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  第7回 ふたご素数  

大野 泰生・谷口 隆    

 連載コラムの第4回第5回で,素数定理と呼ばれる定理について紹介した.今回はそのオマケで,“双子(ふたご)素数”と呼ばれる素数についてのおもしろい現象を紹介してみよう.素数定理のときは数学的にかなりよく考えながら話を進めたが,今回はもうちょっと気楽に,数遊びを楽しむような気分でお付き合いいただけたらと思う.

◇   ◇   ◇

 もう一度, $100$ までの素数を書き並べておこう.

$ \begin{gather*} 2,\quad 3,\quad 5,\quad 7,\quad 11,\quad 13,\quad 17,\quad 19,\quad 23,\quad 29,\quad 31,\quad 37,\quad 41,\quad\\ 43,\quad 47,\quad 53,\quad 59,\quad 61,\quad 67,\quad 71,\quad 73,\quad 79,\quad 83,\quad 89,\quad 97\quad \end{gather*}$

隣り合う素数の間隔を考えてみよう. $11$ と $13$ なら差(間隔)は $2$, $23$ と $29$ なら差は $6$ である.上の素数のなかでは,いちばん間隔が広いのは $89$ と $97$ で,差は $8$ だ.
 では狭いほうはどうだろう? 差が $1$ となる組が $2$ と $3$ の一組あるが,この組を除くと,差は必ず $2$ 以上になっている.なぜかというと, $2$ 以外の素数は必ず奇数だからだといえる.奇数どうしの差なので,差は必ず $2$ 以上(の偶数)になるというわけだ.差が $2$ となる組はいくつか目につく.上の範囲で全部挙げると

$(3,5)$, $(5,7)$, $(11,13)$, $(17,19)$, $(29,31)$, $(41,43)$, $(59,61)$, $(71,73)$

で, $8$ 組ある.
 このように差が $2$ である素数の組には,双子(ふたご)素数というちょっとかわいらしい名前がついている.素数表から双子素数を見つけていくのは意外に楽しい!?ので,このページの最後に素数表を載せておこう.興味のある方は探してみてほしい.

◇   ◇   ◇

 双子素数は無限個(組)あるだろうか.これは今もって決着がついておらず,解ける見込みもなかなか立たない,素数についての第一級の難問として有名である.

◇   ◇   ◇

イラスト  素数の個数を数える $\pi(x)$ を考えたように,双子素数の組を数えることを考えてみよう. $\pi_{\text{双}}(x)$ で,双子素数 $(p,p+2)$ のうち $p$ が $x$ 以下となるような組の個数を表す.例えば $x=20$ なら $(3,5)$, $(5,7)$, $(11,13)$, $(17,19)$ の $4$ 組が該当するから, $\pi_{\text{双}}(20)=4$ である.試しに $\pi_{\text{双}}(50)$, $\pi_{\text{双}}(100)$ を求めてみてほしい. (答えは $6$ と $8$.)
 素数の個数 $\pi(x)$ を近似する関数としては,第5回で書いたように,

${\rm Li}(x)=\displaystyle \int_2^x\dfrac{1}{\log t}\, dt$

が抜きん出た近似精度を誇った.では,双子素数の個数 $\pi_{\text{双}}(x)$ を近似する関数はあるのだろうか.次の関数を ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ と書くことにしよう.

${\rm Li}_{\text{双}}(x)=2c\displaystyle \int_2^x\dfrac{1}{\log t\cdot\log(t+2)}\ dt \tag{1}$

ただし $c$ は $0.6601618\dots$ と続く定数である.実は現在のところ,これが最有力候補と目されている.実際に, $\pi_{\text{双}}(x)$ と ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ で値を比べてみよう.

$x$ $10^4$ $10^6$ $10^8$ $10^{10}$
$\pi_{\text{双}}(x)$ $205$ $8169$ $440312$ $27412679$
${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ $213$ $8247$ $440368$ $27411417$
$8$ $78$ $56$ $1262$
誤差(割合) $3.9$ % $0.95$ % $0.012$ % $0.0046$ %

この近似の良さは $\pi(x)$ と ${\rm Li}(x)$ のときに負けず劣らずだ.おそらく,次が成り立つだろうと予想されている.

$\displaystyle \lim_{x\to\infty} \dfrac{\pi_{\text{双}}(x)}{{\rm Li}_{\text{双}}(x)} \overset?=1 \tag{2}$

 $(1)$ のような関数をどうやって思いつくのだろうか.実は ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ の積分には,はっきりとした意味がある.

◇   ◇   ◇

 第5回では,素数定理について次のような解釈ができることを紹介した.

整数 $n$ が $t$ ぐらいの大きさのとき, $n$ が素数である確率はほぼ $\dfrac{1}{\log t}$ である

これに則って考えると,整数 $n$ が $t$ ぐらいの大きさのとき, $n$ と $n+2$ が素数である確率は,それぞれ $\dfrac{1}{\log t}$ と $\dfrac{1}{\log(t+2)}$ である.では $n$, $n+2$ が共に素数である確率は,というと

$\dfrac{1}{\log t}\cdot\dfrac{1}{\log (t+2)}$

と積を取ればよいのでは?と大雑把に考えることができる.
 これは $(1)$ の被積分関数そのものである. ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ の積分はこのようにして考えられたものだ.では積分の前についている定数 $2c$ は何だろう.少し慎重になって考えてみると,「 $n$ が素数であること」と「 $n+2$ が素数であること」とは全く独立な事象ではなさそうなので,そこを丁寧に考えると $2c$ が出てくるのだ.なぜ独立でないと考えるのかの説明は,少し話が入り組んでくるので,補遺にまわすことにしよう.

◇   ◇   ◇

 $x\to\infty$ のとき ${\rm Li}_{\text{双}}(x)\to\infty$ であることは簡単に証明できる.だからもし $(2)$ が正しいとすると, $x\to\infty$ のとき $\pi_{\text{双}}(x)\to\infty$ が成り立つことになり,これは双子素数の組が無限個あることを意味する. $(2)$ は双子素数の組がどれぐらいたくさんあるかをより詳しく記述している式なのだ.
 素数定理は $100$ 年以上前に証明されたが,チョッピリ残念なことに, $(2)$ は全く証明される気配がない.両者の隔たりはどこにあるのだろうか.それは,第5回で書いた数学者リーマンの発見がもたらしたような決定的な転機が,双子素数の問題にはまだ訪れていないことにある.それがない限り, $(2)$ の証明は難しいだろうと考えられている.とはいえ,数学者もただ手をこまねいているわけではなく,知恵を絞っていろいろなトライアルを続けている. $3$ 年前の $2013$ 年に,中国生まれのイータン・ジャンという数学者が画期的な研究成果を発表した.これが突破口となって,現在では「差が $246$ 以下である素数の組が無限個あること」が証明されている.双子素数の場合,差は $2$ であることに注意しよう.「差が $2$ 」はまだ無理でも,「差が $246$ 以下」なら無限個あると証明できたのだ.険しい道かも知れないが,挑戦は続いている.

◇   ◇   ◇

 もっと大きな $x$ で $\pi_{双}(x)$ と ${\rm Li}_{双}(x)$ の値を比較してみよう.現在では, $10^{18}$ 以下で双子素数の組の個数が計算されている.表にすると次のようになる.

$x$ $10^{18}$
$\pi_{\text{双}}(x)$ $808675888577436$
${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ $808675901493605$
$12916169$
誤差(割合) $0.0000016$ %

 やっぱり, ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ の近似のよさはなかなか目を見張るものがある. $(2)$ が証明される有効な方針は現在のところ立っていない.でも近似精度も抜群なので,「まぁ,きっと正しいんじゃないかな」と考える数学者が多いようだ.

(2016/3/2掲載) 
(イラスト:マエカワアキオ) 




【補遺】
 「 $n$ が素数であること」と「 $n+2$ が素数であること」とがどのように独立でない事象か,考えてみよう. 例えば, $n$ が素数だとすると $n$ は( $2$ でなければ)奇数だから, $n+2$ も必然的に奇数になる. $n+2$ が素数であるためには,奇数だと決まっているのは有利な条件だ.もともと確率が $1/\log(t+2)$ といったときは,偶数も奇数も含めて確率にしているから,奇数であると決まっている中では確率は倍の $2/\log(t+2)$ になるだろう.このような従属関係をもう少し細かく分析すると,整数 $n$ が $t$ ぐらいの大きさのとき, $n$ と $n+2$ が共に素数である確率は,

\[ \dfrac{1}{\log t}\cdot \dfrac{1}{\log (t+2)}\cdot 2c,   ただし  c=\prod_{p\geq3}\left(1-\dfrac{1}{(p-1)^2}\right) \]

と算定できる( $\prod$ は積を表す記号で,上式の場合は $p$ に $3$ 以上のすべての素数を代入して積をとる,という意味). ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ はこのようにして考えだされた関数である.




【注】
 双子素数の組の数を近似する関数としては, \[ \widetilde{\rm Li}_{\text{双}}(x)=2c\displaystyle \int_2^x\dfrac{1}{(\log t)^2}dt \] が挙げられることも多い.これは, ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ の定義の積分 $(1)$ で, $\log(t+2)$ を $\log t$ に置き換えたものである.実際には ${\rm Li}_{\text{双}}(x)$ と $\widetilde{\rm Li}_{\text{双}}(x)$ の値の差は大きくても $0.3$ 程度なので,近似の話としては,どちらで考えても問題ない.今回は式の意味がよりはっきりするように, $(1)$ の方を使って説明した.




【付録:2000までの素数表】

→ 素数表のPDFファイル   

2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97, 101, 103, 107, 109, 113, 127, 131, 137, 139, 149, 151, 157, 163, 167, 173, 179, 181, 191, 193, 197, 199, 211, 223, 227, 229, 233, 239, 241, 251, 257, 263, 269, 271, 277, 281, 283, 293, 307, 311, 313, 317, 331, 337, 347, 349, 353, 359, 367, 373, 379, 383, 389, 397, 401, 409, 419, 421, 431, 433, 439, 443, 449, 457, 461, 463, 467, 479, 487, 491, 499, 503, 509, 521, 523, 541, 547, 557, 563, 569, 571, 577, 587, 593, 599, 601, 607, 613, 617, 619, 631, 641, 643, 647, 653, 659, 661, 673, 677, 683, 691, 701, 709, 719, 727, 733, 739, 743, 751, 757, 761, 769, 773, 787, 797, 809, 811, 821, 823, 827, 829, 839, 853, 857, 859, 863, 877, 881, 883, 887, 907, 911, 919, 929, 937, 941, 947, 953, 967, 971, 977, 983, 991, 997,

1009, 1013, 1019, 1021, 1031, 1033, 1039, 1049, 1051, 1061, 1063, 1069, 1087, 1091, 1093, 1097, 1103, 1109, 1117, 1123, 1129, 1151, 1153, 1163, 1171, 1181, 1187, 1193, 1201, 1213, 1217, 1223, 1229, 1231, 1237, 1249, 1259, 1277, 1279, 1283, 1289, 1291, 1297, 1301, 1303, 1307, 1319, 1321, 1327, 1361, 1367, 1373, 1381, 1399, 1409, 1423, 1427, 1429, 1433, 1439, 1447, 1451, 1453, 1459, 1471, 1481, 1483, 1487, 1489, 1493, 1499, 1511, 1523, 1531, 1543, 1549, 1553, 1559, 1567, 1571, 1579, 1583, 1597, 1601, 1607, 1609, 1613, 1619, 1621, 1627, 1637, 1657, 1663, 1667, 1669, 1693, 1697, 1699, 1709, 1721, 1723, 1733, 1741, 1747, 1753, 1759, 1777, 1783, 1787, 1789, 1801, 1811, 1823, 1831, 1847, 1861, 1867, 1871, 1873, 1877, 1879, 1889, 1901, 1907, 1913, 1931, 1933, 1949, 1951, 1973, 1979, 1987, 1993, 1997, 1999, (2003, $\dots$)

( $1\sim 1000$ に $35$ 組の双子素数が, $1001\sim 2000$ に $26$ 組の双子素数がある.)


次回(第8回)は4月6日(第1水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽しみに!

ご感想を電子メールでお送りいただければ幸いです.送付先アドレス info@shokabo.co.jp


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執筆者紹介

大野 泰生
おおの やすお 
1969年生まれ.東北大学大学院理学研究科数学専攻教授. 専門は整数論,多重ゼータ値など.趣味は美味しいものを探すこと. 一般向け著書に『白熱! 無差別級数学バトル』(共編,日本評論社)がある.

谷口 隆
たにぐち たかし 
1977年生まれ.神戸大学大学院理学研究科数学専攻准教授. 専門は整数論,概均質ベクトル空間.趣味は中国茶. ブログ「びっくり数学島」でも数学について綴っている.




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