中川源三郎 著 『農業氣象學』 [初版 明治32年]
弊社では、伝統的に地学分野は“層”が薄く、とくに気象・気候分野の書籍については戦後は刊行されておりませんが、明治後期から大正時代にかけては、それなりの点数を出版しておりました。今回ご紹介するのは、その中の1冊で、中川源三郎著『農業氣象學』(初版 明治32年)です。
国立国会図書館のデータベース等で調べてみても、日本で刊行された(いわゆる気象年報等ではない)「気象学」書籍としても最初期の1冊ではないかと思われます。
本書は全4編から構成されていて、第1編が気象学の概要(約90ページ)、第2編が各気象要素が農作物の生育や収穫に与える影響など(約80ページ)、第3編が気象要素の具体的な測定方法(約40ページ)、最後に第4編が暴風(台風)や洪水の予報なども含めた気象予報(約30ページ)です。
各編の具体的な目次は以下の通りです(旧字体は新字体に修正)。
第1編 気象概説
1.空気/2.温熱/3.空気の温度/4.地中の温度/5.空気の圧力および運動/6.空気中の水分/7.天気/8.気候
第2編 農芸気象
1.熱/2.光/3.湿気/4.降水/5.霜、雪/6.風/7.電気/8.気候
第3編 気象観測
1.簡易気象観測法/2.温度/3.気圧/4.風/5.水蒸気 −温度および蒸散−/6.降水/7.天気
第4編 気象予報
1.予報の要旨/2.天気予報/3.暴風警報/4.温度予報 −附霜の予報/5.洪水予報
著者は、「例言」で「農業者の参考に資せんとするの目的なれば高尚なる数理の説明は之を省き(中略)要は勉めて實用を旨とし簡明を期せんとするにあり」と述べているように、記述にあたっては実際の農業者の参考になるように簡潔明瞭な文章をこころがけ、一読した範囲では、旧仮名遣い・旧字体や文語体であることを除けば、現在の高校教科書と同じくらいのレベルになっているように感じました。
書名からは第2編が中心ということになりますが、通読すると、どちらかというと(当時の)気象学をわかりやすく、実生活に役立つように解説する、というあたりに著者の主眼があったように思います。
また、気象予報についても第4編としてかなりのページ数を割いて記述していることは、本書の大きな特徴と言えるでしょう。インターネットはもとより、テレビやラジオもなかった当時(日本初のラジオ放送は大正14年)、気象予報は電報による気象通知という形でしか人々の元には届かず、しかも気象通知の電報は(字数省略のため)様々な符号が使われており、一見では非常に解りにくいものでしたが、本書では、この電報を農家が利用する際に注意すべき要点と使用方法についても記述しています。
著者の中川源三郎についてはあまり詳しいことはわかりませんが、明治5年京都に生まれ、明治24年に京都気象台に勤務。その後、中央気象台に移り、裳華房から本書『農業氣象學』や『天氣豫報論』(明治33年刊、2002年に龍溪書舎より『明治後期産業発達史資料 第619巻』として復刻)などの著書を刊行しました。
気象や地象、水文などについて1か月の概説や統計値をまとめた『気相要覧』の創刊に尽力し、大日本気象学会や農業事業会の中でも“中川気象学”として一目置かれる存在だったようです。また、本書と同年の明治32年(1899年)には、気候区分に関する本邦初となる論文「本邦氣候の區分に就て」を『地學雜誌』に発表[*1]しています。
明治34年に弱冠29歳で神戸測候所(現在の神戸地方気象台)の第3代所長に就任、凧型観測装置の発明など天気予報の精度の向上に必要な高層気象観測に尽力。明治45年に同所所長を辞任した後、私設の六甲山測候所の所長を勤め、関西学院(現在の関西学院大学)でも教鞭を執られたようです。没年は不明です。
裳華房からは、上述の他に、一般向けの『天氣講話』(大正元年)、『實用氣象学』(大正3年)、『日本氣候学』(大正5年)などの著書を刊行しております。
なお本書は、国立国会図書館のデータアーカイブにて全文(一部欠落ページあり)が公開されています。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/839229
[脚注]
*1 『地學雜誌』11巻5号、 p.347-354。
またJ-STAGEにてPDFファイルが公開されています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/11/5/11_5_347/_article/-char/ja/
◆『農業氣象學』
中川源三郎著菊判/276頁/初版 明治32年(1899年)/裳華房
※中川氏の経歴については、飯綱一之「神戸の気象事業に貢献した明治の気象人「中川源三郎」」(神戸海洋気象台薹報,222号,p.10-24)を参考にさせていただきました。誠にありがとうございました。
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