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松村松年 著『日本昆蟲學』[初版 明治31年]先月号に引き続き,札幌農学校の卒業生による著書を紹介します.日本の昆虫学の創始者といわれる松村松年(まつむらしょうねん)による日本初の昆虫学のテキスト『日本昆蟲學』です. 昆虫に関しては,江戸時代からいわゆる「虫譜」[*1]によって多くの種が記載されてきましたが,それぞれの虫譜によって虫の名前の付け方はばらばらでした.欧米からの近代昆虫学が輸入されるにつれ,個々の虫について万国共通である学名を明らかにするとともに,統一的・体系的な日本語の名称が要求されるようになりました.
本書で松村は,日本産昆虫 700種余りについて,欧米の研究者に標本を送って学名を同定してもらい(一部は松村自ら同定),学名の判明した昆虫については,次のような方法で日本語での名称(和名)をつけました[*2]. 本書を執筆されたときの松村の年齢は26歳.その若き偉業にはただ感嘆するほかありません. 本書の構成は,前半の約40頁が概論(おもに構造に関するもの),残りの約170頁が分類各論にあてられています. 昆虫関係者のために,ご参考までその分類された全13目を下記に挙げておきます[*3]. 彈尾目/直翅目/總翅目/擬脈翅目/脈翅目/毛翅目/有吻目/微翅目/双翅目/鱗翅目/鞘翅目/撚翅目/膜翅目 本書は大変に好評を博したようで,明治40年(1907年)発行の第10版まで刊行されたようです.昭和58年(1983年)には,サイエンティスト社[*4]から復刻版が発刊されています. 著者の松村松年は,明治5年(1872年)兵庫県生まれ.明治28年(1895年)に札幌農学校を卒業し,翌年に助教授に就任.ドイツ・ハンガリー留学から帰国した明治35年には教授として,日本で初めて札幌農学校に開講された昆虫学講座(現在の北海道大学農学部昆虫体系学教室)を担当.昭和9年(1934年)に退官するまで昆虫の分類研究に邁進し,松村の収集した昆虫標本は数十万点に及ぶといわれています.日本昆虫学会の会長を数回にわたって務め,1934年に北海道帝国大学名誉教授.また1950年には学士院会員,1954年には文化功労者に選ばれています[*5].『日本千虫図解』『日本昆虫大図鑑』など(昆虫学以外も含め)60冊にのぼる著書を出版しています. なお,余談ですが,筆者は約7年間ほど某大学の昆虫関係の研究室に所属していたので,松村先生のお名前も『日本昆蟲學』の存在も知っていましたが,それが裳華房から出版されていたとは,この連載コラムのために過去の書籍リストを調べるまで,まったく知りませんでした(お恥ずかしい…).
本書の初版(札幌農學校學藝會藏版)および増補三版は,国立国会図書館のデジタルアーカイブで公開されていますので,昆虫学や分類学に興味のある方は一度ご覧になられてはいかがでしょうか. [脚注] *1 虫譜とは,名称や採集場所などの記録とともに,虫類(現代の昆虫より広い範囲を含めた“虫”)を写生した図をまとめたものです. *2 もっとも本書には,誤記や誤訳,また先駆者の研究の常として,その後の研究で明らかになった誤りなども結構あるようです.例えば,小西正泰氏によると,ガガンボという名前は,語源的には「蚊ヶ母」に由来する「かがんぼ」が正しく,本書の初版でもそう記載されていましたが,増補再版で「ががんぼ」が混入し,増補三版では「ががんぼ」で統一されてしまったことから,「ががんぼ」が一般にも定着したようです. *3 2008年刊行の小社『節足動物の多様性と系統』では,六脚類(いわゆる昆虫類)は33目に分類されています. *4 現在あるサイエンティスト社(http://www.scientist-press.com/)とは別会社で,2007年に解散しました. *5 松村松年については1960年に造形美術協会出版局から『松村松年自伝』が発行されています. ※本稿の執筆にあたり,復刻版(サイエンティスト社刊)の巻末に収められた小西正泰氏による解説等を参考にさせていただきました.ここに記して感謝申し上げます
◆『日本昆蟲學』
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