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Shokabo-News No.388 2023/9/22
裳華房メールマガジン 2023年9月号
https://www.shokabo.co.jp/m_list/m_list.html
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★目次★
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【1】9月・8月の新刊
『手を動かしてまなぶ 曲線と曲面』
『関数解析の基礎』
『ルベーグ積分リアル入門 −理論構造を追跡する−』
『理工系学生のための 量子力学・統計力学入門』
『新・生命科学シリーズ 気孔 −陸上植物の繁栄を支えるもの−』
【2】10月の近刊
『数学のとびら 関数解析 −基本と考え方−』
【3】連載コラム 松浦晋也の“読書ノート”(62):
『安倍三代』(青木理 著、朝日新聞出版)
【4】お知らせ&編集後記
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【1】9月・8月の新刊
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※詳細な目次、内容見本などは裳華房Webページをご参照ください。
●『手を動かしてまなぶ 曲線と曲面』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1598-6.htm
藤岡 敦 著/A5判/332頁/定価3520円(税込み)/2023年9月10日発行/
裳華房/ISBN 978-4-7853-1598-6 C3041
★ がんばる初学者・独学者を全力応援! ★
基礎の基礎からガウスの驚異の定理を経て、ガウス-ボンネの定理に至るま
での道筋を明解に解説。著者の長年にわたる講義経験を基に、かゆいところに
手が届くように心がけた。
議論の要となる常・偏微分方程式の理論(解の存在定理など)の必要事項に
ついても、本書中で改めて丁寧に述べた。発展的項目として、変分問題と極小
曲面について独立した章を設けた。
真っ先に手に取りたい「超」入門書。
【本書の特徴】
◎ 曲線・曲面論の必須項目を自己完結した構成で1冊に凝縮。
◎ 内容はスタンダードな項目を厳選し、具体的でやさしい解説に徹した。
◎ 本文中で読者が行間を埋める必要があるところにアイコンをつけ、その具
体的なやり方を別冊「行間を埋めるために」でウェブ公開した。
◎ 数学書で頻出する「アルファベットの筆記体・花文字」を見返しに一覧で
まとめた。
◎ 節末問題の解答について、丁寧で詳細な解答を無料でダウンロードできる
ようにした(近日公開予定)。自習学習に役立ててほしい。
【主要目次】
1.曲線の定義と長さ 2.平面曲線 3.空間曲線 4.曲面の定義とさまざ
まな曲率 5.曲面論の基本定理と驚異の定理 6.ガウス-ボンネの定理
7.変分問題と極小曲面
●『関数解析の基礎』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1599-3.htm
吉田伸生 著/A5判/332頁/定価4180円(税込み)/2023年8月25日発行/
裳華房/ISBN 978-4-7853-1599-3 C3041
現代数学の視点から標準的内容を解説した関数解析の本格的入門書。初学者
にとって理解しやすい一方、専門家までもが目を見張る水準まで定式化の美し
さ、証明の切れ味を磨きぬくという著者の精神が貫かれている。証明法や具体
例については、下記のような特色をもつ。多数の練習問題(問)も収録。
【本書の特徴】
◎一様有界性原理、開写像定理、閉グラフ定理(「関数解析三大定理」)を初
等的・直接的に証明した(ベールの範疇定理は不要)。
◎豊富な具体例。例えば、ハーディ空間、ベルグマン空間、ディリクレ問題、
変分法による非線形偏微分方程式の解法(バナッハ・アラオグルの定理の応
用)、テープリッツの指数定理など。
◎付録「ルベーグ積分摘要」を設けることで、ルベーグ積分未習読者に既習読
者と遜色ない予備知識を提供。
【主要目次】
0.序 1.バナッハ空間とヒルベルト空間 2.有界作用素 3.共役空間
4.閉作用素 5.一様有界性原理・開写像定理・閉グラフ定理 6.弱位相・
汎弱位相 7.レゾルベントとスペクトル 8.フレドホルム作用素
付録A.集合・線形代数・距離空間 付録B.ルベーグ積分論摘要
付録C.問の略解
●『ルベーグ積分リアル入門 −理論構造を追跡する−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1600-6.htm
橋秀慈 著/A5判/284頁/定価3520円(税込み)/2023年8月31日発行/
裳華房/ISBN 978-4-7853-1600-6 C3041
「どうか一人でも多くの学生がルベーグ積分の理解をあきらめずに済むよう
に」との願いを込めて執筆された著者渾身の一冊。
本書ではこの思いを実現するために、抽象度の高いルベーグ積分の「完成さ
れた理論を展開」していくのではなく、理論を「抽象化していく過程を追跡」
していくこととした。
つまり具体的なことがらから考えはじめ、それがどのような背景のもとで、
どのような目的をもって理論化・抽象化され、ルベーグ積分論にまでいたるの
かを読者とともに考え、理解していくことを目標とした。
すべての数学科学生に届けたい一書。
【主要目次】
第I部 ルベーグ測度 第II部 可測関数 第III部 ルベーグ積分 第IV部 抽象
的な測度空間 第V部 ルベーグ積分の応用
●『理工系学生のための 量子力学・統計力学入門』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2279-3.htm
小鍋 哲 著/A5判/226頁/定価2640円(税込み)/2023年7月30日発行/
裳華房/ISBN 978-4-7853-2279-3 C3042
理工系学部の多くの学科では、各分野の応用に進む前に、量子力学と統計力
学の基礎を一つの講義で学ぶことが一般的である。しかし、これらの内容が1
冊にまとまった基礎的なテキストは多くない。
そこで本書は、物理学を専門としない学生が量子力学と統計力学の基礎を半
期で効率的に学べることを目指し、量子力学や統計力学を応用するために必要
十分な内容を丁寧に解説した。量子力学と統計力学がスムーズにつながってい
るため、両者の結びつきを感じながら学習することができるだろう。
またコラムでは、学んだ内容の応用について紹介した。日常生活のあらゆる
ところで量子力学や統計力学の技術が応用されていることを実感できるので、
勉強するためのモチベーションになること間違いなし。
【主要目次】
1.量子力学はなぜ必要か? 2.シュレーディンガー方程式と波動関数
3.物理量の期待値と測定値 4.シュレーディンガー方程式を解く(I)
5.シュレーディンガー方程式を解く(II) 6.シュレーディンガー方程式を
解く(III) 7.量子力学の基礎概念 8.統計力学はなぜ必要か? 9.孤立
系の統計力学 10.閉鎖系の統計力学 11.開放系の統計力学 12.量子統計
の基礎 13.量子統計の応用
●『新・生命科学シリーズ 気孔 −陸上植物の繁栄を支えるもの−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-5875-4.htm
島崎研一郎 著/A5判/184頁/2色刷/定価2860円(税込み)/
2023年8月25日発行/裳華房/ISBN 978-4-7853-5875-4 C3045
気孔は、陸上における植物の生存を可能にするのみならず、光を効果的に吸
収する広い葉、高い背丈、水や無機塩類の輸送を行う導管の形成と機能発揮に
必須の役割を果たした。気孔の形成と進化がなければ、陸上は茶褐色で岩だら
けの太古のままであるか、あるいは、川の流域の限られた地域のみが背丈の低
い植物で覆われた世界であったと思われる。
本書では、気孔の進化の道筋をたどりながら、気孔の開閉機構を通して、植
物における光やホルモン、CO2 の情報伝達とイオン輸送の具体例を示すことで、
その役割と機能を解説する。
【主要目次】
1.気孔の構造 2.気孔の働き 3.気孔の起源と進化 4.気孔の開口
5.気孔の閉鎖 6.気孔の CO2 に対する応答 7.気孔の形成と進化型気孔の
イオン輸送
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【2】10月の近刊
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※詳細な目次、内容見本などは裳華房Webページをご参照ください。
●『数学のとびら 関数解析 −基本と考え方−』
https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-1210-7.htm
竹内慎吾 著/A5判/304頁/定価3520円(税込み)/2023年10月10日発行/
裳華房/ISBN 978-4-7853-1210-7 C3041
関数解析の基本を、線形代数や微分積分の復習もしながら学べるように解説。
バナッハ空間、ヒルベルト空間、線形作用素の性質を理解することを主軸とし
て、できる限り丁寧な説明を心掛けた。とくに、具体的な例と抽象的な空間と
がつながっていない学生が意外に多いと感じ、通常なら「当たり前」として省
略されている内容も冗長をいとわず述べた。
本書の大きな特徴のひとつは、関数解析の考え方自体を学ぶには「ルベーグ
積分」の知識は必ずしも必要ないと考え、ルベーグ積分を用いる話題を最終章
(第7章)にいっさいあと回しにしたことである。第6章までの内容は、ルベー
グ積分の知識がない読者でも安心して読むことができる。
第7章では、微分方程式の境界値問題への応用を見据えて、ルベーグ空間と
ソボレフ空間について解説した。
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【オンデマンド出版書籍】 https://www.shokabo.co.jp/mybooks/d-pub.html
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【3】[連載コラム]松浦晋也の“読書ノート” (第62回)
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ノンフィクション・ライター/サイエンスライターの松浦晋也さんに、お薦
め書籍や思い出の1冊,新刊レビュー等をご執筆いただきます。
・バックナンバーはこちら→ https://www.shokabo.co.jp/column/
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◆ あまりに異質であった三代目 ◆
● 『安倍三代』(青木 理 著、朝日新聞出版)
ずっと続けてきた阿片を巡る読書だが、現在少々停滞している。問題意識は
「昭和初期から敗戦に至るまでに大日本帝国が国際条約に違反して商った阿片
の収益は、戦後の日本の政治にどう関係したのか」だが、だいたい出版されて
いる本としては読み尽くしたかな、というところまで来てしまった。
そこで、逆方向から攻めることにした。ここまで、日清戦争による台湾の植
民地化から始めて時代を追うようにして読書してきた。では、逆に現在から歴
史を遡るようにして読書していったなら、なにか分かるだろうか。
阿片に関係し、戦前と戦後をつなぐキーパーソンは、間違いなく岸信介だ。
しかし岸は賢く、老獪であり、容易なことでは尻尾を出さない。ならば、現在
から岸へと遡る形で読書すれば、なにかが見えてくるのではないか。
というわけで読んだのが今回取り上げる『安倍三代』だ。
読んで、最初は「失敗した」と思った。岸信介を扱っていると読んだのだが、
実際には本書で取り上げる「安倍三代」とは岸の系譜ではなく、安倍家の系譜
──安倍寛(あべ・かん、1894〜1946)、安倍晋太郎(あべ・しんたろう、
1924〜1991)、安倍晋三(あべ・しんぞう、1954〜2022)だったのである(3
人とも故人であるので、本稿では敬称略とする)。が、読んで驚愕した。丹念
に証言を集めていくことで、安倍晋三という人の抱えていた政治家としての欠
点、問題点を2017年の時点できれいにえぐり出しているのである。
本書は、まず週刊誌『AERA』2015年8月から2016年5月にかけて9回掲載さ
れ、その内容に大幅に加筆して完成した。著者は共同通信勤務を経て独立した
ノンフィクション・ライター。政治・社会分野で執筆活動を続けており、『日
本の公安警察』(講談社現代新書)、『ルポ 国家権力』(トランスビュー)、
『日本会議の正体』(平凡社新書)、『情報隠蔽国家』(河出文庫)などの著
書を持つ。
本書は、安倍家から出た3人の政治家を、「第一部:寛」、「第二部:晋太
郎」、「第三部:晋三」と時代を追って一人ずつ記述していく。記述にあたっ
て、著者は徹底した取材を行っている。安倍家の地元である山口県長門市油谷
町、旧大津郡日置村(へきむら)に通い詰め、さらに下関の関係者を取材し、
寛・晋太郎・晋三を直接、間接に知る人に会って話を聞き、3人の人間性の奥
底までを掘り起こそうとする。
取材に応じた人々の多くは高齢だ。当然である。寛が道半ばで病死したのは
1946年のことだ。寛を直接知る人となると、寛が政治家として活動していた時
期には子どもから若者の年代であった人に限られる。取材・執筆の時期であっ
た2010年代前半は、このような作業が可能なぎりぎりの時期だったといえるだ
ろう。2023年の今、本書に貴重な証言を遺してくれた方々は、そのほとんどが
鬼籍に入られたのではなかろうか。
そうして掘り起こされる安倍寛の肖像は、田舎の裕福な家庭に生まれつつも
現実に何度も打ちのめされ、なおも起き上がってきた粘り強さと、文字にする
なら「誠実」としか形容しようのない人格的真っ直ぐさで構成されている。
安倍寛は、1894年(明治27年)日置村の大地主の家に生まれる。しかし、父
は生まれて1年もしないうちに、母も3歳の時に病気で早世してしまい、伯母
に育てられる。幼少時より勉学優秀で金沢の旧制第四高等学校を経て東京帝国
大学政治学科に進学。政治家を志望したのは伯母が勧めたからだという。東京
帝大卒業後、東京で自転車製造業を立ち上げる。「政治にはカネがかかる。ま
ずカネを作らねばならぬ」と考えたからだった。やがて隣村の名家の娘・静子
と結婚し、一人息子の晋太郎が生まれた。
しかし、1923年に関東大震災が発生。おそらくは相当の被害を受けたのだろ
う。寛は自転車製造業を畳んで帰郷することを余儀なくされる。同時期、静子
と離婚。この離婚は当人同士が望んだものではなく、主に静子の実家のなんら
かの事情によるものだったらしい。その後、寛が再婚することはなかった。
帰郷後、1928年(昭和3年)の衆議院選挙に立候補したが落選。しかも無理
が祟って、寛は学生時代に罹患し、一度は落ちついていた結核が悪化してしま
う。その寛を、日置村村民が村長に担ぎ出した。当時日置村村議会は二つに割
れて抗争を繰り返しており、その調停を名家出身で学識のある寛に託したので
ある。寛は「病身でも良いか」と問うて、受け入れられるとベッドを村役場に
運び込んで献身的に仕事をし、村民の信頼を得ることになった。
自らの選挙地盤を得た寛は、1935年(昭和10年)に山口県議会議員選挙に出
馬し、当選。当時は村長との兼務が許されていたので、村長兼県議会議員とな
った。ある程度結核が回復したことから、1937年(昭和12年)に、再度衆議院
議員選挙に打って出て、今度は山口一区で当選する。選挙にあたって寛は、今
で言うマニフェストに相当する意見書を配布した。その内容は徹底した反戦平
和主義と、貧富格差の是正・失業者対策であった。著者はそこに寛の「視線の
低さ」、つまり戦争のない平和な社会を実現して庶民と共に歩み、その生活を
向上させるという意志を見ている。
しかし時代はどうしようもなく、戦争へと流れていく。議員なりたての寛に
国会内での影響力はなく、それどころか1940年(昭和15年)大政翼賛会が結成
され、平和主義を主張することすら難しくなっていく。
対米開戦後の1942年(昭和17年)4月の衆議院議員選挙は、政府が推薦した
「推薦候補」が主体となり、「大政翼賛選挙」と呼ばれる。この選挙に、寛は
時の東條英機の内閣に真っ向から反対し、非推薦候補として立候補した。非推
薦候補には事実上政府の公認のもと様々な嫌がらせや選挙妨害が行われたが、
それでも寛は当選を果たす。それは、彼がどれだけ地元で慕われていたかとい
うことを示すものだろう。
この時、岸信介は東條英機に取り入って、政府推薦候補として隣の山口二区
に初出馬。トップで当選している。東條英機への接近のために役に立ったのが、
阿片王・里見甫の提供した巨額のカネであった。
敗戦が近づく1945年(昭和20年)春、二つの象徴的な出来事があった。ひと
つは寛と岸信介の面会。反戦平和を求める寛と、ファシストの岸信介は政治的
立場はまったく異なったが、隣の選挙区で非推薦候補ながら当選し、節を曲げ
ない寛を、岸は評価していたようである。この面会が後に、息子の晋太郎と、
岸の娘・洋子との結婚につながっていく。
同じ頃、海軍滋賀航空隊に入隊していた息子・晋太郎が一時帰郷する。特攻
隊を志願したが故の「故郷に別れを告げてこい」の帰郷だった。後に晋太郎は
この志願を「一度も軍人になりたいと思わなかった。『どうせ死ぬなら華々し
く散りたい』という気持ちからだった」と回想している。どうせ死ぬなら──
つまり志願は形ばかりで、志願しないという選択肢はなかったのだ。
寛の体調はまた悪化していた。この帰郷で父は息子に向かって語った。「こ
の戦争は負けるだろう。だが、敗戦後の日本が心配だ。若い力がどうしても必
要になる。無駄な死に方をするな」。
敗戦後、寛は政治活動を再開しようとするが、体調がそれを許さなかった。
1946年(昭和21年)1月死去。そして、政治活動は息子の晋太郎へと引き継が
れていくのである。
第二部の主役である安倍晋太郎は終生「自分は岸信介の娘婿ではなく、安倍
寛の息子だ」と称し、なにかと父・寛の思い出話をしたという。著者による地
元での緻密な取材から浮かび上がるのは、父は病身かつ多忙の政治家で、かつ
母が不在の家庭で育った孤独、寂しさである。
頭が良くて成績優秀、大柄でスポーツ万能。学校では一目置かれる存在──
しかし心の奥底に寂しさを隠した彼は、岡山の旧制第六高等学校から東京帝大
法学部に進学するも、戦局悪化に伴い海軍航空隊に入隊。死を覚悟する日々を
送る。敗戦後、父の死に伴い後継者問題が発生するが、当時21歳の彼は被選挙
権すらなかった。つなぎとして衆議院議員となった親戚の医師・木村義雄は、
戦時中に大政翼賛会と関係していたために公職追放にひっかかって失職。代わ
って立った官僚出身の周東英雄は、その後中央政界で着実に地歩を固めていく
が、父を尊敬し、その仕事を継ごうとした晋太郎にとっては障害となっていく。
東京帝大卒業後、毎日新聞に就職して政治部記者となり、1951年に洋子と結
婚。岸信介の閨閥に連なったわけだ。
1953年に公職追放が解けた岸が政界に復帰したことから、晋太郎の人生も動
き出す。1956年に毎日新聞を辞して岸の秘書官となり、1958年に自らも衆議院
議員選挙に山口一区から出馬。しかしそこでは、すでに周東英雄が地盤を固め
ていた。この問題は結局、岸の弟の佐藤栄作が権勢を振るい、山口一区の自民
党議員のひとりに参議院に回ることを承知させて解決した。しかし、親譲りだ
ったはずの選挙地盤は、10年以上の空白の結果、周東のものとなってしまって
いた。自分で地盤を作っていかねばならない。
父・寛と義父の岸は考え方が異なる。しかし、その岸に頼らねば自分は当選
できない──本書から見えてくるのは、晋太郎を「政治家二代目にして岸の威
光をバックにしたボンボン」ととらえると事を見誤るということだ。父を尊敬
しつつ、父とは政治的立場の異なる岸信介をバックにしなければ当選は覚束な
いという立場が、晋太郎を「あちらも立てればこちらも立てる」調整型政治家
へと導いていく。
特に興味深いのは、下関の在日朝鮮人との関係である。山口一区の大都市で
ある下関で、当初晋太郎は地元の名家・林家の支援を受けていた。しかしその
林家から、通産官僚出身の林義郎が、周東に代わって出馬することになり、支
援を受けられなくなる。
そこで彼が頼ったのが、下関在住の在日朝鮮人のコミュニティだった。下関
は古くから朝鮮半島・中国大陸方面との交通の要所であった。しかも朝鮮併合
から敗戦までは、朝鮮半島は日本の植民地であったため、下関にはかなりの規
模の朝鮮人コミュニティがあるのだ。彼ら自身は日本の選挙権を持たないが、
中にはビジネスで成功して日本人を多数雇用している者もいた。組織票として
動いてくれるわけだ。そして、在日朝鮮人コミュニティとしても、選挙権を持
たない自分たちの利益を代表してくれる政治家が必要だった。加えて晋太郎に
は朝鮮人に対する差別感覚はなかった。旧制六高時代に、朝鮮系の親友を作っ
ていたからである。
ここでも彼は相反する利害を、政治を代表して調整するという課題に直面し、
調整型政治家としての技量を身につけていく。しかも本書の記述から推察する
に、調整のプロセスで双方から十分に事情を聞き取って、道理を立てて双方の
満足のいく解決案を提示するということで、人間的な雅量と力量を磨き上げて
いったことが見えてくる。
著者は、その根本に「幼少時の境遇」、つまり孤独や寂しさがあったのでは
ないかと推測する。骨の髄からの孤独を知るからこそ、他者のつらさを感じ取
ることができたのではないか、と。
本書は熱心に安倍晋太郎を応援した下関在日一世の大物、吉本章治の言葉を
紹介している。
「あの人(晋太郎)は身寄りがない。両親もおらず、兄弟もいない。足場
がなく、一人でがんばっていた。ある意味、在日と似ていた。線は細い
が、目線は同じだった」 (本書p.151)
安倍晋太郎はその後順調に自民党内の地歩を固め、1986年には福田赳夫から
福田派を譲り受けて派閥の長となる。「次は総理大臣」との評判は高かったが、
1988年のリクルート事件に引っかかり謹慎を余儀なくされ、ほどなくガンを患
ってしまう。1991年5月に、総理の座に就くことなく67歳で死去。
最晩年、彼は父と離婚した母が再婚して一子を成していたことを知る。彼は
「自分には弟がいた」と大いに喜び、早速面会して交友を持つ。その異父弟・
西村正雄は、晋太郎の最期を看取ることとなった。
晋太郎とその周辺の、総理への執念は、次男の晋三に引き継がれることにな
る。
ところが、「第三部:晋三」の記述は、ここまでの「第一部:寛」、「第二
部:晋太郎」とはまったく雰囲気が変化する。著者の緻密な取材も、徹底して
関係者に会って人間としての有り様を聞き出していく態度も変わりはないのに、
一気に内容が薄っぺらになるのだ。それは取材対象となった安倍晋三という人
の人間性の薄さ、厚みのなさの結果である。
安倍寛も、安倍晋太郎も、それぞれの人間としての厚みが見えていた。いか
なる境遇に生まれ、何を考え、どのようにして決断し、自分の人生を自分で切
り拓こうとしたかがはっきりと分かった。
しかし、安倍晋三の取材からは、そのようなものが一切見えてこない。関係
者からの聞き取りの結果見えてくるのは、恵まれた境遇の中、主体的に何かを
選び取ることなく、決断することもなく、才気を輝かせることもなく、ただな
んとなく易きに流れた結果、政治家になってしまった姿のみだ。
おそらくネットに多い熱烈な安倍支持者は「それは著者が偏見を持っている
からだ」と主張するところだろう。ところが、学生時代の友人や先生、サラリ
ーマン時代の上司、さらには実兄の安倍寛信氏、あるいは昭恵夫人にまで取材
をして、そのすべてが不気味なぐらいに一致しているのである。
晋三は、1954年(昭和29年)に、晋太郎・洋子夫妻の次男として東京で生ま
れる。両親は山口で選挙地盤を固めるのに忙しく不在がち。父母にもなかなか
会えない孫を溺愛したのは、母方の祖父・岸信介だった。小学校から成蹊学園
に通い、一切受験勉強の荒波に揉まれることなく成蹊大学法学部政治学科を卒
業。そのまま米国に留学。が、この米国での学歴が後に詐称であることが暴露
されてスキャンダルになる。その印象は「政治家になるまでの腰掛け」として
入社した神戸製鋼所でも変わらない。「要領は良いが、飛び抜けて優秀なわけ
でも、全くダメなわけでもない。優しいが影は薄い」。要するに信念がない。
寛や晋太郎にはあった、人として依って立つ強固な芯がない。
その一方で、地元山口の支援者から、大学での指導教官に至るまでが、内閣
総理大臣になってからの、晋三の強面というべき政治姿勢を批判する。地元で
は古株の支持者が揃って「寛さんも晋太郎さんもああではなかった」と嘆く。
成蹊大学で彼に国際政治学を教えた宇野成昭は、晋三の改憲論を「(彼は)憲
法が何かも分かっていない気がします。もうちょっと憲法をきちんと勉強して
もらいたいと思います」と強く批判し、彼が進めた安全保障法制を「私の国際
政治学(の授業)をちゃんと聞いていたのかな、と思います」と皮肉る。父・
晋太郎の弟・西村正雄でさえも、晋三の強硬な政治的態度に苦言しようとして
いたことが明らかになる。
このおよそ、優れた資質が見えない三代目は、2度目の内閣総理大臣の職に
あって日本をどこに導くのか、という危機感で、2017年出版の本書は締めくく
られる。
2022年7月8日、安倍晋三は選挙遊説中に暗殺され、67年の生涯を閉じた。
棺を覆いて事定まる。歴史的人物としての安倍晋三の評価はこれからがまさに
本番であって、実際この1年で、生前には分からなかったこと、あるいは本書
出版時の2017年には表に出てこなかったことが判明しつつある。
その中で、本書が扱っていない重大な事実が二つある。ひとつは、旧統一教
会との関係だ。この件については本書に示唆的な記述がある。岸信介の側近と
して衆議院議員を6期務め、その後も安倍晋三を支援し続けた吹田ナ(ふきだ
・あきら、1927〜2017)の証言だ。民主党政権下の2012年、野党に転落した自
民党の総裁選が迫っていた。吹田と安倍は面談し、その席で人払いした吹田は、
安倍晋三に「再度自民党総裁を目指せ」と迫った。今は党内がそのような情勢
ではないと渋る安倍に、吹田はこういった。
「あんたね、このままだと『敵前逃亡の総理大臣だ』と言われよるよ。現
にマスコミはそう言っとる。安倍家として、岸信介の系統を継ぐ者とし
て、ここはなんとしても名誉回復せないかんのではないかね」
(本書p.279)。
結果として、彼はこの年9月の自民党総裁選に出馬し、石破茂を破って総裁
に復帰。同年12月の衆議院選挙で民主党が惨敗したことで、内閣総理大臣に返
り咲いた。
著者は「吹田の叱咤だけが晋三の決意の理由だったわけではないだろう」と
書く。同時に「だがそんなもの(祖父・岸信介への想い)は所詮、世襲政治一
家の勝手なプライドと私的な都合に過ぎない」と、斬って捨てる。その上で、
著者のインタビューに応じた政治家の古賀誠(1940〜)の言葉を引用するのだ。
「祖父ちゃんを追い越したいとか、父ちゃんを追い越したいなんていうのは、
本来の政治の志とは違う」──。
晋三死後の報道で、旧統一教会との関係が、この2度目の首相就任のあたり
から強まったことが分かっている。祖父に強い想いを抱く彼が、吹田などの説
得を機に、祖父の遺した旧統一教会とのコネクションを最大限に活用し、祖父
の思い残しだった憲法改正を実現しようと考えたというのは、あり得るように
思える。
「要領は良いが、飛び抜けて優秀なわけでも、全くダメなわけでもない。優
しいが影は薄い」人物が、首相の激務に耐えるだけの自我を支える確固たる芯
を持とうとすれば、幼少時に溺愛してくれた祖父の面影にすがるしかないので
はないか。
だが、それは著者が、そして古賀誠が指摘する通り、まったく「政治の志」
ではない。
もうひとつ、本書で触れていないのは彼の健康問題だ。彼が若い時から潰瘍
性大腸炎(クローン病)という慢性の難病を患っていたことは衆知のことだ。
首相2期目の時は表立っては「新しい薬が効いたので」と説明していたが、彼
をテーマとしたドキュメンタリー映画『妖怪の孫』(内山雄人監督、2023年公
開)では、医師団が付いて徹底した健康管理を行って支えていたことを関係者
が証言している。
『妖怪の孫』にはもうひとつ気になるシーンがある。インタビューを受けた
関係者のひとりが「彼は腸が1/3ないから」というのである。これは実は奇妙
なことで──というのはクローン病の場合、腸を1/3も切除するということは
まずないのだ。手術を何度も繰り返して結果的に腸が1/3なくなるということ
はあり得るが、彼がそんなに何度も腸切除の手術を受けたという話は表に出て
いない。
「腸が1/3ない」というと、考え得るのは、1)低体重で出生した乳児が起
こしやすい壊死性腸炎、2)ヒルシュスプルング病──ぐらいである。1)は
そのままでは死亡してしまうので、速やかに腸の壊死した部位を切除する必要
がある。2)は先天的に腸の一部に神経がないという病気だ。こちらも神経の
ない部位で重篤な便秘を起こし生命の危機となるので、神経のない部位を切除
してつなぎ合わせる必要がある難病である。いずれにせよ、「彼は腸が1/3な
いから」という発言は、彼が腸に二つの病気を重ねて持っていた可能性を示唆
する。
そして調べてみると、彼は首相2期目の2013年5月19日に、九州大学病院を
ヒルシュスプルング病の研究を視察するために訪問しているのである。つまり
彼は、ヒルシュスプルング病に特別の興味を持っていた。
彼の持病について、支持者たちは「病気で差別すべきではない」と擁護して
いた。が、実は政界には暗黙のルールが存在する。
「病気の者は責任ある地位についてはならない」。
病気で政務が滞っては国民に対する義務が果たせないし、病気のために判断
が鈍れば、それこそ国の死活問題になるからだ。
岸信介のライバルであった石橋湛山は1956年12月、岸信介を退けて自民党総
裁となり、内閣総理大臣に就任した。負けた岸は副総理に回った。が、翌年1
月、石橋は脳梗塞を発症する。症状は軽くすぐに回復するものと思われた。実
際、その後石橋は1973年まで生きたので、そのまま内閣総理大臣を務めたとし
ても問題は起きなかった可能性が大きい。が、石橋は責任を果たせないとして
総理在任65日で辞職。その席を岸に譲った。
内閣総理大臣の責務はそれぐらいに重いのだ。
安倍晋三が、腸に二つの問題を抱えながらも総理を目指したとしたら、それ
は国民への背信である可能性を考えねばならない。それどころか、健康である
ことが絶対条件の政治家を志したことそのものが間違いということになる。
本書で昭恵夫人は、夫のことを「映画監督になりたい人だった」と語ってい
る。あるいは、政治家の家に生まれてなおも映画の道に進んでいたら──逆説
的ではあるが、彼は政治家に必須の「自分の運命を自分で切り拓く」体験をし
て、政治家に相応しい自我を確立できたのかもしれない。
いずれにせよ、歴史的人物としての安倍晋三の評価はまだ始まったばかりだ。
本書にはその研究の一助となる、貴重な証言が詰まっている。
【今回紹介した書籍】
●『安倍三代』
青木 理 著/四六判/296頁/品切れ中/2017年1月刊/
朝日新聞出版/ISBN 9784023315433
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18758
※電子書籍があります。
※上記の単行本は版元品切れ中で、文庫版(下記)が入手可能です。
『安倍三代』
青木 理 著/文庫判/328頁/定価792円(税込)/2019年4月刊/
朝日新聞出版/ISBN 9784022619617
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20890
【松浦晋也さんのプロフィール】
ノンフィクション・ライター。1962年東京都出身。現在、日経ビジネスオンラ
インにて「チガサキから世間を眺めて」を連載の他、「Modern Times」
「Viwes」「テクノトレンド」などに不定期出稿中。近著に『母さん、ごめん。
2──50代独身男の介護奮闘記 グループホーム編』(日経BP社)がある。そ
の他、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』『はやぶさ2の真実』『飛べ!
「はやぶさ」』『われらの有人宇宙船』『増補 スペースシャトルの落日』
『恐るべき旅路』『のりもの進化論』など著書多数。
X(旧Twitter)アカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura
「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(C) 松浦晋也,2023
※本コラムは本メール配信後、なるべく早い時期にWebサイトに掲載する予定
です。
https://www.shokabo.co.jp/column/
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【4】お知らせ&編集後記
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◇お知らせ
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1.「2023-24年度 裳華房 総合図書目録」
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2.書店・生協様のページ
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3.訂正表・正誤表や新しい演習問題など「書籍のサポート情報」
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4.著者による「自習用の講義動画」(YouTube利用)
https://www.shokabo.co.jp/support/self-study.html
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◇編集後記
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相も変わらず秋とは思えない暑い日が続きますが、体調管理にはくれぐれも
ご留意ください。 (TK)
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次号は2023年10月下旬の配信予定です。
どうぞお楽しみに!\\(^o^)//
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