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  第17回 子供と学ぶ二度目の算数  

谷口 隆    

 子供を育てることは人生を二度生きるようなものだと言われることがあるそうだ.職業柄,我が子が数の感覚や概念をどう身につけていくのか興味がいくのだけれど,その試行錯誤や紆余曲折を見ていると,自分もこうだったのかな,と思うことがある.一緒に算数をしていて,「あたりまえ」と思っていたことがあまりそうでもないと気づかされることも往々で,そんなときはもう一度算数を学び直している気分になったりもする.そんなエピソードをいくつか綴ってみたい.

◇   ◇   ◇

イラスト  休日の朝ゆっくり寝ていたら,子供が先に起きて「てんつなぎ」というプリントをして遊んでいた.番号の振ってある点を数字の順に線で結んでいくと,車や動物などの絵ができあがるというものである.見に行ったらしかし, $23$ で止まっている. $24$ と $42$ の両方の点が目に入って,どちらが $23$ の次か分からなくなったと言う.ふーんと思って「そりゃ $24$ だよ,何でかというとね……」と言いかけたが,ここでう〜んと唸って二の句が継げなくなってしまった. $4$ 歳の子供に説明することの難しさに気づいたのだ.
 $24$ にせよ $42$ にせよ, $2$ と $4$ のある意味での“合併”であることは間違いない.子供もそれは感覚として掴んでいる.しかし,“合わせる”ならどっちが先でも同じではないだろうか.たし算の $2+4$ と $4+2$ は同じ答えになる.
 我々大人は,この“合併”が $2$ と $4$ の単なる和ではないことを知っている. $24$ と書いた場合,ここの $2$ は $20$ を表していて, $24$ とは $20+4$ のことである.位取りの記法と呼ばれるものだ. $24$ と $42$ の違いは,次のように書けばはっきりするだろう.
\begin{align*} 24&=10\times2+4=10+10+1+1+1+1\\ 42&=10\times4+2=10+10+10+10+1+1 \end{align*} うん,確かに違う数だ.しかしどうやってこれを $4$ 歳の子供に説明すればいいのだね,ワトソン君?

◇   ◇   ◇

 十進法の習得はどうやら随分気の長い話のようだ. $10$ 円玉を $2$ 枚見せて「何円?」と聞き「ニジューエン」と正解を答えたので,次に $100$ 円玉を $2$ 枚見せて「じゃあこれは何円?」と聞いたら,「ヒャクニエン」という答えが返ってきた.
 ヒャクニエンは $100$ 円と $2$ 円のことだよ,と慣れた大人なら思う.でも, $100$ 円玉が $2$ つあってそれが何円か?なのだから,「“$100$ が $2$ コ”の円」で「 $100$(ヒャク)・ $2$(ニ)・円」と間を置きつつ読んだら,間違いだとは言えない.一問目のニジューエンがジューニエンにならなかったのは, $20$ や $30$ ぐらいまでは何度も数えたことがあって,ニジューとジューニが違うと分かっていたからだろう.でも $200$ まで数えるわけにはいかぬ.二問目がニヒャクエンになるには,何かを理解しなければならない.それには時間もかかるに違いない.

◇   ◇   ◇

イラスト  朝食に,まるいパンを切って食べる.まず半分に切って,その片方をもう半分に切った. $5$ 歳になった子供に渡しながら「これは何分の $1$ ?」と聞いてみた.すると予想外にじっと考え,しばらくしてから「 $3$ 分の $1$?」と答えた.──ナルホド,確かに $3$ 分の $1$ だ.まるい $1$ 個のパンを切って,今 $3$ つになっているのだから.ちゃんと子供なりに理詰めで考え,答えを出している.
イラスト  でも,半分の半分は $4$ 分の $1$ のはずだろう.なぜ $4$ 分の $1$ か.それには,もう片方の半分ももう半分に切ればよい.しかし,なぜわざわざもう片方も半分に切ってまでして, $4$ つあると言うのか.これもまた,それほど簡単に説明できることではない.

◇   ◇   ◇

 たし算をおぼえて間もないある頃のこと.子供に「 $3+1$ はいくつ?」と聞いたら,いつもは両手の指を使って数えていたのに,このときはそうせず,少しの間を置いて「 $5$ 」と答えたことがあった.そのときの子供の様子から,ここはどうしても誤りを訂正しない方がいいように感じられ,「そうだね, $5$ だね」と正解にしてしまった.我ながら奇妙な対応をしたものだと思ったが,いったい何が“正しかった”のだろう.改めて考えてみたところ,以下のような点があった.

  数を答えている.つまり,答えが数であるという部分に関しては正しい. 
  $3$ より大きい数を答えている.足して増えることは分かっているようだ. 
  $5$ は正解の $4$ に近い. $7$ やら $8$ ならともかく, $5$ はあまり見当外れな値ではない.

 だから, $5$ という答えは誤りだが,本人は最終的な正解に辿り着く正しい道を歩んでいるのではないか──そう感じたのが訂正しなかった理由だったと,振り返って思う.
 このことを,個人塾を経営している友人に話したら「素晴らしい.なかなかそんな指導ができる大人は少ない」と言われた.私としてはこのような話が,どこにでもあるありふれたものになってほしいなと思う.もちろん,答えがいつまでも $5$ では困るし, $1$ 個のパンの半分の半分が $3$ 分の $1$ のままでも困る.しかし特に幼少時,何より大切なのは正否ではなく,自分を取り巻く世界の事象について,理知的にアプローチしていく経験を積み,その面白さを知ることであるのだから.


(2017/6/7掲載) 
(イラスト:マエカワアキオ) 


※次回(第18回)は2017年8月3日(第1水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽みに!

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「数学者的思考回路」 Copyright(c) 谷口 隆,2017

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執筆者紹介

大野 泰生
おおの やすお 
1969年生まれ.東北大学大学院理学研究科数学専攻教授. 専門は整数論,多重ゼータ値など.趣味は美味しいものを探すこと. 一般向け著書に『白熱! 無差別級数学バトル』(共編,日本評論社)がある.

谷口 隆
たにぐち たかし 
1977年生まれ.神戸大学大学院理学研究科数学専攻准教授. 専門は整数論,概均質ベクトル空間.趣味は中国茶. ブログ「びっくり数学島」でも数学について綴っている.




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