山岡 望著『化學史傅』(初版 1927年[昭和2年])
今回ご紹介するのは,とくに化学史や化学教育分野で著名な山岡望先生ご執筆の『化學史傅』(初版 昭和2年[1927年])です.
山岡望(やまおかのぞむ)先生(1892〜1978)は,旧制第一高等学校[*1],東京帝国大学理科大学化学科で修学された後,大正5年(1916年)に(旧制)第六高等学校(岡山県)に着任し,以後,昭和25年(1950年)に学制改革によって同校が廃校されるまでの三十数年にわたって化学教育に専念されました.六高からは数多くの化学者が輩出しています.
その後東京に移り,日本獣医畜産大学.国際基督教大学,日本赤十字武蔵野女子短期大学などの教授を歴任され,昭和52年(1977年)には,日本化学会から第1回の化学教育賞を受賞されています.
山岡先生は,すでに中学時代より科学史に興味を持たれていたそうで[*2],化学史の書籍としては最初期[*3]に刊行された本書『化學史傅』をはじめ,『化学史談』(T〜[,別冊)『化学史窓』『化学史筆』『化学史塵』(以上内田老鶴圃)など,数々の化学史に関する書物を著されました.
またご専門の有機化学では,昭和10年に,当時としては大変にユニークな教科書『わが有機化学』(内田老鶴圃)[*4]を出版されています.
さて,その山岡先生の(初期の)代表作が『化學史傅』です.
本書の特徴の一つは,目次をご覧になればおわかりのように,古代から二十世紀初頭までの化学史を,人物中心に記述していることです.
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1927yamaoka-history/mokuji.pdf
具体的には,太古の元素観や錬金術(古代の化学)から始まり,近代化学の祖としてのボイル,シェーレ(酵素の発見),ラヴォアジェ(定量化学),ベルツェリウス(分析化学),リービッヒ(有機化学),ブンゼン(実験化学),メンデレエフ(周期律),ファント・ホッフ(物理化学),フィッシャー(生化学),ラムゼー(無機化学)に焦点を当て,その生涯と事績を中心に述べながら,ダルトン,アボガドロ,デービー,ファラデー,グレアム,パストゥールなどの伝記と事績を加えて,約300年にわたる化学の発展史が説かれています.
とくに,人間としても魅せられていたリービッヒについては,本書の約5分の1にあたる100頁強を割いて記述しています.
【第6章 内容見本(抜粋21頁)】
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1927yamaoka-history/chap6.pdf
また,各人の事績・業績も,単に成功した事例のみならず,失敗や過ち,また失意や後悔などについて,繰り返し筆を重ねている点も本書の大きな特徴になっています.
さらに,化学の先達に対する愛情あふれる語り口で,全体が非常に流暢な名文であることも大きな特徴といえましょう.旧字,旧仮名遣いに慣れていない現代の目で見ても,ページを開くとすーっと抵抗なく読み進められます.
中でも,結語「煌く星々」の中で,本書で取り上げた化学の先達たちを,夜空の星々に譬えて述べられている箇所は,一読の価値大かと思います.
北天の中心にはベルツェリウスの名を宿す北極星が儼然としてその座を守ってゐます。琴,鷲,白鳥の諸座の諸星は既に西に傾きました。此等は一體どの化學者を記念する星々でありませうか。ペガススはファン・ト・ホッフの馬に譬えられた星でありました。北斗七星は…… (以下続きます)
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1927yamaoka-history/conclusive.pdf
本書は,修正版が昭和6年(1931年)に,増訂版が昭和16年(1941年)に発行された後,長らく絶版となっていましたが,昭和43年(1968年)に,大幅に脚注や文献を追加した『化学史傅(脚注版)』が内田老鶴圃から刊行されましたので,化学史を専門とされる方の中には,こちらの脚注版をご覧になられた方も多いのではないでしょうか(現在は版元品切れ中).
・内田老鶴圃の『化学史傳』紹介サイト
http://www.rokakuho.co.jp/data/books/3131.html
なお,本書(裳華房発行)および脚注版(内田老鶴圃発行)は,いずれも初版が国立国会図書館のデジタルアーカイブで公開されています(館内閲覧のみ).
【裳華房版】 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1119412
【内田老鶴圃版】 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1382626
[脚注]
*1 山岡先生の最初の著作物としては,大正8年に山岡柏郎のペンネームで執筆された,一高時代のさまざまな出来事を記した『向陵三年』(博文館)があります.その中では,当時の校長であった新渡戸稲造氏に対する傾倒ぶりがうかがえます.
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/940446
*2 山岡望・林良重「温故知新 山岡望先生をお訪ねして」(1976)化学教育24(6), 501-503.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001824738
*3 本書発行の3年前(大正13年)に,中瀬古六郎著『世界化學史』(カニヤ書房)が出版されています.
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931342
*4 記述は最小限に抑え,余白を大きく取って,自ら観察し調べたことを自由に書き込めるように工夫.国立国会図書館でデジタルアーカイブが公開されています(館内閲覧のみ).
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1047547
◆『化學史傅』 山岡 望 著
菊判上製/544頁/初版 昭和2年(1927年)2月発行/裳華房
【扉・奥付など】 (修正第2版)
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1927yamaoka-history/tobira-etc.pdf
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