『カロテノイド』 (高市真一 編集,裳華房,2006) まえがき |
自然界は美しい色で彩られ、人の目をなごませてくれる。その色彩を司る色素の中でカロテノイドが占める割合は多く、また多種多様である。身近な例として、花色の黄・橙色、紅葉の赤・黄色、果実や野菜の黄・橙・赤色、魚類ではサケの切り身(筋肉)やイクラの赤橙色、加熱したタイやエビの赤色、フラミンゴの羽の色、種々の動物の赤系統の体色、などをあげることができる。現在までに、天然から750種類以上のカロテノイドが単離され、分子構造が決められている。また、植物によるその生産量は1年間に1億トン以上といわれている。
カロテノイドは、このような単なる色付けだけでなく、生物のさまざまな重要な生理的機能とも関係している。たとえば、光合成においては光捕集や光傷害防止などの機能をもち、カロテノイドを含まない植物は薄暗い環境でしか生育できない。また、一部のカロテノイドは、ヒトにおいてビタミンAに変わりうるプロビタミンA活性をもち、視覚に深く関係するなど、動物にとっても不可欠の物質である。さらに、カロテノイドは養殖魚類や養鶏において、給餌を通して体色や卵黄色の改善や着色に使われたり、抗酸化剤として食品に添加されたりするなど、我々の実生活にも深く結び付いている。この他にも近年、哺乳類、とくにヒトに対する加齢予防、抗腫瘍作用、免疫賦活能などの生理作用、などが明らかになってきた。そして、カロテノイドの物理化学的性質の解明、海産動物での代謝経路の解明、細菌や植物における生合成遺伝子の単離と生合成経路の解明、大量生産のための代謝工学的な研究など、従来とは違った広がりを見せる研究分野になってきた。
こうした中で、昨今の健康食品ブームにのってカロテノイドに関する本が何冊か出版されている。しかし、これらの本は、一般向けの読本であって科学的な根拠の説明が十分とはいえない。そして、カロテノイドに関する新しい知見を広くかつ科学的に正確に記載した書籍が、日本では出版されていない。その間に、上記のようにカロテノイドの研究は大きく進展した。そこで、こうしたカロテノイドの機能の新知見、その基礎的な反応機構、天然における分布、分離・分析方法なども含むカロテノイド全般にわたる入門書として本書を企画した。その対象となる学問分野は、従来の植物・動物・微生物といった生物学のみならず、医学、薬学、栄養学、水産学、農学、さらには化学や物理学(光物性など)などにまで及ぶ。
本書の第1章では研究の歴史や生物界における分布、第2章では植物における機能と生理活性、第3章では動物における機能と生理活性、第4章では生合成経路と遺伝子について解説し、第5章ではこれらの研究のために必要な分離・分析方法を解説した。付録には、主要なカロテノイドの吸収スペクトルを示した。また、本書で取りあげられたすべてのカロテノイドの構造式、日本語と英語の慣用名、半体系的名称を掲載して読者の便宜をはかった。しかし、本書では生物におけるカロテノイドの機能と生理活性、さらには分析方法に主眼を置いたため、カロテノイドの化学合成や物性などには触れることができなかった。巻末に紹介した他の書籍や文献を参考にしていただきたい。
なお、カロテノイド研究の歴史の一部については原島圭二博士、動物実験の一部については里見佳子博士、機器分析の一部については眞岡孝至博士にご教示いただいた。ここに謝意を表したい。
また、著者の都合により脱稿が大幅に遅れたが、裳華房編集部の暖かい支援、とりわけ國分利幸氏の励ましと調整により、ようやく上梓に漕ぎ着けることができた。國分氏のご尽力に深謝申し上げる。
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