第13回 ピタゴラスの定理・証明コレクション
谷口 隆
直角三角形において,斜辺の長さを $c$,他の $2$ 辺の長さを $a$, $b$ とすると $a^2+b^2$ = $c^2$ が成り立つ.ご存知三平方の定理,いわゆるピタゴラスの定理だ.
江戸時代,日本では勾股弦(こう こ げん)の定理と呼ばれていた.
今日では,ピタゴラスの定理には数百にも及ぶ証明が知られている.今回はそのような中から何通りかを紹介し,それぞれの特徴についても考えてみたい.証明については図に加えて大まかな方針を書くので,細部はぜひご自身で考えていただけたらと思う.以下では上図のように,斜辺は ${\rm AB}$ であるとし,また辺の長さは ${\rm BC}$ = $a$, ${\rm CA}$ = $b$, ${\rm AB}$ = $c$ としよう.
1.『原論』の証明
まずは古式ゆかしいユークリッドの『原論』にある証明を.直角三角形の各辺に正方形を描こう.黄色,青色,緑色の正方形の面積は,それぞれ $a^2$, $b^2$, $c^2$ である.黄色と青色の面積の和が,どうして緑色の面積になるのか,という問題になる.
ポイントは,斜線を引いた $2$ つの三角形( $\triangle {\rm IAB}$ と $\triangle {\rm CAD}$ )が合同になること.これを使って考えると,青色の面積が,長方形 ${\rm ADLM}$ の面積と等しいことが示せる.( $\triangle {\rm IAC}$ の面積と $\triangle {\rm IAB}$ の面積が等しいことに注意.)
図形の右側部分も同様に考えて,黄色の面積は,長方形 ${\rm BELM}$ の面積と等しい.
$a^2$ とあれば,それが一辺の長さが $a$ の正方形の面積だと考えるのは自然な発想だろう.この証明には,短さや巧みさよりも,正方形の面積の和 $a^2+b^2$ がなぜ再び正方形の面積 $c^2$ になるのかをなるべく明瞭に説明したい,そんな意図が込められているように感じられる.
2.面積を計算する証明
当初の直角三角形 ${\rm ABC}$ と同じものを計 $4$ 枚用意して,図のように配置しよう.${\rm CAD}$, ${\rm DGE}$, ${\rm EHF}$, ${\rm FBC}$ がそれぞれ一直線上に並ぶように置く.そうすると,外側の四角形 ${\rm CDEF}$ は一辺が $a+b$ の正方形だ.したがってその面積は $(a+b)^2$ である.
今度は内側の四角形 ${\rm AGHB}$ に注目してみよう.少し考えると,この四角形はどの角度も直角と分かる.つまりこれは,一辺の長さが $c$ の正方形なのだ.このことから,正方形 ${\rm CDEF}$ の面積を,もう一つ別の式で表すことができる.
証明は短いが,$\triangle {\rm ABC}$ のコピーを計 $4$ 枚も用意して内外に正方形を $2$ 個作るなんて,言われないとなかなか思いつけないだろう.巧みな証明だ.
3.相似比を使う証明
相似な図形があれば,面積比はその相似比の $2$ 乗になる.このことを使った証明方法がある.
(ピザを注文するときにウッカリしていると失敗するアレである.Mサイズは直径 $25$ cm,Lサイズは直径 $35$ cmと書いてあるのを見て「あぁ, $1.4$ 倍か」と思ってLを注文したら,Mの $2$ 倍ほどのボリュームのピザが届いて大変な思いをしたことが私もあった.そのときはしみじみと $1.4^2$ = $1.96$ ≒ $2$ を思った.)
さて, ${\rm C}$ から ${\rm AB}$ に垂線 ${\rm CH}$ をおろそう.このときできた $2$ つの三角形 $\triangle {\rm CBH}$, $\triangle {\rm ACH}$ はもとの三角形 $\triangle {\rm ABC}$ と相似である.どれも直角三角形で,斜辺の長さは順に $a$, $b$, $c$ だから,面積比は $a^2$ : $b^2$ : $c^2$ である.ところで $2$ つの三角形 $\triangle {\rm CBH}$ と $\triangle {\rm ACH}$ の面積の合計はもちろん $\triangle {\rm ABC}$ の面積だ.したがって $a^2+b^2$ = $c^2$ である.
ピタゴラスの定理がどうして成り立つのか,その理由はこれがいちばん「分かりやすい」かも知れない.
4.面積を計算する証明その2
面積計算による証明をもう一つ紹介しよう. $\triangle {\rm ABC}$ と合同な三角形 $\triangle {\rm EDC}$ を用意して,${\rm ACD}$ が一直線となるように置く.
楔(くさび)のような形をした四角形 ${\rm DAEB}$ の面積を考えてみよう.これは二つの直角二等辺三角形からできていて,面積は $\dfrac{a^2}{2}+\dfrac{b^2}{2}$ である.ところでこの図をよくよく見つめると,実は ${\rm AB}$ と ${\rm DE}$ は垂直であることが分かる.そのことから,四角形 ${\rm DAEB}$ の面積のもう一通りの計算方法が得られる.お考えいただきたい.
この証明も, $\triangle {\rm ABC}$ と$\triangle {\rm EDC}$ の巧妙な配置がポイントだと思う.
5.内接円を使う証明
内接円の半径を $r$ としよう. $\triangle {\rm ABC}$ の面積は $\dfrac{1}{2}ab$ だが,これを内心 ${\rm I}$ と各頂点を結ぶ $3$ 本の線分で $3$ 分割して求めると, $\dfrac{1}{2}(a+b+c)r$ でもある.したがって $(a+b+c)r$ = $ab$ が成り立つ.
一方で,図をよく見ると
・${\rm AN}$ = ${\rm AM}$, ${\rm BN}$ = ${\rm BL}$
・四角形 ${\rm ILCM}$ は正方形
が分かって,ここから $a+b$ = $c+2r$ が得られる.さて, $2$ つの式から $r$ を消去してみると $・・・$ ?
補助線ならぬ「補助円」を使った証明で,どうしてこんなことで証明できるのか,ちょっと不思議な気持ちになる.でも,やっぱり証明はちゃんとできている.この証明を変形すると,傍接円を使った証明も作れる.
お気に入りの証明はあったでしょうか.一番気に入ったのはどの証明でしょう??
【参考文献】
ピタゴラスの定理の証明を集めた本は多数あるが,今回の記事を書くにあたり,『ピタゴラスの定理 $100$ の証明法 ― 幾何の散歩道』(森下四郎著,プレアデス出版)を参考にした.証明が種類別に分けられ,系統的に説明されていて分かりやすい.考えていて楽しくなるような,趣向を凝らした証明も載っている.興味のある方はご覧いただきたい.
(2016/10/5掲載)
(イラスト:マエカワアキオ)
※ 次回(第14回)は12月7日(第1水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽しみに!
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