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  第16回 割合に弱い?  

大野 泰生    

 本コラムの第6回では,日常生活の中で“ 夢中へのスイッチ”が入る話をした.そのように,日頃われわれが目にする新聞・テレビ・雑誌の記事,あるいは小説の中などにも,たくさんの数や数式,あるいは数学的表現が現れている.今回はそういうもののいくつかで,私が日頃ちょっぴり気になっているものについて,お話しようと思う.

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イラスト  良く出る話題だが,「より・から・まで・以上・以下・未満」などといった,数値的な範囲の指定は,日常生活においてもしばしば現れる.そしてこれらの用語は,数学において厳密に扱われるものなのだ.ホテル予約のための検索画面では,希望の価格帯を指定できることが多いし,「通学時間が $1$ 時間以内の生徒が,全校生徒数の $30$ %未満である高校の場合, $5$ 割以上の生徒がスマホを持っている……」というような統計資料を新聞やテレビで見かけることもある.ある程度ざっくりと受け流せる話のうちはそれほど問題は出てこないけれども,深刻な線引きになっている場合はそうはいかない. $1$ 万円未満のホテルを検索したのに, $1$ 万円のホテルが検索結果に出てくると違和感がある.例えば「書類の提出は期日から三日以上遅れないようにしてください.」そういった場面で正確にこれらの言葉を把握しておかないと,とんでもない失敗やトラブルを招きかねないのだ.

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 「三日以上遅れない」とはどういう意味だろうか.日常においてこのように指示された場合,漠然と「三日遅れで提出することは許される」と感じていないだろうか.例えば,期日が $4$ 月 $5$ 日の場合, $4$ 月 $8$ 日に提出するとこれは三日遅れであるが,これは本当に許されているのだろうか.
 否定の「ない」を取り去って,ひとまず「三日以上遅れる」を検討してみよう.「三日以上」とは三日を含めて,三日・四日・五日……を指す.とすると,「三日以上遅れる」とは,三日後に提出することも含んでいるのだ.したがって,「三日以上遅れないでください」と言われた場合は,二日後までに提出しなくてはならない.三日後は許されていないのだ. $4$ 月 $5$ 日が期日の場合, $4$ 月 $7$ 日に提出するのは許容するが $4$ 月 $8$ 日は許容しない,という意味になる.
 類似の表現として「 $4$ 月 $8$ 日より前に提出してください」という言い方もある.「〜より」は「〜」を含まないので,この場合も $4$ 月 $7$ 日に提出するのは許容するが, $4$ 月 $8$ 日は許容しないという意味になる.しかし「 $4$ 月 $8$ 日以前に提出してください」という表現の場合は $4$ 月 $8$ 日は許容される.
 これらの言葉は,日常的に多用されていると同時に,法律を含む様々な厳密さを要求される場面でも用いられるので,トラブルも多い.日頃から正確さを意識しておかねばと思う.

◇   ◇   ◇

 さて話かわって,とある深夜テレビのバラエティ番組の中に,“視聴率調査”なる枠がある.ほかでもない,その番組自身がどの程度たくさんの家庭で視聴されているのかを実地で調べ回るのだ.深夜という非常識な時間帯に,手当たり次第訪ねて来られる迷惑を省みず,各家庭の反応を見て笑うという趣だと思う.
 その企画の良し悪しはさておき,私が気になるのは「視聴率」というタイトル中の言葉である.「率」とは,比率,確率など類例を挙げるまでもなく,全体に占める該当数の割合である.しかしこの番組の中で一度たりともその率を算出しているのを見たことがない.番組内ですべての訪問先を放映しているわけはなく,私が放映を見て計算したとしてもそれは視聴率の算出にはならない.こだわるつもりは無いのだけれど,つまり私にとって厳密にはこのタイトルは誤りである.「視聴調査」は確かにおこなわれているが,「視聴率」は調査されていないのだ.
 テレビ番組や広告などでは,言葉の使い手が,その用い方が正確ではないことにおそらく気付いている場合でも,耳馴染みの良さ,あるいはインパクトの強さなど,印象を優先して,時にあえて間違えたまま使っている場面があると思う.

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 近年広告でよく見られるので,もう定着してしまったと見なす人も多いのかもしれないが,どうしても私が気になって仕方がないのは「**円割引」という表現である.
 割引という言葉の「割」は比率(割合)を指す言葉であって,この言葉の直前に金額を表す**円を置くと,意味の分からない日本語になってしまう.「$100$ 円引き」とか「$100$ 円値引き」と言うならこれは意味がハッキリする.が,「$100$ 円割引」という日本語は,言いたいことは容易に想像できるが誤りであるはずだ.
 こういった表現を以前から時折り見かけてはいたのだが,最近ではメジャーな旅行誌や大手携帯電話会社の広告でも見かけるようになり,さらには,かなり公共性の高い銀行なども「**円割引」という表現を用いている.銀行は数学にある程度精通しているはずではないのか,という疑問も抱く.
 「まあ,いいじゃないか,意味が伝われば.」という人も居るだろうと思う.そうかもしれないけれど,私と同様の違和感を覚えている人はそれなりに多数居るはずだ.さらに,私のような不器用な人間は,この違和感が原因となってある種思考の停止を起こしているように思うのだ.
 例えば,店員が「このプランになさいますと月々 $100$ 円割引になります」と,私に合った商品を勧めてくれたとしても,「$100$ 円割引」という言葉を聞いた瞬間に私の中の何かのスイッチが入ってしまい,その後の思考が急激にある方向に引っ張られて,それまでのように意識を集中して説明を聞けなくなってしまう.店員がいくら熱心に説明を重ねても,最初は乗り気に見えた私の反応がその先サッパリになる.
 つまり,単に違和感がある,というだけではなく,その違和感に起因して注意を削がれ,ひいては,発した側も受け取った側もともに損をしていることがあるのではないか,と思うのだ.

◇   ◇   ◇

 違和感を感じて困る,という先ほどの話とは逆に,違和感を感じないと困る,という話もしておこう.
 以前見た本の中に,概ね次のようなたとえ話が出ていた.あなたが病院で検査を受けた後,医師が次のように結果を説明する.「今回おこなったのは, $1$ %の人がかかる難病の検査です.かかっている人の $90$ %に陽性判定が出ますが,かかっていない人が陽性と誤判定される確率は $1$ %です.お伝えしづらいのですがあなたの検査結果は陽性でした.」
 このような説明を受けた場合,自分はおそらくこの難病にかかってしまったのだ,と絶望的に考えてしまうのではないだろうか.もし仮にこれが進行性の難病であった場合,ショックも手伝って,即座に治療を開始しようとしてしまうかもしれない.それは,手術や副作用などであなたの体に損傷を与えかねない治療であるかもしれないのだ.そもそも,そんなことは無いと信じたいが,説明している医師自身もひょっとすると,この数値が何を意味しているかを的確に理解していないかもしれない.
 さて,本当にあなたは高い確率でこの難病にかかっているのだろうか.あなたがかかっている可能性はどの程度なのだろう?
 実はあなたがかかっている確率は,概ね $47.6$ %であり, $50$ %未満である.つまりかかっていない可能性のほうが高いのだ.この確率ならば,同じ検査を再度受けるなり,あれば別な方法でも検査してみるのが適切な対処ではないだろうか.
 適切な対処のためには,この $47.6$ %という確率を自力で求められることが何より大事であるし,そうでなくともこのような確率をイメージできる感覚を持っていたいと思うだろう.
 上述の設定の場合は人口 $10,000$ 人で考えるとわかりやすい.この $10,000$ 人が検査を受けたと考える.この難病にかかる人は $1$ %なのだから, $10,000$ 人中の $100$ 人だ.この $100$ 人の $90$ %つまり $90$ 人は検査結果が陽性になる.一方,難病にかかっていない人は, $10,000-100$ = $9,900$ で $9,900$ 人だ.この $9,900$ 人の $1$ %つまり $99$ 人は誤判定で陽性になる.したがって,人口 $10,000$ 人のうち陽性判定を受けるのは $90+99$ = $189$ で $189$ 人であり,そのうち $90$ 人は実際にかかっている,という状況なのである.陽性判定を受け取ったあなたはこの $189$ 人の中の $1$ 人であり,あなたが実際にこの難病にかかっている確率は,$\displaystyle\frac{90}{189}=0.476190$ ……と計算できるのだ.
 言い換えると,概ね $52.4$ %の確率であなたはこの難病にかかっていない.このような陽性判定は偽陽性と呼ばれる.

◇   ◇   ◇

 もちろん多くの場合,数値的な計算や机上の数学ですべてがわかるわけではない.けれども,上に述べたような例の場合,自分の体のリスクを自身の手で少しでも計算できれば,より主体的に判断して前へ進めるのではないだろうか.それにもかかわらず,確率や比率の計算を敬遠する人が割合多く居るのは気になるところである.

 時代の移り変わりとニーズに合わせて,言葉も表現も変化していく.数学の言葉もおそらくゆるやかに変化している.しかし,時代とニーズにあまり左右されず正確に意思疎通できる表現,印象に流されない正確な数値感覚も,我々にとって大切なのではないだろうかと思うのだ.


(2017/4/5掲載) 
(イラスト:マエカワアキオ) 


※次回(第17回)は2017年6月7日(第1水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽みに!

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執筆者紹介

大野 泰生
おおの やすお 
1969年生まれ.東北大学大学院理学研究科数学専攻教授. 専門は整数論,多重ゼータ値など.趣味は美味しいものを探すこと. 一般向け著書に『白熱! 無差別級数学バトル』(共編,日本評論社)がある.

谷口 隆
たにぐち たかし 
1977年生まれ.神戸大学大学院理学研究科数学専攻准教授. 専門は整数論,概均質ベクトル空間.趣味は中国茶. ブログ「びっくり数学島」でも数学について綴っている.




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