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 われらの有人宇宙船(松浦晋也 著,裳華房,2003) 
まえがき −有人宇宙輸送システムの最適解は?−

→ 『われらの有人宇宙船』の紹介ページ


われらの有人宇宙船  自転車の乗り方を覚えたときのことを思い出してみよう.練習の方法はいろいろあるけれども,いずれの方法も「まず自分で乗る」ということから始まっている.当たり前の話だ.自分で自転車に乗らずに,見ているだけで自転車に乗れるようになるはずもない.
 そう,「自分でやる」というのはとても基本的なことで,そしてものすごく大切なことだ.自分の頭で考える.自分の手を動かして物をつくる.自分の脚で歩いてみる――そうやって蓄積した経験こそが,何物にも代えがたい未来につながる宝である.

 だから言ってしまおう.自分が宇宙に行きたいと思うのならば,自分で自分の乗る宇宙船をつくるべきなのだ.他人に宇宙に連れていってもらうのと,自分が望んで苦労して行くのとでは,経験の質として天地ほどの違いがある.
 宇宙船ぐらい大きなものになると,一人ではつくれない.だから「より大きな“自分”と感じられる集団」で事に当たる必要がある.それは自分の信ずる友人の集まりかも知れないし,所属する学校や会社かも知れない.一番大きな“自分”はとりあえず国家だろうか.
 そして,日本という国の宇宙開発の技術レベルは,すでにほかの国から何かを学ぶという段階を過ぎている.

 2001年から,私は宇宙開発事業団・先端ミッション研究センターの野田篤司氏(所属は当時.現在,宇宙機システム設計室)の有人宇宙船構想の検討に参加してきた.野田氏の構想は「ふじ」という.「ふじ」は,現代の技術を最大限に利用して,カプセル型有人宇宙船に新たな息吹を吹き込もうとする試みだ.
 現在の日本の技術力ならば,8年間の時間と相応の開発予算をかければ,技術的に妥当で実用的なカプセル型の有人宇宙船をつくることができる.それは地球近傍のみならず,少々の改良と機能拡張で,月や小惑星までも往復することができる.“使い捨て”だからといって,そのコストが非常識に高くなるということもない.その宇宙船に乗るための予算は,航空機のチケットよりはるかに高いが,宝クジのような手段であれば,けっして庶民に手の届かない金額ではない.
 これまでこの話をすると,すぐに「スペースシャトルみたいに翼で帰ってきて,何度も使える宇宙船の方が進んだ形式なのではないのか」と言われたものだった.しかし,2003年2月1日,スペースシャトル「コロンビア」の空中分解事故が起きた.もはや「スペースシャトルのような形式こそが未来の宇宙船のあるべき姿」と主張する人はいないだろう.少なくとも,もう一度先入観を捨てて,いろいろと考え直す必要があることに異論はないはずだ.

 「コロンビア」の事故は,1986年1月のスペースシャトル「チャレンジャー」爆発事故から17年目.スペースシャトルの運用があまり話題にならなくなったタイミングで事故は起きた.この文章を書いている2003年6月末現在,事故調査が続いている.アメリカ航空宇宙局(NASA)は早ければ,2004年3月にもスペースシャトルの運用を再開するとしている.「チャレンジャー」のときは2年8か月も運用を停止したことを考えれば,素早い再起を図っているといえるだろう.(2003年9月現在の状況では,どうやら次の飛行は2004年夏になるようだ.)
 しかし,事故の影響は甚大だ.残るスペースシャトルのオービター(機体)は「ディスカバリー」「アトランティス」「エンデバー」の3機.代替の機体を製造しようにも,2000億円を超える建造費の支出は困難だし,かつてスペースシャトルを製造したカリフォルニア州パームデールの旧ロックウェル・インターナショナル社(現在はボーイング社)の工場は,1992年に「エンデバー」が完成した直後に製造ラインを閉鎖し,製造に携わった人々は四散してしまっている.今後,スペースシャトルの運用は,現存する3機のみで行わなければならない.
 また,現在軌道上で建設途中の国際宇宙ステーション(ISS)は,組み立てをスペースシャトルに依存している.ISSは本来,コロンブスのアメリカ到達500周年の1992年には完成している予定だった.それが計画の肥大と予算不足,国際協力の足並みを揃えるためのあれこれでどんどん予定が遅れて,「コロンビア」が事故を起こす直前は2007年に完成することとなっていた.「コロンビア」の事故がさらに完成を遅らせることは間違いない.
 日本は有人宇宙活動を,ISSとスペースシャトルに完全に依存している.ISSの日本モジュール「きぼう」は,2006年から2007年にかけて打ち上げられることになっていた.スペースシャトルの事故とISSの完成遅延は,すなわち日本の有人宇宙活動の遅延をも意味している.

 問題は二つだ.「スペースシャトルは本当に有人宇宙輸送システムの最適解なのか」,そして「日本は今後ともスペースシャトルに依存した有人宇宙計画を続けるのか」ということである.
 考えてみれば1960年代,米ソは宇宙開発を激しく競い,それぞれ3種類の有人宇宙船を開発した.そして,1970年代いっぱいをかけて開発したスペースシャトルは,1981年から運用を開始した.その後20年以上,新しい有人宇宙船は開発されていない.これはとても不自然な状況ではないだろうか.その不自然な状況の中で,20年以上前の設計のスペースシャトルに,今後10年以上依存しつづけることを前提にした,現在の日本の有人宇宙計画もまた,ひどく不自然なものではないだろうか.

 本書の結論は以下の通りである.
・スペースシャトルに代表される再利用型有人宇宙輸送システムは,理想であってもけっして現実的ではなく,今のところ定常運用には無理がありすぎる.
・現在の技術水準を前提にするならば,「アポロ」「ソユーズ」のような使い捨てのカプセル型有人宇宙船が,より妥当な有人宇宙輸送システムである.
・日本は,「アポロ」以降の30年で大きく進歩したエレクトロニクスや材料技術を駆使して独自のカプセル型宇宙船を開発し,今後の有人宇宙開発の基礎とするべきである.

 本書は,我々が自分の手で自分のための宇宙船をつくるための指針をやさしく解説する.まず,「ふじ」構想について説明しよう.そして,有人宇宙飛行の歴史をたどりつつ,スペースシャトルに代表される再利用型宇宙輸送システムの問題点を検証し,今後,日本がどうするべきかを考えていくことにする.

 2003年6月

松浦晋也


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