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  第6回 “夢中”へのスイッチ  

大野 泰生    

 一般に,数学者というのはどのような人間なのだろうか,と漠然と考えることがある.あらゆるタイプの数学者をうまく捉えきることはもちろんできないけれど,おおむねこういうタイプの人は数学者に向いているんじゃないかな,数学者っぽい感じだな,という察しはつく.
 たとえば,数字を見ると無意識のうちにその約数を探してしまう人.二つ以上の数字を見ると衝動的に足したり引いたりしてしまう人.
 数学者とは限らないし,数字が好きなだけかもしれないけれど,こういった人はたしかにいる.

◇   ◇   ◇

 私が中学生だった一時期,車のナンバープレートの $4$ つの数字を足したり引いたり掛けたり割ったりして $10$ を作る遊びが流行っていた.下校中に,

イラスト

といったナンバーの車が横を通過すると,途端に友達と黙り込んだり「う〜ん,う〜ん」と唸ったりしながら,会話もせずに歩いていた.もちろん先に解答を思いついた方が格好いいので,競い合っていた.友達と別れるときまでが一応のタイムリミットなのだが,別れてからもうんうん唸っていることもあって,そんなときは重い悩みを抱えている中学生に見えたかもしれない.もちろんこのときの私には周りのことなど見えていない.夜になって,

$(1÷9+1)×9=10$

という式に気付いたときは舞いあがるように嬉しくなって,今ならすぐメールかLINEで友達に知らせるところだろうけれど,翌朝友達に会うときのことを思ってワクワクして眠れなかった.ある時,思い立った私は,全部で何通りの組合せがあるのかもよく考えずに,あらゆるパターンを解明し尽くそうと思い,生徒手帳のメモ帳部分にひたすら $4$ つ組の数を書き連ねていった.記憶をたどると,

$8 5 1 1$

などはかなりの難問であったと思う.
 今ではこの遊びの携帯アプリも作られているらしいので,あながち風変わりな“流行りやまい” だったわけでもないようだ.

◇   ◇   ◇

 日本数学会の機関誌のひとつ『数学通信』には編集後記というページがあり,編集委員を務める数学者の短い文章が掲載される.私の記憶に最も強く残っているのは, $2014$ 年 $2$ 月に掲載された,“芸者問題”と題すべきすばらしい語り口の編集後記である.引用をお許しいただいたので,ここではその題材だけを記すことにしよう.長い歴史をもつ芸者派遣所に,久々に $19$ 歳の新人が加入して話題になっている,というWebニュースを読んだ,十数年前の編集委員自身のエピソードである.記事の中に「近年は $16$ 人の芸者が在籍していたが,新人の加入で平均年齢が $3$ 歳若返った」とあるのに<何か>を感じ,加入前の平均年齢を求める方程式を立て,解いてみると,芸者の平均年齢が $70$ 歳という驚愕の事実が現れた,というのだ.
 ここで今回私が言いたいのは,“ $16$ 人の集団に $19$ 歳が加入して平均年齢が $-3$ 歳”というデータを見てハタと立ち止まり,えも言われぬ予感をおぼえ,切迫感にかられて解いてしまうこの編集委員の行動は,まさしく数学者らしい,ということだ.

◇   ◇   ◇

イラスト  さきごろ,私の好奇心は“抜け毛問題”というべきテーマに遭遇した. $1$ 日に抜け落ちる髪の量と, $1$ 日に伸びる髪の量とのバランス,および,時折り散髪で切り落とされる髪の量.これらが均衡していれば,頭部のボリュームはほとんど変化しない,はずである.ざっくりと言えばたったこれだけの話である.
 しかし,よくよく考え始めると,案外単純にはいかないようなのだ.Webで髪の毛の本数についての記事を検索すると,結構たくさんの情報が得られる.データもいろいろ不揃いだし,そもそも個人差も大きい話なので,問題をモデル化してみよう.
 平均的な数値の一例として,髪の毛の本数は $10$ 万本, $1$ 本の髪が $1$ ヶ月間で伸びる長さは $1$ センチメートル, $1$ 日の抜け毛の本数は $100$ 本,という状況を考える. $10$ 万本が $1$ センチメートル伸びるということは, $1$ ヶ月あたり $1$ キロメートルの髪の毛が,頭からニョキニョキと伸び続けているのだ. $1$ 日あたり $33$ メートル程度である.ということは,この人の髪の長さの平均が $16$ センチメートルだと仮定すると, $100$ 本抜けても,失うのは $16$ メートルだから,伸びた分に対して約半分である.つまり $1$ ヶ月に $1$ 度の散髪の際に, $1$ ヶ月に抜けた髪と同じ量の散髪をしていれば,おおむね頭部のボリュームをキープできることになるだろう.
 いやまてよ,もしこの人の髪の長さの平均が $33$ センチメートルだと考えることにすると, $100$ 本抜けると $33$ メートルの減量である.いやいやまてよ,もしこの人の髪の長さの平均が $40$ センチメートルだとすると, $100$ 本抜けると $40$ メートルの減量であり, $1$ 日 $33$ メートルという毛根の頑張りも空しく, 頭部のボリュームはキープできず,散髪しなくても減っていく計算になる.あれ? 平安美人はボリュームたっぷりのすごく長い髪を誇っていたような? この計算はなにかおかしくないか $・・・$? などといった具合に好奇心の暴走が始まり,夜の布団の中で延々と考えてしまうのだ.

◇   ◇   ◇

 それを考えることにどれほどの意義があるのかないのかはさておき,とりあえず予感や好奇心に導かれてあれやこれやと突き詰めて考えてしまうというのもまた,数学者らしさなのかもしれない.

(2016/2/3掲載) 
(イラスト:マエカワアキオ) 



次回(第7回)は3月2日(第1水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽しみに!

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「数学者的思考回路」 Copyright(c) 大野泰生,2016

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執筆者紹介

大野 泰生
おおの やすお 
1969年生まれ.東北大学大学院理学研究科数学専攻教授. 専門は整数論,多重ゼータ値など.趣味は美味しいものを探すこと. 一般向け著書に『白熱! 無差別級数学バトル』(共編,日本評論社)がある.

谷口 隆
たにぐち たかし 
1977年生まれ.神戸大学大学院理学研究科数学専攻准教授. 専門は整数論,概均質ベクトル空間.趣味は中国茶. ブログ「びっくり数学島」でも数学について綴っている.




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