ヘルマン・ワイル 著『群論と量子力學』(初版 1932年[昭和7年])
本書は,数学と物理学の両分野で多大な功績を残したヘルマン・ワイル(Hermann Klaus Hugo Weyl,1885〜1955)が執筆した“Gruppentheorie undQuantenmechanik”(初版は1928年刊行)の第2版の日本語版です.原著の第2版は1930年に刊行されていることから,そのわずか2年後に,この翻訳本が刊行されたことになります.ちなみに,当時の値段は8圓50銭となっています.
初版の序文の冒頭を読むとわかるのですが,本書誕生の経緯には,どうやら,(当の本人たちが知っていたかどうかはわかりませんが)デバイとシュレーディンガーの2人が絡んでいたようです.
当時,3人はチューリッヒ連邦工科大学に在職していたようですが,序文によれば,1927〜1928年の冬学期に,デバイとシュレーディンガーの2人が同時に他へ去ったとあります[*1].
そして,ワイルは次のように記しています.
「チューリッヒは理論物理の講義の全部を失うことになった.」
当時の状況がわからないので,もしかすると,理論物理を担当できる先生がいなくなってしまったという事実を単に述べただけかもしれませんが,私には,この2人がいなくなってしまったことに対するワイルの非常に残念な気持ちが,この表現に込められているように思えました.
もともとは『群論』の講義を担当すると予告していたものを『群論と量子力学』に改め,2人がいなくなった分を何とかしようとしたことが,本書の誕生につながったようです.
歴史に「もし……だったならば」という発想を持ち出すのはナンセンスかもしれませんが,もし,デバイとシュレーディンガーがチューリッヒを離れなかったら,この名著と誉れの高い『群論と量子力學』は誕生しなかったかもしれません.そう思うと,歴史の面白さを感じます.
本書については,翻訳をされた山内先生が「飜譯者附記」で次のように述べています.
本書は入門書としては稍稍難解かもしれないが,量子力學の根本原理及びその主要な應用を,統一的見地から最も完全且つ精緻に叙述したものとして他に類がないと信ずる.
https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1932Weyl-group/translator.pdf
また,同じく「飜譯者附記」に,
量子力學が世に現れてから既に十年に近く,その間の發展は眞に目覺しいものがあり,原子的現象に伴ふ多くの謎はこの理論により殆ど總て明解に解決され,更に徹底した自然の認識に迫進しつつある.
とあることから,この当時,量子力学という分野はまさに物理の花形として注目され,躍進していたことがわかります.そうした中で,群と量子の関係を記した本書が登場したわけですから,当時の物理学者はもとより,量子力学というものをあまり知らなかった数学者にとっても,大きなインパクトがあったのではないかと思われます.
なお,全くの余談ですが,本書には,探し出す方が大変なくらいに,図がほんの数枚しかありません.ワイルにとっては,図などを入れなくても論理的に一つ一つ解説していけば理解に達する,ということなのかもしれません.
一般的に言えば,図や写真は読者の理解を助けるためには有効なものなのですが,その使い方によっては,逆に読者の思考力や想像力を奪ったり,間違った理解に導いてしまうこともあって,何でも入れればよいというものでもありません.
今となってはワイルの本心はわかりませんが,こうしたことを配慮してのことかもしれませんし,単に「図のセンスがなかった」のかも…….もちろん,それは原著の編集者にも言えることなのですが.
【本書に掲載の図】(全3図)
ヘルマン・ワイル(wikipediaより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%AB
[脚注]
*1 ノーベル賞公式サイトの略歴によれば,ピーター・デバイは1927年にライプツィヒ大学の物理学教授に就任.エルヴィン・シュレーディンガーは1927年にマックス・プランクの後継者としてベルリン大学の教授に就任しています.
◆『群論と量子力學』
ヘルマン・ワイル 著,山内恭彦 訳/B5判/392頁/昭和7年(1932年)5月発行/裳華房
◇内容見本など
【序文】(第一版の序文より,第二版序文)
【目次】
【緒論】
【本文】(抜粋:第4章10頁分)
【奥付・奥付広告】
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