10月下旬刊行予定)
◆『物理学レクチャーコース 力学』
東京理科大学教授 山本貴博 著
A5判/予290頁/2022年10月発行/ISBN 978-4-7853-2409-4
本書は、物理学科向けの通年タイプの講義に対応したもので、ところどころ
発展的なテーマも含んではいるが、大学で学ぶ力学の標準的な内容となってい
る。したがって、本文中に登場する数式を1つ1つ丁寧に追いかけ、Exercise、
Training、Practiceの3種類の問題を活用しながら本書で学び終えれば、「大
学レベルの力学は身に付けた」と自信をもてる内容となっている。
◆『物理学レクチャーコース 物理数学』
東京理科大学准教授 橋爪洋一郎 著
A5判/予340頁/2022年10月発行/ISBN 978-4-7853-2410-0
本書は、物理学科向けの通年タイプの講義に対応したもので、数学に振り回
されずに物理学の学習を進められるようになることを目指し、学んでいく中で
読者が疑問に思うこと、躓きやすいポイントを懇切丁寧に解説している。また、
物理学科の学生にも人工知能についての関心が高まってきていることから、最
後に「確率の基本」の章を設けた。
【第2弾刊行書籍】(2022年11月下旬刊行予定)
◆『物理学レクチャーコース 電磁気学入門』
東京大学物性研究所准教授 加藤岳生 著
A5判/予240頁/2色刷/2022年11月発行/ISBN 978-4-7853-2411-7
本書は、理工系学部1年生向けの半期タイプの入門的な講義に対応したもの
で、わかりやすさとユーモアを交えた解説で定評のある著者によるテキスト。
「クーロンの法則から始めて、マクスウェル方程式の導出に至る」という構
成を採用した一方、「電磁気学を学びながら、そこに登場する数学をその都度
学ぶという構成にすると、どこまでが物理学で、どこまでが数学なのか初学者
は混乱してしまうことが多い」という著者の長年の講義経験に基づき、本書の
最初の2つの章で「電磁気学に必要な数学」を解説した。これにより、電磁気
学と並行して、必要に応じて数学を学べる(講義できる)構成になっている。
※各書籍の詳細は次回(9月下旬配信予定)のShokabo-Newsにてご紹介いたし
ます。その他、編集委員・編集サポーターからのメッセージ、コース(刊行)
一覧や執筆者一覧などについては下記をご参照ください。
https://www.shokabo.co.jp/series/307_lecture.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【電子書籍のご案内】 https://www.shokabo.co.jp/ebooks/index.html
【オンデマンド出版書籍】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/d-pub.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【3】[連載コラム]松浦晋也の“読書ノート” (第57回)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんと鹿野司
さんに、お薦め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます。
今回のご担当は松浦晋也さんです。(鹿野さんは当分の間、休載いたします)
・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/
───────────────────────────────────
◆ 阿片周辺の物事と人々 ◆
● 『続・満洲国の阿片専売』(牧 久 著、ウェッジ)
前回からの2か月で、日本の政治の様相は大きく変化してしまった。7月10
日の参議院選挙を控えた7月8日、安倍晋三元首相が選挙応援演説で訪れた奈
良市で暗殺された。逮捕された犯人がカルトの旧統一教会に生活を破壊された
経歴をもち、「カルトと結んだ安倍元首相を殺そうと思った」と供述したこと
から、自由民主党と旧統一教会との関係が一気にクローズアップされた。安倍
政権第二期のあたりから安倍元首相は旧統一教会との関係を深め、選挙に利用
していたのである。その影響は暗殺から2か月近く経った今も続き、岸田政権
を揺さぶっている。
この暗殺に私は大きなショックを受けた。というのも、参議院選挙に当たっ
て「いったいなぜ自民党はかくも変質してしまったのか」と考え続けていたの
である。気が付けば私は小学生の頃、三角大福の1970年代初頭から自民党をウ
ォッチングしているのだが、往時の自民党は「人権というものがあるのがおか
しい」というようなことを公言する議員を在籍させておくような政党ではなか
ったのである。何かが影響して自民党の変質が進行している。が、一体何の影
響なのか──。
それに気が付いたのが、まさに7月8日早朝の起き抜けだったのだ。Twitter
に書き込んだので証拠が残っている。
次々出てくる自民や維新の議員・候補の失言・不祥事の内容を分析する
うちに「カルトが政治に決定的影響を与えている可能性」に気が付き、
震えている。とするならこれらの党への投票は文字通り「私を殺しても
いいですよ」になってしまう。陰謀論になってはいけないと、考えない
ようにしていたのだが……
午前6:05 ・ 2022年7月8日
https://twitter.com/ShinyaMatsuura/status/1545152161302032384
その6時間後に安倍氏暗殺が発生し、自民党が旧統一教会とずぶずぶの関係
にある証拠が次々に出て来たのだ。たまげるなんてものではない。天地がひっ
くり返るとはまさにこのことだ。
……いや、単に私が鈍かっただけだった。ニュースを掘り返し、様々な雑誌
やニュースサイトのバックナンバーを探っていけば、第二次安倍政権発足当初
から、鈴木エイト氏をはじめとした何人ものジャーナリストが、政権と旧統一
教会との癒着を報じていたのである。私がそれに気が付いていないだけだった。
今後、自民党に限らずすべての野党も含めて、日本の政治は脱カルトを真剣
に実行しなければならないだろう。法的措置も含む対策を実行して、政治とカ
ルトをはっきり切り離し、その上でカルトを社会から除去する必要がある。
さもなくば日本の未来はない、といっても過言ではない。カルトは国民を蝕
む存在であり、そのカルトを「組織票として便利」と政治が利用することは、
政治が自ら国を破壊するということを意味する。政治権力が国を破壊し始めれ
ば、もう手が付けられない。国は滅ぶのみである。私はこの日本という国で人
生を全うするつもりなので、そうなっては大変困る。
と、書評に不似合いな書き出しをしたのは、このところ続けている阿片を巡
る読書の登場人物である岸信介(1896〜1987)が、殺害された安倍元首相の祖
父であるからだ。それどころか、首相在任当時に旧統一教会を政治に引き込ん
だのが、岸その人であった。安倍晋三元首相が利用していた旧統一教会とのコ
ネクションは、岸信介、安倍晋太郎(1924〜1991)、安倍晋三(1954〜2022)
と世襲政治家三代に渡って維持されてきたのだ。
このように考えると、第二次世界大戦の敗戦後から現在に至る80年近い日本
の政治状況に、岸信介という人が及ぼした影響は非常に大きい。そして岸の政
治への第一歩は、満洲で縁を得た東條英機への接近であり、その時に武器にな
ったのが、里見甫経由で手に入れた阿片ビジネスの裏金だったのである。
さて今回のテーマ。戦前日本と阿片をテーマに読書を進めていくと、何人か
「あまり知られていないが、この人は阿片関係のキーパーソンらしい」という
人物の名前に当たることがある。
例えば、阪田誠盛(さかた・しげもり:1900〜1975)。南満州鉄道(満鉄)
から関東軍参謀本部に転じ、昭和8年(1933年)に関東軍が行った熱河作戦
(阿片の産地である熱河省を中華民国から切り取り、満洲国に組み入れた)で
は、阪田組という組織を作り熱河省からの阿片輸送を請け負った。その他、松
機関という陸軍特務機関を仕切って偽札による経済攪乱などの謀略工作をいろ
いろと実施したようである。敗戦後の昭和24年(1949年)には香港からアメリ
カ産のペニシリン、ストレプトマイシンなどの医薬品を海烈号という輸送船で
大量に密輸しようとして、逮捕されている。
あるいは藤田勇(ふじた・いさむ:1887〜没年不詳)。「阿片王」里見甫と
同じく新聞記者出身で、1919年には東京毎日新聞社長に就任している。その一
方で政界の黒幕的な活動もしていて、どうにも得体が知れない。昭和12年(19
37年)に、里見が上海に赴いて宏済善堂を設立して陸軍のための阿片密売を始
める以前から、上海における阿片流通に関与していたらしい。
大正から昭和前期にかけての中国大陸における阿片の闇取引を巡る人士は、
今も有名人として名前が残る岸信介、里見甫、甘粕正彦、児玉誉士夫などだけ
ではなく、あまり表に出てこない人がかなり関わっていたようなのである。
そこらへんの名前の出ない人のことをまとめた本はないか、と探して行き当
たったのが、今回取り上げる『特務機関長許斐氏利』である。
本書が描く許斐氏利(このみ・うじとし:1911〜1980)という人もまた、阪
田や藤田のように、戦前日本の闇の部分を駆け抜けるようにして生き、戦後は
実業家となるも、これまた21世紀の今の視点からは分かり難い人生行路をたど
った。著者の牧久(まき・ひさし:1941〜)は、日本経済新聞社の記者を経て
同社副社長、テレビ大阪会長などを務めた後にノンフィクション作家に転身。
他に『不屈の春雷 −十河信二とその時代− 上・下』(ウェッジ)、『昭和解
体 −国鉄分割・民営化30年目の真実−』(講談社)などの著書を持つ。
本書は1975年、陥落間近いサイゴンで日経の特派員を務めている著者のとこ
ろに、本書の主人公である許斐氏利の息子、許斐氏連(このみ・うじつら)氏
が訪ねてくるところから始まる。
著者は氏連氏と親しくなり、その父に興味をもつ。
「詰めたらしく何本か指がない」
「日本にトルコ風呂(今で言うソープランド)を持ち込んだ張本人」
「射撃の達人」
「若い頃は陸軍の特務機関で暴れ回った」
などなど、尋常ならざる話が聞こえてきたからだ。ところが許斐氏利のことは
容易に分からない。それからずいぶんと時間が経った2009年、著者のところに
氏連氏から連絡が入る。
「父が死んで30年になります。父は若い頃に中国大陸やベトナムでしたことを
ほとんど話してくれませんでした。父のことを調べてくれませんか」。こうし
て著者の調査が始まった。
調査は難航するが、意外なところで糸口が見つかる。昭和20年代、許斐氏利
は福岡の地方紙「夕刊フクニチ」に自分のことを話し、それが連載記事になっ
ていたのである。地方紙の連載を手がかりにして、許斐氏利の人生が見えてく
る──。
許斐氏利は、1911年に博多の金融業者の家に生まれる。が、許斐(このみ)
という特異な姓で分かるように、その家系は尋常なものではない。福岡県宗像
市にある宗像大社を司る血統、かつ戦国大名の宗像氏の重臣という武門の家柄
だ。許斐は大柄な体格で運動神経は良く、博多の隻流館という道場の門弟とな
って武術の腕を磨いた。隻流館で教えていたのは双水執流という武術。スポー
ツ化した今の武道ではない。柔術と居合いを組み合わせた古武術である。命の
やり取りを前提とした実戦的な格闘技と言ってよい。
1932年、許斐氏利は明治大学に入学。ここで彼は右翼学生と交わり、行動右
翼として活動し始めるのである。
ここから後の許斐の人生行路はあまりに多彩、かつ様々な人物が絡むので、
「頼むから本書を読んでくれ」と言うしかない。明治から昭和初期にかけての
実業家で、同時に政友会のパトロンとして政界の黒幕でもあった辻嘉六(1877
〜1948)、「五・一五事件」や「二・二六事件」の前触れと言われるクーデタ
ー未遂事件「三月事件」「十月事件」(共に1931年)を起こした陸軍軍人の橋
本欣五郎(1890〜1957)、「アジアは一丸となって欧米の植民地支配に対抗す
べし」とする大アジア主義の理論的支柱の大川周明(1886〜1957)、日本ファ
シズムのこれまた理論的中心人物の北一輝(1883〜1937)、尾張徳川家の家督
を継いだ華族でありながら、橋本欣五郎など行動右翼に資金を提供し続けた徳
川義親(1886〜1976)、戦後首相となる政治家の鳩山一郎(1883〜1959)、さ
らには前出の藤田勇、そしてなによりも許斐氏利が心服し、兄とも親とも慕っ
た陸軍参謀の長勇(1895〜1945)──。
戦争へと傾斜し、テロが頻発する時代の中、体格がよく武術を使う許斐氏利
は、行動右翼の実働を担い、頭角を現していく。三国同盟に反対する吉田茂
(1878〜1967)を脅迫し、二・二六事件では北一輝のボディガードを務め、や
がて関東軍勤務となった長勇にスカウトされて特務工作員として中国大陸に渡
る。壇一雄の小説『夕日と拳銃』(角川文庫ほか)で有名になった“満洲馬賊”
伊達順之助(1892〜1948)から射撃を習い、持ち前の運動神経で達人の領域に
まで到達する。
1937年、長の指示で上海に向かった許斐は、同年7月の日華事変勃発と共に、
上海に特務機関の許斐機関を組織し、そのトップとして蒋介石の国民党政府の
諜報機関と文字通り血で血を洗うような抗争に突入する。さらに許斐は、上海
派遣軍の参謀を勤める長勇に付き従って、南京に入城している。そう、南京虐
殺の起きたその時その場所に、長と共に許斐はいたのだ。
本書は第7章「日本陸軍の阿片工作」で、まるまる一章を割いて、主に上海
における里見甫による阿片密売活動を分析している。主な情報源は、第54回※1
に取り上げた佐野眞一『阿片王 −満洲の夜と霧−』でも参照している、東京
裁判における里見の証言記録だ。が、著者の牧氏は佐野氏よりもかなり精緻に
里見証言を読み込んで、阿片に伴うカネの流れを追跡している。アメリカは許
斐が阿片で蓄財したのではないかと疑っていた。著者は、許斐氏利が阿片で儲
けたという説には否定的だ。が、阿片密売で得た資金で活動し、同時に許斐機
関の仕事で阿片を活用したのは間違いないとする。
むしろ興味深いのは、里見の証言から浮かび上がってくるより大きな構図だ。
阿片密売どころではなく、台湾、朝鮮半島、中国大陸からインドネシアやベト
ナム、フィリピンに至るまでの阿片流通に対する日本の役所たる興亜院の積極
的な関与である。
興亜院は1937年(昭和12年)に、対中国業務を一括して行う役所として設立
された。が、設立には外務省が強硬に反対し、設立を後押ししたのが陸軍とい
うところから分かるように、実態としては陸軍が中国大陸でのフリーハンドを
得るために東京からサポートする役所という色彩が濃かった。
その興亜院が中国大陸の満洲国及び日本軍占領地域での阿片の流通に積極的
に関与したということは、まず阿片密売が単に満洲国のみならず、日本全体、
つまり大東亜共栄圏全体にとっての利権と化していて、そこに日本政府が全面
的に関与していたことを意味する。前回※2、前々回※3で、満洲国が阿片でず
ぶずぶだった様子をみたが、興亜院の関与をみるに、大日本帝国全体が阿片で
ずぶずぶだったのである。
あるいは、興亜院の設立には関東軍の出先が好き勝手に使っていた阿片密売
の裏金を、東京の参謀本部が取り上げて一括管理するという意味があったのか
も知れない。
実は興亜院では、戦後日本政治においてキーパーソンとなる者が何人か働い
ていた。その一人が後に首相を務める大平正芳(1910〜1980)である。興亜院
時代の大平は、阿片行政に関与していたことが判明している。戦後の日本政界
と阿片の裏金をつなぐルートとして、あるいは岸の他にこの大平の人脈という
のがあり得るのかも知れない。
※1 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-54.html
※2 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-56.html
※3 https://www.shokabo.co.jp/column/matsu-55.html
1945年6月、3か月に及んだ沖縄の地上戦は米軍の勝利で終結する。沖縄の
陸軍32軍参謀長を務めていた長勇は、摩文仁の壕で32軍の牛島満司令官と共に
自決した。この時、許斐氏利はなんとしても沖縄に赴き、長と共に死のうとす
る。が、搭乗した飛行機が墜落し、その願いは果たすことができなかった。長
の死を知った日、許斐は自らの左手の小指を切り落とした。
許斐は、敗戦後、さらに左手薬指をも自分で切り落としている。これは、行
動右翼からの引退、残りの人生を実業家として生きていくという覚悟の意味だ
った。そうして彼が始めたのが、銀座の一等地にキャバレーやバーを併設する
巨大な社交場としての銭湯を作り、運営するという仕事だった。東京温泉であ
る。ここでのサービスの一つとして、彼が上海で体験したトルコ風呂を持ち込
んだことから、許斐は「日本にトルコ風呂を持ち込んだ男」ということになっ
た。
実際問題として、トルコのマッサージ付きの風呂は、筋骨隆々たる男性マッ
サージャーが力一杯ごりごりとマッサージするものだ。これが上海に来て、蒸
し風呂の後に女性がマッサージを行うものに変化したらしい。それを許斐が日
本に持ち込んだ。この時点では性的サービスを伴う現在のソープランドのよう
なものではない。東京温泉の「トルコ風呂」に追従した日本の性風俗業者が、
現在のソープランドに相当する営業形態を考案したものと思われる。
後に許斐は、北欧起源のサウナも日本に持ち込んだ。つまり現在、日本のあ
ちこちにサウナがあり、我々が「整ったー」とか言ってサウナを楽しんでいる
のは、元をたどれば許斐氏利と東京温泉から始まるのである。
その一方で、戦後の許斐氏利は、趣味でクレー射撃を始め、なんと1956年の
メルボルン・オリンピックに選手として参加している。伊達順之助に習い、上
海で国民党諜報機関と命のやり取りをした銃の腕前だから、それはもう超絶的
なテクニックを持っていたのだろうとしか言いようがない。後に日本クレー射
撃協会の会長も務めている。さらには、子ども時代に通った隻流館を盛り立て
て社団法人化し、初代理事長に就任した。
他方で、“大柄で押しが利き、左手の指が二本ない不気味な人物”として、
様々なもめ事の仲裁、フィクサーめいた仕事、あるいは総会屋めいたことも行
っていた。1978年に、東京温泉社長を引退、2年後の1980年に胃がんのため68
歳で死去。
いやもう、実在したことが信じられないような規格外の人物である。彼の情
念の濃さは、正直私の理解の外にあるが、同時にその情念は、どうも日本人の
情念の根本から発しているようにも思える。はっきりとヤクザに近く、時には
区別が難しいほど接近するが、身過ぎ世過ぎの稼業としてのヤクザでもない。
むしろ素朴な正義感と暴力とが結合した“任侠”と呼ぶべきものだろう。長と
許斐は、お互いを清水の次郎長とその一の子分の大政に喩えていたという。
その任侠が、早稲田大学の図書館で独学した北一輝や、東京帝国大学印度哲
学科出身で7か国語8か国語に通暁し、後にはコーランを翻訳した超秀才であ
る大川周明と、「アジア」という概念で共鳴する。なぜなら、そこに「アジア
を植民地として搾取する欧米」という共通の敵があったからだ。
横暴なる欧米をアジアから追い出すには暴力の行使が必須だ。
北や大川には、理念の実現に暴力のエキスパートが必要だった。逆に長勇や
許斐氏利のような武人に憧れ、自らを正義の位置に置きたい任侠感覚の者は、
北や大川から「自らの正義を保障し、暴力の行使を正当化する理論的基盤」を
得る。
が、そこには「アジアの長としての日本」という傲慢が隠れていた。八紘一
宇とは諸国家を一つの家・家族とするという理念だが、背後には家長は日本で
あるという前提が存在する。
結局、大東亜共栄圏で起きたのは家長たる日本による家庭内暴力だった。長
に象徴される日本陸軍は、家族であるはずの中国の人民に阿片を売って謀略の
資金を得ることに、少なくともその時は何の呵責も感じていなかったのである。
最後に──東京温泉は、東京駅八重洲口地下でも「東京温泉ステーションプ
ラザ 東京クーア」という銭湯を経営していた。私にとっては「ああっ、あそ
こはそうなのか!」という施設である。サラリーマン時代、残業が続いてどう
にもこうにも疲れが溜まった時に、よく通ったのだ。東京クーアでは時折、全
身に派手な刺青を入れた、そちら方面の関係者らしき人を見かけた。通常、そ
ういう人は自分のシマの浴場からは出てこないものだが、と不思議に思ってい
たのだが、この本を読んで納得した。「経営者がこういう人ならば、それはあ
るだろう」と。
【今回紹介した書籍】
●『特務機関長許斐氏利 −風淅瀝として流水寒し−』
牧久 著/四六判上製/420頁/定価1980円(税込み)/2010年10月刊/
ウェッジ/ISBN 978-4-86310-075-6
https://wedge.ismedia.jp/ud/books/isbn/978-4-86310-075-6
【松浦晋也さんのプロフィール】
ノンフィクション・ライター。1962年東京都出身。現在、「Modern Times」、
日経ビジネスオンライン「Viwes」「テクノトレンド」などに不定期出稿中。
近著に『母さん、ごめん。2──50代独身男の介護奮闘記 グループホーム編』
(日経BP社、2022年6月刊)がある。その他、『小惑星探査機「はやぶさ2」
の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』
『増補 スペースシャトルの落日』『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など
著書多数。
Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(C) 松浦晋也,2022
※本コラムは本メール配信後、なるべく早い時期にWebサイトに掲載する予定
です。
https://www.shokabo.co.jp/column/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【4】お知らせ&編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇お知らせ
───────────────────────────────────
1.訂正表・正誤表や新しい演習問題など「書籍のサポート情報」
https://www.shokabo.co.jp/support/index.html
2.4月に「2022-23年度 裳華房 総合図書目録」を発行しました。
https://www.shokabo.co.jp/catalogue/
図書目録(冊子版)はご希望の方に無料で進呈いたします。
ご希望の方は、電話、FAX、電子メールのいずれかの方法で、送付先の
ご住所・お名前をご連絡ください。なお、FAX、電子メールの場合は、必ず
「図書目録希望」と明記してください。
請求先:裳華房
・電話 03-3262-9166
・FAX 03-3262-9130
・電子メール info@shokabo.co.jp
※ご連絡いただいた個人情報は目録送付のみに使用します。
───────────────────────────────────
◇編集後記
───────────────────────────────────
◎残暑お見舞い申し上げます。コロナ禍は相変わらず猛威を振るっており、弊
社でも感染や濃厚接触による出社停止の影響が出てきております。くれぐれも
健康にはご留意くださいませ。
(TK)
───────────────────────────────────
次号は2022年9月下旬の配信予定です。どうぞお楽しみに!\\(^o^)//
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★ Shokabo-Newsの配信停止・アドレス変更は下記URLよりお願いします ★
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
メールマガジンのご意見・ご感想は m-list@shokabo.co.jp まで.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
自然科学書出版 (株)裳華房
〒102-0081 東京都千代田区四番町8-1
Tel:03-3262-9166 Fax:03-3262-9130 電子メール:info@shokabo.co.jp
URL:https://www.shokabo.co.jp/ Twitterアカウント:@shokabo
【個人情報の取り扱い】 https://www.shokabo.co.jp/policy.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyright(c) 裳華房,2022 無断転載を禁じます.
|