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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
松浦晋也の“読書ノート”

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第20回 相対論を視覚化すると

石原藤夫 著『銀河旅行と特殊相対論』『銀河旅行と一般相対論』
 (いずれも講談社ブルーバックス)

『銀河旅行と一般相対論』 『銀河旅行と特殊相対論』  相対性理論によると、光速に近づくと、双子の年齢がずれる「双子のパラドックス」のように色々と日常の感覚では考えられないおかしなことが起きる。このことは、一般解説書などによって割と良く知られている。
 そんな中の一つに、見え方の問題がある。光速に近づくほど、移動する物体は進行方向に短縮して見える──ローレンツ短縮だ。では本当にローレンツ短縮を見ることはできるのか。物理学者ジョージ・ガモフ(1904〜1968)が著した一般解説書『不思議の国のトムキンス』(白揚社)では、光速が極端に遅い街で、トムキンス氏はローレンツ短縮を目撃していたが、本当にそうなのか。

 というわけで、今回取り上げる『銀河旅行と特殊相対論』と『銀河旅行と一般相対論』は、“相対論的現象が実際にどう見えるのか”を分析したユニークな一般向け解説書だ。出版から30年が経過したが、類似の本はいまだ存在しない。

 著者の石原藤夫氏(1933〜)は、電電公社(現NTT)の研究者から大学教授というキャリアを積む一方で、日本SF草創期からハードSF(科学的整合性を重視するSFのサブジャンル)の書き手として作家活動を展開してきた。
 タイトルに「銀河旅行」と入っていることからも分かるように、ハードSFを執筆する中で「相対論的現象は実際にどう見えるか」「分からなければ小説が書けない」ということで、実際に計算してしまったわけだ。この他にも「太陽系近傍の恒星はどんな分布をしているのか」「分からなければ小説が書けない」と、太陽系近傍100光年の恒星のカタログ「光世紀の世界」も編纂している。
 80歳を過ぎた今も、SFファン団体「ハードSF研究所」を主宰し、会報(つまりは同人誌だ)を年4回発行するなどアクティブに活動中だ。

 『銀河旅行と特殊相対論』は、宇宙工学の先達であるオイゲン・ゼンガー(1905〜1964)がその存在を予言した「スターボウ(星虹)」から話を始める。光速に近い速度で宇宙を航行する宇宙船から進行方向を見ると、向かってくる光はドップラーシフトで波長が短くなる。見る角度によって相対論的な光行差が発生して視線方向の速度は異なるから、進行方向を中心に同心円状に同じだけ波長が変位した光が見えることになり、つまりは進行方向を中心に同心円状に虹が見えるはずだ――これがスターボウである。しかし、本当にスターボウは見えるのか。著者は、まずゼンガーの原論文にあたって、彼が仮定した条件(すべての恒星が590nmの黄色光で光っている)をひっぱりだし、ついで相対論的効果を考慮した光行差の式を導出し、具体的に光速に近い速度で飛行する宇宙船からどんな風景が見えるかを検討していく。
 結果は驚くべきものだ。まず相対論的光行差により、宇宙船周囲に見える宇宙は、進行方向へとぎゅっと集まっていく。速度が光速に近づくほどに、後ろは拡大して暗くなり、逆に前方は圧縮されて集まっていって明るくなるのだ。速度を上げていくと出発地は拡大して暗く見えるようになり、あたかも出発地が黒い闇となって拡がり、後方から宇宙船を飲み込んでしまうかのような風景が見えるというわけだ。
 その上でドップラーシフトを適用すると、確かにゼンガーがおいた仮定のもとではスターボウが見えることが分かる。が、すべての恒星が黄色光で輝いているわけではない。それぞれの星は特有のスペクトルで様々な波長の光を出している。では、恒星のスペクトルを考慮しても、なおかつスターボウは見えるのか――と著者は突っ込んでいく。
 この調子で、次の章では、ローレンツ変換は1次元だが、3次元の実在物体はローレンツ変換ではどのように見えるのかという問題を解いていく。後半は応用編だ。超光速のようなガジェットを仮定せずに、恒星間飛行を実現するための方法として、出発地から強力なレーザー光を発射して光の圧力で宇宙船を加速するビーム推進と、恒星間空間に薄く分布する星間ガスをかき集めて推進剤とする恒星間ラムジェットを紹介し、具体的に恒星間輸送システムとして成立するかどうかを定量的に解析していく。

 続編となる『銀河旅行と一般相対論』は、一転して話題はブラックホールに集中する。
 ブラックホールというが、具体的にブラックホールはどのように見えるのか。“ブラックホール”というとおり真っ黒な穴に見えるはずだが、周囲では光が重力場で曲がるので、ブラックホール周囲の物体はゆがんで見えるはずだ――ということで、著者はまずブラックホール周辺で物体が一般相対論に従ってどのような運動をするかを分析し、ついでブラックホール周辺で光がどのような軌跡を描くかを調べ、最終的にブラックホールの横にぬいぐるみ(!!)を置いたと仮定して、それがどのように見えるかを図示する。
 こちらも後半は応用編で、恒星間飛行における様々な一般相対論的な現象を解説していく。

 なにをどう分析していっても、最終的に恒星間飛行に行き着くあたり、著者の筋金入りの“SF魂”を読み取ることができる。それもそのはずで、本書の内容の基本的な部分は1980年代に雑誌「SFマガジン」に連載されていたものだ。
 SFと、完全な空想で異世界を構築するファンタジーは、親和性が高く境界も曖昧で、一般には区別が付きにくいかも知れない。だが、SF、ことにハードSFはこのように、現実の科学と密接な関係を持っている。ぎりぎりまで現実の科学に寄り添いつつ、ひとつかふたつ、ぽんと飛躍した発想を持ち込んで驚きの物語を構築するというところに、ハードSFの面白さがある。そのために、相対論を駆使した定量的解析もやってしまうところが、今回取り上げた2冊のきわめて面白いところだ。


【今回ご紹介した書籍】 
銀河旅行と特殊相対論 〜スターボウの世界を探る〜
  石原藤夫 著/新書判/270頁/1984年12月刊行
  講談社ブルーバックス/ISBN 978-4-06-118190-8 ※版元品切れ中※
  http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061181908

銀河旅行と一般相対論 〜ブラックホールで何が見えるか〜
  石原藤夫 著/新書判/290頁/1986年12月刊行
  講談社ブルーバックス/ISBN 978-4-06-132672-9  ※版元品切れ中※
  http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061326729


「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2015
Shokabo-News No. 319(2015-12)に掲載 

松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】 
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Onlineに「人と技術と情報の界面を探る」,日経トレンディネットで「“アレ”って何? 読めばわかる研究所」,日経テクノロジーで「小惑星探査機はやぶさ2の挑戦」を連載中.主著に『われらの有人宇宙船』(裳華房),『飛べ!「はやぶさ」』(学習研究社),『増補 スペースシャトルの落日』(ちくま文庫),『恐るべき旅路』(朝日新聞出版),『のりもの進化論』(太田出版)などがある.Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura


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