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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
松浦晋也の“読書ノート”

禁無断転載 → 裳華房メールマガジン「Shokabo-News」


第21回 救われない代替医療の実態

ポール・オフィット 著『代替医療の光と闇 −魔法を信じるかい?−
 (地人書館)

『代替医療の光と闇』  個人的な話だが、私の父は12年前にガンで他界した。再発を繰り返し、病状が進行すると父は一切の医療を「もうつらいことはしない」と拒否した。そして「なすべきことをし終えた者はいつまでも生きるべきではない」と言って死に支度をはじめた。たまったものではないのは家族のほうで、医療を拒否した父のために、なにか効果があるものを、と代替医療にすがった。キノコのエキスに海草からの抽出物、北米原住民のハーブからアンズや梅の種などなど、どれも結構な値段がした。父はそれらすべてを「そうか」とだけ言って服用したが、それはむしろ自分が治癒するためではなく、自分を気遣う家族の気持ちに配慮した結果だったのだろう。半年後、父はこの世を去り、家族は高いカネを払った代替医療のサプリメントはガンには効かないという現実を知った。
 考えてみれば当たり前で、本当に効果があるものならば、莫大なコストをかけて鵜の目鷹の目で新薬を探索している製薬会社が放っておくはずがない。本当に効果があるならば、すみやかに正規の医療に取り入れられる。

 では、そうではない、効かない代替医療は消え去るのか? しかし今、私達の周囲には様々な代替医療サービスが存在している。目の疲れに効く、関節痛に効果あり、前立腺肥大に悩む方へ、ストレスの多い人向けに鎮静効果があるなどなど、さまざまなサプリメントが、薬局のみならずコンビニエンスストアでも販売されている。難しい病気に効くとするサプリメントもある。薬事法違反すれすれの方法で、ガンに、アトピー性皮膚炎に、認知症に、それぞれ効果を示唆するサプリメントや治療法は後を絶たない。
 今、効かない代替医療は、ビジネスとして社会に浸透しているのである。

 『代替医療の光と闇 −魔法を信じるかい?−』は、そんな代替医療の実態を明るみに引きずり出す快著だ。邦題は「光の部分もあれば闇の部分もある」という両論併記の内容を示唆するが、原題は“Do You Believe in Magic?”(魔法を信じるかい?)。つまり、代替医療は魔法のような荒唐無稽のものだとはっきり主張している。原題が、邦題では副題に回ってしまうあたり、代替医療の蔓延ぶりを示しているようではある。なにしろ、出版業界は代替医療のハウツー本でかなりの収益を上げている。

 本書は、1977年にホジキンリンパ腫というガンにかかったジョーイ・ホフバウアーという少年の話から始まる。このガンは、1977年時点でもかなりの治癒率が見込める“たちの良いガン”だった。ところがジョーイの両親が、現代医学に疑問をもって治療を拒否し、代替医療によって治療しようとした。病院が社会福祉局に連絡したことで、ジョーイが治療を受ける権利を巡る法廷闘争が発生する。両親と代替医療の側も弁護士を立てて争う姿勢を示した。
 ジョーイの両親がすがったのはレートリルという“薬”だった。梅やアンズなどの種子に含まれ、加水分解で有毒の青酸化合物を発生する化学物質である。この青酸化合物がガン細胞を選択的を殺すという売り文句なのだが、実際問題としてその効能は確認されておらず、むしろ健康被害をもたらす可能性が指摘されている。それでも、レートリルは梅やアンズから得られる“自然の物質”ということで人気を集めた。その合法化はアメリカにおいて社会運動――それも極右政治団体が主導する社会運動――となり、1976年にアラスカ州が合法化したのを皮切りに、続々と各州がレートリルの解禁に動いた。

「ほとんどのアメリカ市民がレートリルの合法化に好意的だった。1980年にはレートリルは年10億ドルの産業となっていた。」(本書p.17)

 ジョーイの裁判は一人の俳優により悲しい結末へと向かう。ガンを患った映画俳優のスティーブ・マックイーン(1930〜1980)が、レートリルによる治療を試み、同時にレートリルを宣伝したのだ。アメリカにおいて代替医療は、だいたいにおいて規制の緩いメキシコにクリニックを設置する。マックイーンはメキシコのクリニックでレートリルによる治療を受けていた。マックイーンの影響力は大きく、裁判は代替医療側が優位に進む。その間もジョーイの病状は悪化し、ついに死去。その数か月後、マックイーンもまたこの世を去った。
 現在、米国食品医薬品局(FDA)はレートリルの販売を禁止している。

 レートリルの例は、代替医療が世に広がるプロセスの典型だ。まず「自然の物質」「穏やかな効き目」「副作用がない」といった耳当たりの良い宣伝文句がある。薬効のない物質でも信じてしまえば効くというプラシーボ効果が存在するので、実際は効かなくても全然構わない。対象となる病気は、ガンのように苦痛や不快感が大きく、現代の医療では治りにくいものがよい。
 すると文字通り“藁にもすがる”ようにして、患者が集まってくる。彼らは本当に困っているので、金に糸目はつけない。集まってきた患者をプラシーボ効果で洗脳して信者にすれば、勝手に代替医療を宣伝して拡げてくれる。マックイーンのような有名人を信者としてつかまえることができれば、広告塔として役に立ってくれる。すると、効果的な集金マシンができあがる。
 集まった巨額の資金を使って政治家に働きかければ、代替医療の合法化も可能になる。いったん巨大市場になってしまえば、そこで働く人も増えるので、政府であってもおいそれと非合法化はできなくなる。つまり儲け放題だ。

 このようにして成立した巨大市場が、サプリメント市場だ。おそらく、この文章を読んでいる方の中にも、日常的にビタミン剤などを服用している人はいるだろう。では、それらは本当に効くのか。
 「効かない」と著者はばっさりと切り捨てる。そもそもきちんとした食生活をしていれば、ビタミン類が不足することはそうそうあり得ない。最初から不足していないのだから、大量摂取しても意味がない。それどころか脂溶性ビタミンは過剰摂取すると有害だ。
 サプリメント市場成立の経緯は、本書の白眉というべきだろう。まず、多大な業績を挙げた化学者のライナス・ポーリング(1901〜1994)が、晩年になって大量のビタミンCを摂取することで大抵の病気を予防できると間違った主張をしたところから始まり、やがてビタミン製剤が儲かると気がついた者らが、政治に働きかけてサプリメントを合法化し、ビジネスへと仕立てる過程が詳細に記述される。
 個人的には、政治の側からサプリメント推進の中心に立ったのが、米上院議員だったウィリアム・プロクシマイアー(1915〜2005)というのが興味深い。プロクシマイアーは、米政府の“科学技術に対する無駄な支出”を糾弾したことで有名で、アポロ計画反対の急先鋒だった。反科学技術の姿勢を明確にしていた議員が、サプリ市場確立に力があったというのはあまりに出来すぎた話である。

 全編この調子で、著者のオフィットは、代替医療を、1)実際の効能、2)市場、3)政治という三つの側面から切って切って切りまくる。明らかになるのは、ほぼすべての代替医療は無意味で場合によっては有害、にもかかわらず巨額の金が動く市場になっており、金経由で政治をも動かしているという実態である。あなたの知っているあれもこれも、オフィットは証拠を示しつつ「効果はない」と、まっぷたつにする。

 すべての人が読むべき一冊である。特に身内にやっかいな病の病人がいるならば、騙されないための必読書だ。


【今回ご紹介した書籍】 
代替医療の光と闇 −魔法を信じるかい?−
  ポール・オフィット 著,ナカイサヤカ 訳/四六判/368頁/価格(本体2800円+税)
  2015年9月刊行/地人書館/ISBN 978-4-8052-0887-8
  http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN978-4-8052-0887-8.htm


「松浦晋也の“読書ノート”」 Copyright(c) 松浦晋也,2016
Shokabo-News No. 320(2016-1)に掲載 

松浦晋也(まつうらしんや)さんのプロフィール】 
ノンフィクション・ライター.1962年東京都出身.現在,PC Onlineに「人と技術と情報の界面を探る」,日経トレンディネットで「“アレ”って何? 読めばわかる研究所」,日経テクノロジーで「小惑星探査機はやぶさ2の挑戦」を連載中.主著に『われらの有人宇宙船』(裳華房),『飛べ!「はやぶさ」』(学習研究社),『増補 スペースシャトルの落日』(ちくま文庫),『恐るべき旅路』(朝日新聞出版),『のりもの進化論』(太田出版)などがある.Twitterアカウント https://twitter.com/ShinyaMatsuura


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