『環境ホルモンとダイオキシン』 (彼谷邦光 著,裳華房,2004) はじめに |
環境に排出される有害物質によって,ヒトの健康被害が頻発した時期があり,「公害病」という言葉がつくられました.当時は,有害物質によって健康被害を受けるのはヒトであり,ヒト以外の生物が被害を受けているとは考えていませんでした.
やがて,実験用の哺乳動物や水生生物が,ヒトより有害物質に対して感受性が高いことを知りました.また,何世代にもわたって徐々に生息数を減少させる物質が環境中に放出されていることも知りました.目を野外に転じてみると,生態系が急速に遷移しており,今まで生息していた生物がいなくなっていることに気がつきました.いわゆる絶滅生物であり,絶滅危惧生物です.
ヒトが何の影響も受けない濃度で,野生生物が生存の危機に陥っていることを知ったのです.人類という生物種だけが地球上で生存することは可能でしょうか.否です.地球上で生きているすべての生命はつながっており,食物連鎖の糸で結びついています.人類も例外ではなく,ほかの生物を糧として生きており,地球の生態系を構成する一要素でしかないのです.
生命体を構成する炭素や窒素などの元素は,有機物と無機物とのあいだの大循環を地球上で行うことによって,30億年にわたる生命の営みを継続し,生態系をつくり上げてきました.地球自体が一つの巨大な生命体なのです.この生命の流れを止めるかもしれない事態を知らせているのが,絶滅生物種の急速な増加です.生物の絶滅の要因には,生物自身の種としての寿命もありますが,生息環境の変化のよる餌不足,繁殖環境の破壊,繁殖障害など,人為的な要因の方がはるかに大きいのです.結果として,生息数の減少を招き,絶滅への道を歩むことになります.
絶滅の原因が,ダイオキシンなどの内分泌系を攪乱する化学物質,いわゆる環境ホルモンの場合は深刻です.いったん,絶滅へのスパイラルに入ると,そこから抜け出すためには,限られた時間内での環境浄化や種の保護が必要になります.また,内分泌攪乱物質の管理を間違えれば,一瞬にして人類を含む地球上の生物を絶滅させることにもなります.
本書は,内分泌を攪乱する化学物質の危険性を知っていただくための書です.内分泌の作用の事項に紙面をかなり割きましたが,その意図は環境ホルモンの危険性を正確に理解していただくためです.
なお,本書の第1章と後半のダイオキシンの部分は,拙著『環境のなかの毒』(裳華房)の第1章と第6〜10章を加筆修正したものであることをお断りしておきます.
2004年6月
彼谷邦光
自然科学書出版 裳華房 SHOKABO Co., Ltd.