裳華房のtwitterをフォローする



「生物の科学 遺伝」2004年11月号(58巻6号)

特集:進化が見える生物,ミドリムシ

特集にあたって

宮武和孝

 皆さんもよくご存知であろう“ミドリムシ”は,学名(属名)では“ユーグレナ”と呼ばれている.ユーグレナ= Euglena の名前は,eu(美しい)glena(眼)から由来している.このミドリムシを世界で初めて観察したのは,今から320年以上前に顕微鏡を発明したレーウェンフックであり,激しく動きまわるこの小さな生物に感動を受けた様子が描写されている.

 多くのユーグレナ種は,海水・汽水域を含む,地球上の全大陸の淡水中に広く分布し,池や沼に生息している.しかし,富士山を越えるような山や砂漠では報告例がない.

 読者の皆さんがご存知の「赤潮」という言葉は,一般的には海に植物プランクトンが異常増殖して水が変色するときに用いられてきた.同様なことが湖や沼などの陸水で起こったときに「水の華」という言葉が用いられていたが,現在では「赤潮」は海水にも淡水にも用いられている.そして赤潮は,その色彩は増殖するプランクトンの種類によって異なり,桃色(夜光虫ノクチルカ),赤紫色〔藍藻(シアノバクテリア)トリコデスミウム〕,緑色(藍藻ミクロキスティスや緑藻ミドリムシ)など多彩であり,大部分は黄褐色〜褐色を呈するとされている.

 外的環境要因である光・温度・pH・溶存酸素濃度・溶存二酸化炭素濃度・海水濃度などでみると,ミドリムシはかなり広い領域で適応している.また,汚水中でもよく生育する.動物排泄(せつ)物由来汚水,食品工場よりの排水,鉱山の強酸性あるいは高濃度金属排水にも生育することができることから,汚水処理の一翼を担うことも知られている.

 ミドリムシは,動物と植物の双方に分類記載されている属である.冒頭に紹介したように動物のようにくねくねと動く.この運動(すじりもじり運動)は,ミドリムシの細胞表面に見られるらせん模様を織りなしている,細胞を包帯のように包むたくさんの帯が,すべり運動をすることにより引き起こされるものである.この運動を利用して他の生き物を捕食するミドリムシも存在する.このミドリムシは葉緑体をもち光合成を行うので,動物か植物かわからない生物としてよく話題にされる.

 これまで,葉緑体をもつ真核単細胞生物であるミドリムシについては,光合成モデル生物として活発に研究が進められてきた. しかしこれに加えて,比較的最近の研究によって,本生物は進化的に特異な位置を占めていることが明らかになりつつあり,この視点からも注目を集めている.すなわち,形態学,生化学的あるいは塩基配列による比較解析等のデータから,ミドリムシは「嫌気性真核原生生物に緑藻が二次共生して進化した生物である」と考えられ,この二次共生が起こったという特徴のため,細胞の構造や機能に他の生物にはみられない多くの特徴が観察されると考えられているのである.

 本特集では,このようなユニークな特徴をもつ,すなわち「進化が見える生物」として,ミドリムシについての最近の研究を,幅広い観点からそれぞれ専門の先生からわかりやすく紹介していただく.

 井上先生には,進化における共生,すなわち一次共生と二次共生とその回数が真核光合成生物の多様性実現の原動力となってきたことなどを中心に最新の知見を紹介していただく.
 伊関・渡辺両先生には,光はエネルギー源としてばかりでなく,外部環境を把握するための情報でもあることを前提に,ユーグレナの名前にちなんだ眼点も含めた光応答機構についての最新の情報,光運動反応にかかわる光センサーについて紹介していただく.
 後藤先生は,光を利用した体内時計,いわゆるサーカディアンリズム(概日リズム)について,代謝物と情報伝達から解析した最近の知見よりその制御様式に迫る.
 石川・重岡両先生は,話題の活性酸素毒防御機構解明がミドリムシから始まったこと,さらに高等植物や他の藻類あるいは動物と比較しながら その生理学的意義や機能発現を分子レベルで解説する.
 中澤先生は,細胞小器官と特異酵素の分子進化について,他の生物にはみられない代謝系や酵素が存在することを,それぞれの代謝系や酵素の特徴と進化的な位置づけに基づいて述べる.
 長舩先生は,鮮明な電子顕微鏡写真と最近の画像解析を交えて,ミドリムシの高等植物や緑藻類と異なる3重膜構造葉緑体への光合成タンパク質の輸送経路について,最近の知見を紹介する.
 林(浩孝)先生は,ミドリムシのもつ高い放射線耐性と,その応答のメカニズムについて,分子レベルから述べる.
 最後に,林(雅弘)・榎本両先生には,ユーグレナの産業利用,とくにグリーンケミストリーや循環型資源開発に関する研究も進められているので,その話題について取りあげていただいた.

 さらに特集のほか,連載「実験・観察のページ」にて,伊関・渡辺両先生に,高校生でもできる実験を紹介していただいたので,こちらの記事も参照していただければ幸いである.

 筆者はこれまで,30年近くこの生物にかかわってきた.しかし,その実態,「ミドリムシという生き物をよく知る」ということでは,まだまだ理想には程遠い状態である.本特集を読まれてより多くの,ミドリムシに興味をもつ方や研究仲間が増えることを祈念する次第である.

 本特集のために,異常な猛暑の中で懸命に玉稿をご執筆いただいた先生方に深謝申し上げます.

(みやたけ かずたか,大阪府立大学大学院 農学生命科学研究科)

  → 特集の目次へ



         

自然科学書出版 裳華房 SHOKABO Co., Ltd.