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  第4回 素数定理を紐解く 〜前編〜  

大野 泰生・谷口 隆(共著)    

 その名も「素数定理」と呼ばれる数学の定理がある.素数とは, $2$, $3$, $5$, $7$, $11$, $\cdots$ のように, $1$ と自分自身以外に約数をもたない数のことだ.一見したところ特段の法則はなさそうにも思われるが,実のところなかなか底の知れない秘密を宿していることが明らかになっており,現在も数学の重要な研究テーマのひとつとなっている.
 それにしても「素数定理」というのはなかなかに思い切った名前だ.定理の命名には歴史的な偶然がつきもので,いつでも最も理にかなう名前が定着するわけではない.とはいえ,そこまでの名が付いたからには,素数についてかなりインパクトのある定理だと考えて間違いないだろう.数学者がこの素数定理にどのような可能性を感じ研究してきたのか,今回と次回で,少し落ち着いて考えてみたいと思う.紅茶かコーヒーでも飲みながら,ゆっくりと読んでいただければありがたい.

素数探し

 まずは素数を書き出してみよう. $10$ 以下の素数は $2$, $3$, $5$, $7$ の $4$ つ.もう少し進めて, $100$ までを書き並べると次のようになる.

$\begin{gather*} 2,\quad 3,\quad 5,\quad 7,\quad 11,\quad 13,\quad 17,\quad 19,\quad 23,\quad 29,\quad 31,\quad 37,\quad 41,\quad\\ 43,\quad 47,\quad 53,\quad 59,\quad 61,\quad 67,\quad 71,\quad 73,\quad 79,\quad 83,\quad 89,\quad 97\quad \end{gather*}$

よければ読者の方も素数探しを試みていただきたい.――そのための小さなコツをひとつ.例えば $73$ が素数かどうか知りたかったら, $9$ 未満の数で割れるかどうかを確かめれば十分である.というのも,仮に $73$ が

$73 = \square \times \triangle$

と分解するとすれば, $\square$ も $\triangle$ も $9$ 以上なら $\square \times \triangle\geqq81$ となって $73$ より大きくなるため,分解するからには一方は $9$ 未満でないといけないからだ.さらにその中で素数だけを考えればよいのだから, $2$, $3$, $5$, $7$ で割り切れるかどうかを調べればよい.この $4$ つのどれでも割り切れないから, $73$ は素数と分かる.こうやっていけば,上のリストは割と簡単に作ることができる.
 数えてみよう.──うん, $25$ 個だ. $100$ 以下の自然数では,割合で考えると $25$ %が素数ということになる. $4$ 個に $1$ 個ということだから,それなりに多いといえるかも知れない.その先はどうだろう. $1000$ 以下で考えてみる.先と同じ理屈で考えると, $\sqrt{1000}$ $=$ $31.6\cdots$ だから, $31$ 以下の素数で割れるかどうかを確かめれば十分である.といっても結構大変だが,そうやって $31$ までの素数の倍数を全部除くよりいい方法はないようだ.とにかく全部求めてみると, $168$ 個ある.ナルホド, $1000$ 以下では $16.8$ %か.ちょっと減ったが,だいたい $6$ 個に $1$ 個が素数である.

素数のあらわれかた

 もっと先はどうなっているだろうか.素数は無限にある(注:これは補遺で証明を与えておこう).だからこの作業に終わりはない. $10000$ 以下, $100000$ 以下,となるともう手計算で簡単にとはいかないが,現代はコンピューターの力を借りればすぐに分かる.それぞれ $1229$ 個, $9592$ 個だ.表にしてみよう.

$x$ $10$ $100$ $1000$ $10000$ $100000$
$x$ 以下の素数の個数 $4$ $25$ $168$ $1229$ $9592$

イラスト  すっきりと話を進めるために,以降では $x$ 以下の素数の個数を $\pi(x)$ と表すことにしよう.例えば $\pi(10)$ $=$ $4$, $\pi(100)$ $=$ $25$ となる.この $\bf\pi(\it x$ $\bf )$ は, $\bf\it x$ の関数である.――関数というと, $x^2-2x$ とか $\sin x$ のように式で表されていなければ…と思うかもしれない.でも本当はその必要はない.関数とは,“$1$ つの入力に対して $1$ つの出力を与える装置”のことを指す. $x$ を決めれば「$x$ 以下の素数の個数」という値はひと通りに定まるから,この $\pi(x)$ はれっきとした関数なのだ.ちょっと練習に, $\pi(20)$ と $\pi(50)$を求めてみてほしい.(答えは $8$ と $15$.)

 素数定理とは,この素数の個数 $\pi(x)$ についての定理である.

 素数定理
   

$\displaystyle \lim_{x\to\infty}\dfrac{\quad\pi(x)\quad}{\dfrac{x}{\log x}}=1$

   

 分母の関数を $f(x)=\dfrac{x}{\log x}$ とおくと,

「$x$ を大きくしていけば,比 $\dfrac{\pi(x)}{f(x)}$ は限りなく $1$ に近づいていく」

というのが素数定理だ.ここで $\log x$ は自然対数,つまり底が $e=2.71828\cdots$ の対数である.(対数の知識はすぐ下の $(*)$ でちょっと計算する以外では使わないので,忘れたという方も気にせずお読みいただきたい.)

素数定理の意味

 この定理が何を意味するのか,少し考えてみよう.例えば $x=10^n$ のとき, $f(x)$ の値は次のようになる.
\[ \begin{align*} f(10^n)&=\dfrac{10^n}{\log_e 10^n} =\dfrac{10^n}{n} \dfrac{1}{\log_e 10} =\dfrac{10^n}{n} \log_{10}e \\ & \fallingdotseq\dfrac{10^n}{n}\times 0.4343 \label{eq:f} \tag{$*$} \end{align*} \]
$1$ 億($=10^8$)以下の素数の個数,つまり $\pi(10^8)$ を求めるには大変な手間がかかる.でも素数定理によれば, $\pi(10^8)$ はだいたい $f(10^8)$ ぐらいで,上の計算から $f(10^8)$ $\fallingdotseq$ $\dfrac{10^8}{8}\times 0.43$ $\fallingdotseq$ $10^8\times 0.054$ だから,約 $540$ 万個ぐらいと見積もることができる.実際には $\pi(10^8)$ $=$ $5761455$ なので, $6$ %程度の誤差で見積もられていることになる. $100$ 億 $=10^{10}$ ならばどうだろう. $(*)$ で $n$ $=$ $10$ とすると, $f(10^{10})$ $\fallingdotseq$ $\dfrac{10^{10}}{10}\times 0.43$ $=$ $4$ 億 $3$ 千万はたちまち計算できる.これは実際の値 $\pi(10^{10})$ $=$ $455052511$ と誤差 $4.8$ %である.

$x$ $10^8$ $10^{10}$
$\pi(x)$ $5761455$ $455052511$
$f(x)$ $5428681$ $434294482$
誤差 約 $6$ % 約 $4.8$ %

 コンピューターがあまりに発達したおかげでピンと来にくいが,しかし $100$ 億は $1$ 億の $100$ 倍だから, $100$ 億以下の素数を全部求めるには, $1$ 億以下の素数を調べるその手間の,少なくとも $100$ 倍はかかる(実際はもっともっと).はるかに手間のかからない $f(x)$ は対照的だ. $\pi(x)$ と $f(x)$ の計算の手間がどれぐらい異なるかを考えると,両者の関係は何とも不思議だ.誤差は, $x$ $=10^{15}$ で約 $3.1$ %, $x$ $=10^{20}$ で約 $2.3$ %と,着実に小さくなっていく.素数定理によれば,誤差は $0$ %にどこまでも近づいていくのだ.

新しい考え方

 素数定理にはいくつかの特徴があるが,何をおいても決定的にめざましいのは,「素数はどれぐらいたくさんあるのだろうか」という素朴な疑問を,極限の概念を使うことで,曖昧さのない厳密な数学の問題として論じている点だ.極限は微積分の研究の中で生まれ発展してきた考え方だが,これが解析学の範囲を飛び越え,整数や素数の研究にも活躍の場をもつことになったのだ.
 素数定理が予想として数学者に知られるようになったのは $18$ 世紀末のこと.“素数のもつ新しい形の法則”として,大変な話題になった.約 $100$ 年後の $1896$ 年に数学者はその証明に辿り着くことになる.

この考え方を応用すると

 この考え方は幅広く応用できる.ひとつ例を挙げてみよう. $2$ 以外の素数はすべて奇数である.ということは, $4$ で割った余りは $1$ か $3$ かのどちらかである.例えば $5$, $13$ は $4$ で割った余りが $1$ であり, $3$, $7$, $11$ は余りが $3$ である.少し書き並べてみると,

$4$ で割った余りが $1$ の素数: $5$,$13$,$17$,$29$,$37$,$41$,$53$,$\cdots$
$4$ で割った余りが $3$ の素数: $3$,$7$,$11$,$19$,$23$,$31$,$43$,$47$,$\cdots$

このどちらが多いかを考えるとしよう.素数は無限にあるのだから,全部の個数を直接比べることはできないだろう.しかし,正の実数 $x$ を決めれば,それ以下の素数で個数の比

 

($x$ 以下の素数で,$4$ で割った余りが $1$ であるものの個数)
───────────────────────────
($x$ 以下の素数で,$4$ で割った余りが $3$ であるものの個数)

  $(‡)$

は決まる.例えば $x=100$ ならそれぞれ $11$ 個, $13$ 個だから比は $11/13$ だ.どちらも同じような頻度で出現すると推測すれば,

$(‡)$ の $x \to \infty$ のときの極限が $1$ ではないか?

と考えられる.分子・分母の関数をそれぞれ $\pi_{4,1}(x)$, $\pi_{4,3}(x)$ としよう.いくつかの $x$ で,それぞれ次のような値になる.

$x$ $10^2$ $10^3$ $10^4$ $10^5$ $10^6$ $10^7$
$\pi_{4,1}(x)$ $11$ $80$ $609$ $4783$ $39175$ $332180$
$\pi_{4,3}(x)$ $13$ $87$ $619$ $4808$ $39322$ $332398$
$0.85$ $0.92$ $0.984$ $0.995$ $0.996$ $0.9993$

$x$ が大きくなるにつれ,比は順調に $1$ に近づいているようだから, $(‡)$ の極限はやはり $1$ なのかも知れない.ここでも,「同じような頻度で出現するのでは?」という素朴な数学的直観の成否を,厳密な数学の問題として論じることができるのだ.現在では,$(‡)$ の極限が $1$ であることも証明されている.

◇   ◇   ◇

 次回は,素数定理を100年かけて証明していくプロセスで,数学者がどんなことを見出したのか,考えてみたいと思う.

(2015/12/2掲載) 
(イラスト:マエカワアキオ) 




【補遺】
 素数が無限にあることの証明方法は何通りもあるが,そのひとつを紹介しよう.『素数がどのように有限個用意されていても,それ以外の素数があること』を示してみる.その有限個の素数が, $p_1$, $p_2$, $\cdots$, $p_m$ の $m$ 個だとしよう.このとき,

$N=p_1\times p_2\times \cdots\times p_m+1$

という数を考える.積 $p_1\times p_2\times \cdots\times p_m$ は $p_1$ の倍数だから, $N$ を $p_1$ で割ると余りは $1$ になる.だから $p_1$ では割り切れない.同じように, $p_2$, $\cdots$, $p_m$ のどれで割っても余りが $1$ で,割り切れない.ということは,$N$ の素因数 $p$ をなんでもよいのでひとつ取れば,それは $p_1$, $p_2$, $\cdots$, $p_m$ のどれとも異なる素数だということになる.これで『 』が示された.
 これを使えば, $1$ つの素数から始めて,新しい素数を作り出すプロセスを終わりなく続けていくことができる.あるいは,素数が有限個しかないと仮定すると矛盾すると言ってもよい.いずれにしても,素数は無限にある.(証明終)

(2015/12/2掲載) 



次回(第5回)は1月13日(第2水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽しみに!

※ 一部のブラウザの環境によっては,$(‡)$ 式の分数の罫線が短く表示される場合があります.

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執筆者紹介

大野 泰生
おおの やすお 
1969年生まれ.東北大学大学院理学研究科数学専攻教授. 専門は整数論,多重ゼータ値など.趣味は美味しいものを探すこと. 一般向け著書に『白熱! 無差別級数学バトル』(共編,日本評論社)がある.

谷口 隆
たにぐち たかし 
1977年生まれ.神戸大学大学院理学研究科数学専攻准教授. 専門は整数論,概均質ベクトル空間.趣味は中国茶. ブログ「びっくり数学島」でも数学について綴っている.


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