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第12回 母なる関数、母関数大野 泰生
数学で用いられる専門用語の中には,西洋数学の流入以前からのもの,海外の専門用語を和訳したもの,あるいは日本人の貢献などによって日本で名付けられ海外に広がったものなど,様々な経緯の用語が存在している.どの種類の用語であれ,それぞれに味わいがあって興味深いものも多い.
ある数列に対して,その数列を展開係数にもつ関数は,その数列の母関数と呼ばれる.フランスの数学者ド・モアブルによる $1730$ 年の研究で最初に使われたと言われている.英語では“generating function”.直訳すると「生成関数」であろうか.実際,「生成関数」という和名をもって呼ばれることもあるようだが,私の周囲では「母関数」が最も通りが良いと思われる. ◇ ◇ ◇
身近な具体例として二項係数の母関数を挙げてみよう. $\displaystyle \binom{a}{b}$ = $\dfrac{a!}{b!(a-b)!}$
が成り立つ.(一般性のために通例, $0!$ = $1$ と考える.また, $a$ 個の元の集合から $0$ 個または $a$ 個の元を選ぶ選び方は $1$ 通りと考える.)
$\displaystyle \binom{a}{a-b}$ = $\dfrac{a!}{b!(a-b)!}$ = $\displaystyle \binom{a}{b}$ であることは,表1が左右対称になっていることを意味し,中央の対称軸上(オレンジ色部分)にない自然数はすべて,この表に偶数回登場する.パスカルの三角形は,おもしろい事実をふんだんに携えた,とても魅力的な三角形だと思う. $\displaystyle \sum_{b=0}^a \binom{a}{b}=2^a\tag{1}$ と, $\displaystyle \sum_{b=0}^a(-1)^b \binom{a}{b}=0\tag{2}$
は成り立つのか?である.どうすれば確かめられるのだろうか. $f_3(x)$ = $(1+x)^3$ = $1+3x+3x^2+x^3$, $f_4(x)$ = $(1+x)^4$ = $1+4x+6x^2+4x^3+x^4$
となって,展開の係数にそれぞれ, $1$, $3$, $3$, $1$ と, $1$, $4$, $6$, $4$, $1$ という二項係数が現れる.一般に $f_a(x)$ = $(1+x)^a$ = $\displaystyle \sum_{b=0}^a \binom{a}{b}x^b$
である.このように,数列 $k_0$, $k_1$, $k_2$, $・・・$, $k_n$ を係数にもつ関数 $f(x)$ = $k_0+k_1 x+k_2 x^2+$ $・・・$ $+k_n x^n$ をこの数列の母関数と呼ぶのだ. $f_a(1)$ = $(1+1)^a$ = $2^a$, $f_a(-1)$ = $(1-1)^a$ = $0$
であることから,さきほどのふたつの式は証明できるのだ. ◇ ◇ ◇
数列は微分できないが,母関数を扱うと一般に微分を考えることができる.ここで, $a$ を自然数として $f_a(x)$ の二通りの表示 $\displaystyle \sum_{b=0}^a \binom{a}{b}x^b$ = $(1+x)^a$
の各辺を $x$ について微分してみよう.すると, $\displaystyle \sum_{b=1}^a b \binom{a}{b}x^{b-1}$ = $a(1+x)^{a-1}$
となる.この式に例えば $x$ = $1$ を代入すると, $\displaystyle \sum_{b=1}^a b \binom{a}{b}$ = $a2^{a-1}$
となる. $a$ に $3$, $4$ といった数を入れてみると, $\displaystyle \binom{3}{1}+2 \binom{3}{2}+3 \binom{3}{3}$ = $3 \cdot 2^2$, $\displaystyle \binom{4}{1}+2 \binom{4}{2}+3 \binom{4}{3}+4 \binom{4}{4}$ = $2^5$
といった等式がもたらされる. $x$ = $1$ の代わりに $x$ = $2$ を代入してみると, $\displaystyle \sum_{b=1}^a b2^{b-1} \binom{a}{b}$ = $a3^{a-1}$.
どちらも一風変わった式だが,どのような自然数 $a$ に対しても正しい式なのである.
◇ ◇ ◇
ではここで,パスカルの三角形に並んでいる数字を全て二乗してみよう.新しい三角形は表2のようになる.
各行の数の和を計算してみるとどうなるだろうか.さきほどは各行(第 $a+1$ 行)の和は $2^a$ であったが,今度は上から順に, $1$ , $2$, $6$, $20$, $70$, $252$, $・・・$
となる. $\displaystyle \binom{2a}{a} \overset{?}{=} \sum_{b=0}^{a} \binom{a}{b}^2$.
果たしてこの関係式がすべての $a$ について成り立つのだろうか.どうやって証明すればよいのだろうか.階乗を使って予想式を書き直してみると $\displaystyle \dfrac{(2a)!}{a!a!} \overset{?}{=} \sum_{b=0}^{a} \left( \dfrac{a!}{b!(a-b)!} \right)^2$
となって,容易には証明できそうにない.
$f_{2a}(x)$ = $(1+x)^{2a}$ = $(1+x)^a(1+x)^a$ = $f_a(x)f_a(x)$
となるので,最右辺の式から $x^a$ の項(つまり $b+c$ = $a$ を満たす項)の係数だけを取り出すことを考える.するとこれは, $\displaystyle \sum_{b=0}^a \binom{a}{b} \binom{a}{a-b}$
となるのだが, $\displaystyle \binom{a}{b}$ = $\displaystyle \binom{a}{a-b}$ であることから, $\displaystyle \sum_{b=0}^a \binom{a}{b}^2$ となるのだ.つまり $0$ 以上の整数 $a$ に対して,母関数 $f_{2a}(x)$ の $x^a$ の係数を二通りに計算することで, $\displaystyle \binom{2a}{a}$ = $\displaystyle \sum_{b=0}^{a}\binom{a}{b}^2$
が証明できたことになる.数列として扱うだけではちょっと示しにくそうな式だが,母関数がうまく機能して証明できたのだ. ◇ ◇ ◇
無限に続く数列の場合も,同様に母関数が定義できる.例えば,無限数列 $1$, $1$, $1$, $・・・$ の母関数は $g(x)$ = $\dfrac{1}{1-x}$ = $\displaystyle \sum_{n=0}^\infty x^n$ = $1+x+x^2+x^3+・・・$
である.無限等比級数の公式である.(ここでは級数の収束域のみを考える.)無限数列 $1$, $2$, $3$, $・・・$ の母関数 $\displaystyle \dfrac{1}{(1-x)^2}$ は $g(x)$ を微分することで得られる. $g'(x)$ = $\dfrac{1}{(1-x)^2}$ = $\displaystyle \sum_{n=0}^\infty (n+1)x^n$ = $1+2x+3x^2+4x^3+・・・$.
つまり,これらふたつの数列の母関数は,微分でつながる姉妹のようなものである.無限に続く数の列が,ひとつの関数でコンパクトに書かれてしまうことも興味深い. $g'\left(\dfrac{1}{2}\right)$ = $1+\dfrac{2}{2}+\dfrac{3}{4}+\dfrac{4}{8}+\dfrac{5}{16}+\dfrac{6}{32}+・・・$
という無限に続く和が, $\displaystyle g'\left(\dfrac{1}{2}\right)$ = $\dfrac{1}{\left( 1-\dfrac{1}{2} \right )^2}=4$
に等しいと簡単に判る.これはほんの一例であって,(収束域で) $x$ をいろいろな値に取りかえて計算できる. $h(x)$ = $1+2x+6x^2+20x^3+70x^4+252x^5+・・・$
を考えてみても,このままではなかなか特徴をつかめない.しかし,二乗して $x$ の次数の低い項から順に計算していくと,
となって,等比級数 $\displaystyle \dfrac{1}{1-4x}$ = $\displaystyle \sum_{n=0}^\infty (4x)^n$ なのではないかと容易に予想できる.これは実際に正しいと示せるので, $h(x)$ = $\displaystyle \dfrac{1}{\sqrt{1-4x}}$
だと判明する.例えば $x=\displaystyle \dfrac{1}{5}$ とすると, $\displaystyle \sum_{a=0}^{\infty} \dfrac{1}{5^a} \binom{2a}{a} =\sqrt{5}$
という無理数の等式が得られる.自然数からなる数列の母関数が無理関数になって不思議に(あるいは難しく)思われるかもしれないが,母関数を考えることで,調べたい無限数列に対して解析的な扱いが可能となり,大変有効なのだ. ◇ ◇ ◇
母関数 $f(x)$ = $\displaystyle \sum_{n \geqq 0} k_n x^n$ を $n$ 回微分して $x$ = $0$ とし $n!$ で割ると, $k_n$ の値を取り出すことができる.つまり調べたい数列の母関数は,その数列の情報を余さず持っている.しかも,ある種の情報の切り出しに対してとても有効だと言える.いくつもの数の並びからなる数列をひとつの関数として扱うことが許されるのだ.その数列の“母”のような関数に思えてくる. ◇ ◇ ◇
数学において母関数を用いて初めて証明される事実は少なくない.母関数を考えることで新たな知見が得られる場面も多い.
(2016/8/3掲載) ※ 次回からは隔月(偶数月)の第1水曜日の更新となり,第13回は10月5日(10月第1水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽しみに! ご感想を電子メールでお送りいただければ幸いです.送付先アドレス info@shokabo.co.jp
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