(2003.1.8)円の直径と円周の長さの比が円によらず一定である、ということは昔から知られていたようで(その証明は紀元前200年頃にはあったようです)、その比例定数を正確に求めたいと思うのは自然でしょう。当然古くからその努力はなされており、しかし値を厳密に得ることの難しさから、より正確な近似値を求めるという方向で多くの方法が開発されてきました。
じつはその値が無理数(整数の比として表せない数)でありしかも超越数(有理数を係数とする代数方程式の解にならない数)であって、有限回の四則演算で値を求めることができないことが証明されるのは、19世紀に入ってからです。
歴史的に、円周率πの値をいかに正確に知るか、は多くの人にとって興味を引かれることであると同時に、計算技術を試すための格好の対象でもありました。計算機が飛躍的に発達しつつある今日にあって、後者の趣きが強くなっていることはまた自然です。(ちなみに、円周率を表す記号として「π」(ギリシャ語の「周囲」の頭文字)が広く使われるようになったのは18世紀に入ってからだそうです。)
すでに紀元前4000年〜3000年のエジプトではその近似値として3.16が得られていたといいます。
ギリシャ時代には、具体的に円周率を求める方法として今でも最も有名な方法と思われる、ピタゴラスの定理を利用して円に内接、外接する正多角形の周の長さを求めその長さを比較することによって近似値を求めるという、『アルキメデスの方法』が知られるようになりました。
この方針に沿ってより改良された方法で、17世紀には小数点以下35桁まで求められたそうです。18世紀に入り、円周率の計算方法は本質的に変化しました。すなわち、微分積分学の発展に伴い、関数の級数展開を使った新しい方法が数多く開発されるようになったのです。近似の精度も上がり19世紀後半には707桁まで求められました。(もっともこれは1946年に小数第528位以降に誤りのあることが判明したのですが、それにしてもこれらの結果が手計算であることには驚かされます。)
20世紀に入ると計算機の性能の向上によって近似の桁数は桁違いに飛躍しました。1949年には2037桁が計算され、21世紀に入ってからは、何と1兆2411億桁まで計算されたとの発表がなされました(2002年12月)。
ところで、円の直径と円周の長さの比が円によらず一定、というのはじつは「ユークリッド空間(中学高校で習った幾何学の成り立つ空間)の中で」、という前提条件の下でであって、我々のいる空間(という表現に意味があるとして)がユークリッド空間の性質を厳密に持つかどうかはまったく別問題、かつ不明なことです(近似的には明らかに持つ、と言っていいでしょうが)。例えば、一般相対論を記述する際に使われる空間をそのまま我々のいる空間と考えるなら、それはユークリッド空間ではないので、そこでの円周率は円にもよれば空間内の場所にもよることになるのです。
円周率が円にもよらず場所にもよらない空間「ユークリッド空間」は、空間としてはじつは非常に特殊な例であって、またそれが「我々のすむ空間」の近似的なものでしかないと考えるとき、円周率πを取り立てて神秘的に思う必要は少しもありません。その値を正確に求めたいと思うのも、じつは全然自然ではないのかも知れません。
● 関連Webサイト・ページ
・円周率計算の世界記録が1兆桁を突破したことを紹介したニュース(2002/12/6)
○ABCNEWS.com (in English)
○Sankei Web(産経新聞社)
○HITACHI ニュースリリース・金田研究室(東京大学情報基盤センター スーパーコンピューティング部門)
● 弊社関連書籍
・『円の数学』 (小林 昭七 著)
・『曲線と曲面の微分幾何(改訂版)』 (小林 昭七 著)
・『リーマン幾何学』(酒井 隆 著)
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