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「生物の科学 遺伝」2005年9月号(59巻5号)

特集:動物に由来する感染症 −ウイルス性疾患を中心に−

特集にあたって

倉田 毅

 今回の特集として,“動物に由来する感染症−ウイルス性疾患を中心に”を企画した.近年,大きな問題を投げかけている疾患を対象として選んだ.行政的観点からの問題点と対策,狂犬病,高病原性鳥インフルエンザとそのウイルスによるヒトの病理像,SARSの病態とウイルス,E型肝炎,ウエストナイル熱,BSE(牛海綿状脳症)とvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)などについて,わかりやすくまとめてもらった.

 「動物由来感染症」とは,厚生労働省が感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の中で公式に用いた語である.学術用語では“Zoonosis”(ズーノーシス,人獣共通感染症)である.最近,新興感染症として登場した重要疾患には,動物由来感染症が多い.全体を把握してもらうために,新興・再興感染症(Emerging and Re-Emerging Infectious Diseases)について触れておく.

 「新興・再興感染症とは何か?」

 1992年アメリカ大統領府は,Institute of Medicineから“感染症への警告”を,このキーワードを用いて公表した.当時の緩んだ感染症対策に注文をつけたものである.アメリカ厚生省は翌年から反応し,1994年にセンター長のD. Satcher博士は,この新興・再興感染症を定義し,対応策をExecutive Summaryとして出した.それをもとに,1995年アメリカ政府・科学技術会議が報告書を作成した.1996年,WHO(世界保健機関)が公式出版物“The World Health Report 1996”でこの語を使用した.
 わが国では,1999年「感染症法」の制定時以降,広く使用されてきている.
 アメリカ厚生省のCDC(Centers for Disease Control and Prevention,疾病管理予防センター)の動きは素早く,6700人余の職員を一気に8600人に増員し,感染症対策のための組織固めを実施した.アメリカ科学アカデミーは,1994年雑誌“Science”に大論文を掲載(80ページ)し,「21世紀におけるMedical Frontierは感染症におけるワクチンおよび薬剤開発である」と題して,ワクチンの重要性を強調した.  表1に新興ウイルス感染症,表2に再興感染症を示す.(表1と表2は省略.雑誌をご覧ください)

 この10年余りに登場した重要疾患はすべて,動物由来である.@1997年[香港]:鳥由来新型インフルエンザ(H5N1型),2004〜2005年[タイ,カンボジア,ベトナム]:同,A1998年[マレーシア]:ニパウイルス感染症(オオコウモリ→ブタ→ヒト),B1999〜2002年[全米]:ウエストナイル熱(シマカ,イエカ←→渡り鳥,動物,蚊からヒトへ),C2003年:SARS(ハクビシン→ヒト?),Dサル痘[米:アフリカ](ガーナから輸入した野ネズミ→プレーリードッグ→ヒト),などがあげられるが,とくに重要なのは@である.いつヒト間での感染拡大が始まるのか? ワクチンは間に合うか?が最大の焦点である.表2にみられるように,大部分はジフテリア,結核を除き動物由来である.

 歴史的に,わが国が四方を海に囲まれていることが動物の往来にかなりのバリアーになっており,動物が大きく交流することはなかったと思われる.しかし表3にあるよう,海外には多くの動物由来感染症が存在している.海は国境の役割のみではなかったことがわかる.(表3は省略.雑誌をご覧ください)
 しかし現在,ヒトや物資などの大量輸送時代に入り,病原体もヒトや物資とともに移動していく現象は,あちこちの疾患の発生でみられている.

 今後,研究と行政とが一体となって,とくに輸入動物感染症に対応していく必要がある.その意味で,この特集が一つのきっかけとなれば良いと思っている.

(くらた たけし,国立感染症研究所 所長)

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